表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

エピローグ

 ガラガラと馬車が道を行く。

 かなりの田舎道で馬車が揺れる。

 焦げ茶色の地味な見た目の馬車だが、都市では目立たないだろうが、ここら辺の田舎道では立派な馬車で目立つ。

 畑仕事をしている農夫も手を止めて馬車を眺める。

 そう言えば一月ほど前に馬に乗った一団が教会に向かっていたなと農夫は汗を拭く。

 馬車には喪服の貴婦人が乗っていた。

 先月夫と娘を強盗に殺された元ハスブル伯爵夫人だ。

 若い騎士が馬車を走らせている。

 護衛は彼だけだった。

 馬車に繋がれた馬がトボトボとついていく。

 騎士の馬なのだろう


「奥様、教会が見えて来ました」


「そう。分かったわ」


 喪服の夫人はそう答えると、ハンカチを握りしめる。


 やっと……


 やっと娘を迎えに行ける。

 夫人は王妃とのお茶会を思い出した。

 夫と義理の娘が盗賊に殺された日、王妃のお茶会に呼ばれていた。

 王妃とは同じクラスメイトで学園の思い出に花を咲かせた。

 と言う事になっていた。

 実は王妃に義理の娘の正体をばらし夫を監視していたのだ。

 そう セテイ・ハスブル伯爵夫人は王妃のスパイだった。

 世間では夫の浮気に耐え、領地を守り、夫の浮気相手の娘にも優しい母親と見られていた。

 セテイは嗤う。


 優しい母親?


 いいえいいえ。

 夫があの娘を連れ帰って来た時。

 腸がネジ切れるぐらい怒りで煮えたぎっていたわ。

 でも淑女教育の賜物で噯にも顔に出なかった。


 誰も気が付かない。


 それだけ蔑ろにされていたって事だ。

 でも直ぐに赤子の瞳がボニーブルーからアースアイに変わった時、確信した。

 これは皇太子の子供だと。

 その頃、王妃は第二王子を身籠っていた。

 セテイはそれとなく祝いの言葉と共に娘の事を書き記した。

 皇太子の留学は表向きは同盟の為だったが。

 フエルス国にはタルゴ国を乗っ取る企みがあった。

 その為に第四王女をあてがったのだ。

 王女は娘を産むと直ぐに亡くなったが、生まれた王女を平民の子供と偽って国に送りこんだ。

 本当にあの男はトラブルメーカーね。

 何度も何度も王妃を裏切る。

 尤もあの男も哀れではあった。

 幼い頃から媚薬を盛られ、解毒しても解毒しても媚薬を盛られ続けられた。

 身近にいる者達によって。

 本当にあの男は人材に恵まれていない。

 元々彼は王に成れない位置にいた。

 彼の母は男爵令嬢で側室だった。

 母親に野心はなかったから、放置されていた。

 優秀な三人の兄、彼の入る隙間など無かった。

 早々に継承権は無きに等しく。

 生き残るために操り人形として生きていた。

 それに比べて王妃や王子達は人に恵まれている。

 腹心の部下たちは、命をかけて王妃達の身を守っていた。

 人徳の違いだろうか?

 皇太子も立派に育った。

 もう王を解放させてあげるべきね。

 媚薬や解毒剤のせいで王の体はボロボロだ。

 病気と称して離宮に入れられるだろう。

 せめてわずかな時間心穏やかに暮らして欲しい。

 考え事をしているうちに馬車は教会に止まる。

 修道女が数人が迎えてくれて、客室に案内してくれた。

 思ったより大きな教会だ。

 若い修道女がお茶を出してくれた。

 彼女はべそをかきながら何度も頭を下げる。

 話を聞くと彼女のせいで娘が塔から落ちた事を知った。

 若い修道女のアースアイの瞳から止めどもなく涙が落ちる。

 セテイは優しく彼女の背中を撫でる。

 この若い娘には怒りは湧かなかった。


 ただ……


 彼女もあの男の犠牲者なのだ。

 エレナと同じ班の少しトウが立った修道女が彼女を連れていく。

 どっと疲労感に襲われて深く椅子に座った。

 護衛騎士のソルロンドがそっと声をかける。

 セテイは首を振り大丈夫だとソルロンドに言う。

 大丈夫な訳はない。

 あの娘のせいで娘は死んだ。

 アースアイはアース神の加護があると言われているが。

 本当は呪いではないかと思っている。


 あの頃。


 フエナとロギルス・ランカスターが恋仲になった。

 夫は無関心というよりも煽っている節があった。

 王家を排除した後でロギルスを王位に就かせ、二人が腹違いの兄妹だと言う弱みを握り。

 裏から国を操ると言う腹積もりだったのだろう。

 反吐が出る男だ。


 だが……


 もうその夫もフエナもロギルスも死んだ。

 三人仲良く地獄で暮らして欲しい。

 私とロギルスの父親も後から逝くだろう。

 ドアが開き一人の老人が入ってきた。

 エドムント・セヒロト教会長だ。

 セテイは立ち上がりカーテシーを執る。

 エドムントは片手を上げて椅子に座る様にセテイに言う。


「長旅でお疲れでしょう。大変でしたね」


 大変と言うのは夫と娘が殺された事を言っているのだと気付く。

 セテイはエドムントが持っている日記に目を止めた。


「それは娘の日記ですか?」


 エドムントは頷く。

 そしてセテイの後ろにいる騎士に目を止める。


 何時からだろう。

 日記に書かれた婚約者の名前が消えた。

 何時からだろう?

 彼と呼ぶようになったのは?

 彼女は知っていた。

 彼が心のこもった贈り物をし、手紙を書いていた事を。

 彼女も彼を慕うようになっていた事を……


 エドムントは頷き、日記をセテイに差し出した。

 それは唯一娘が生きていた証。

 セテイは日記を抱きしめた。

 堪えていた涙が溢れる。


「一年前、娘を隣国に居る伯母の所に送るつもりでした」


 ぼそりと言葉が零れた。


「妹と娘の婚約者が恋仲になったので、あの家にあの子の居場所はなかったから……」


「濡れ衣を着せられたんですね」


 エドムントは静かに尋ねた。


 セテイは頷き。


「夫とは離縁するつもりでした。でもその前に娘は亡くなった……」


 だから私は三人を死に追いやったのだ。

 その言葉を呑み込む。


「娘の亡骸を引き取りに来ました。隣国の伯母の所で娘の亡骸を埋葬したいと思っています。あそこにはあの子が行ってみたいと言っていた湖があるんです。その近くに埋葬します」


 エドムント教会長は頷き墓を移転させる許可証を出した。

 前から用意していたのだろう。


「墓をこれから移転させると夜になってしまいますが。明日にしますか?」


「いえ。なるたけ早くあの子を連れて行きたいのです」


「分かりました。これから私も同行します。もうこの時間だと墓地の門は閉められているでしょうから」


「ありがとうございます。お手数をお掛け致します」


 セテイは頭を下げた。






 夕暮れが迫っていた。

 空は赤く染まっている。

 烏が物悲しく鳴く。

 この間墓は掘り返されたばかりなので比較的土は柔らかく、墓守の老人と数人の手伝いによってすぐに掘り返された。

 棺桶は霊安室に運び込まれた。

 墓が掘られるまで家族と関係者が