ポンニチ怪談 その34 ナンキンホテル
国際大運動大会開催のせいで新型肺炎ウイルスのパンデミックを招いたニホン国政府と国際大運動大会委員会関係者。内外から責任を追及され、あげくリンチを受けるものも出る中、トップのモンリらはとあるビルに隠れていたが…
記録的な猛暑という言葉が使われ続けたニホン国首都トーキョーのとあるビル。冷房のよく効いた高層階の一室で、数人の男たちが疲れ切った顔でボソボソと話していた。燦燦と太陽が輝く外の様子とは裏腹に、室内はカーテンで日差しが遮られた上に、明かりもつけられていない。
「い、いったい、いつまでこうしていればいいんだ」
初老の男がイライラした調子でいうと
「も、モンリ元会長、ご不便はわかりますが、今出ては危ないです。なにしろ国際大運動大会の開催後に起こった感染拡大に変異株の蔓延に、その…」
「ああ、わかっとるヤマジタ君。マンマル担当大臣たちもついに隠しきれなかったことは。おまけに大運動大会の組織委員会の帳簿などの書類まで国際的に開示されて、大ごとだ。国内のマスコミならなんとかなったのだが」
「モンリ会長、その、もう無理です。参加国が少ないとはいえ、世界から選手が集まってきたのです。しかも主要国の有力選手のほとんどが参加を拒否、辞退したため、今回こそはメダルが獲れると期待した選手たちが押し寄せてきたのです。そのなかには、公衆衛生が発達してない、いわば発展途上国もありまして。彼らが帰国の途中、そして母国で新型肺炎ウイルス変異株をまき散らすことになり、世界中でニホン発の変異株が猛威をふるった、この責任はだれにあると、各国トップが我々を追及にかかってます」
「くう、国際大運動大会組織委員会の世界トップらが、わしらに責任を押し付けおって。まあ、あいつらも汚職で逮捕されたから自業自得だが」
「我が国に招致するための賄賂の件でです、あの似非皇族親子もフランスに強制的に収監だ。死者や後遺症の残った人間が激増し、飲食店をはじめ多数の業界で倒産がでて、経済も壊滅状態。ニホン国政府は事実上崩壊です。なにしろ、変異株がさらに変異し、ワクチンもほとんど効果なし、首都トーキョーでの死者は膨大。むろん政府関係者も数多くいまして」
「だからって、ガース総理やアベノ君らは無事だろう、みんなこのビルにいるはず」
「ガトー官房長官らもですが、現場で働く連中のほうは軒並みやられています。マスコミ連中も同じこと。三径新聞やら黄泉瓜新聞の社長や政治部のトップら、なんとかここに逃げたものの、下っ端の奴らはやられるか、怒り狂った国民につるし上げです」
「まさかカッコクレンまで出張ってくるとは。財界の奴らまで、“国際大運動大会の開催によりニホン経済は沈んだも同然、この責任は大会委員会と政府にある”などと言い出しおって。野党の奴らもタイミングが良すぎる。米軍の動きが速すぎて対応できなかったし」
「おそらく、根回しがすでにできていたのでは。大会開催強行する我々国際大運動大会組織委員会や政府をみかぎり、カッコクレンとひそかに取引したかもしれません。野党トップのミンミン党が国会中にあの程度の追及ですませ、開催や国民投票法を通したのをもっと疑うべきだったのかも」
「その投票のせいで、わしら国際大運動大会組織委員会やガース総理らが引きずりおろされ、裁判にかけられるかもしれんのだぞ。いや、すでにリンチもありなんだ、オオイズミのバカ息子夫婦をみろ、かろうじて命は助かったが」
「あの顔とお体では政界復帰はおろか、日常生活も無理でしょうね。お子さんは養子に出されたそうですが、そのほうが幸せかもしれません。開催に賛成した、反対を表明しなかったジコウ党議員は全員共犯だと、いうものもおりますから、関係者だと知られたらどんな目にあわされるか」
「マスコミに出た連中もだろ。あとユーシキシャとかいうやつ。ダケナカなんぞ、全財産没収は当たり前、強制労働でもさせろ、いやそれでは生ぬるいとか言われて、慌ててここに逃げ込みおった。運のいい奴だ」
「モンリ会長、それは我々も同じです。ここに絶好の隠れ場所があるとのメールがなければ、みな捕まっていますよ。ガース総理らもそんなことをおっしゃってました」
「ここに、こんなビルがあるとはしらなかったが、隠れるにはちょうどいいな。だが、いったいいつまでここにいりゃいいんだ。もう2週間近いぞ、外に出るのはおろか、窓も開けられないとは。飯だって非常食みたいなもんばかり、これじゃ栄養が偏るぞ」
「モンリ会長、もし見つかれば、国際裁判にかけられ、よくて終身刑、最悪処刑なんですよ。いや、それよりもっと悪いかもです。つかまったヨンバラ・ジュンコ議員やガタヤマ議員は収監中に亡くなったとか。死体は損壊が激しく、死因がわからないほどで」
「ひいい、そんな死に方はいやだああ」
“俺たちだっていやだったよ”
天井から大きな声が聞こえた。
「だ、だれだ、い、今のは」
モンリとヤマジタは周りの男たちを見回した。
誰も首をふって、上をみあげる。
“自宅療養なんて言って、事実上の放置だよね”
“国際大運動大会のやらなきゃ、僕たち生きてたよ”
“お薬や病院の設備にお金かけてれば、ちゃんと入院できたのよ”
“全部、国際大運動大会のためで調整だったんだよね。一握りの人たちのために私たちを救うはずの税金が使われてたなんてさ、悔しくて、苦しくて壁を叩いちゃった”
“俺らが政治とかに全然知らなかったせいかもしれないけど、ひどすぎるよな”
“こんなに苦しかったのに”
“死んじゃいそうなのに誰も来てくれない、死んじゃったけど”
“看護師さんも疲れ切ってて。ごめんねってすっごく泣いてくれたね”
“お医者さんもそうだったね。だから、文句言えないよねえ”
“一生懸命やってくれたからねえ、お医者さんたいはさ”
“じゃ、誰のせい?”
“誰のせい?私たちが死んだのは”
“開催強行した人たちだよね”
“国際大運動大会なんか無理にやった人たち”
“あんたたち”
“お前らだよ”
「ひっ」
ヤマジタが小さな悲鳴をあげた。
天井から、壁から何か、たくさんの何かが迫ってくる!
「ぎゃああああ」
たまらずモンリが叫ぶ。
“きゃははは、怖がってるよ、このおやじ”
“あんなに威張ってたくせに”
“アスリートの力とか感動とかさ”
“ね、それって役に立ってるの?今”
頭に直接響くその声におののき、モンリらは震えて縮こまる。
別の部屋から、かすかに悲鳴が聞こえる。
「あの声は、ガ、ガース総理?」
“いい気味、国民を守るなんて大ウソつくからよ”
“ヒドイことになって、みんなから責められて”
“怖くなってここに逃げ込んだんだよねえ”
はっとしたようにモンリの隣の男がつぶやく。
「ここは、まさか」
“あ、今頃気が付いたんだ。メールでちゃんとビルの名前とかも書いたのに”
“待機用のホテルの名前なんて忘れてたんじゃないの。だいたいオーナーだって政府からの金目当てで、ろくな食事もでなかったし”
“あの派手好きなオバサンが、のたうち回って、引き裂いて息絶えていくのはおもしろかったねえ”
“この人たちはどうしようか”
“どうしてくれようかああ”
声はどんどん大きくなり、モンリたちを覆っていった。
どこぞの国ではアルマゲドンだろうがなんだろうか、スポーツイベントをやるそうですが、その結果どうなるか、本当に考えてないんですねえ。経済損失はやったほうが大きいという試算があろうが、なかろうか、何がなんでもやる気でしょうが、開催強行した人々は責任から逃れきれるつもりなんですかねえ。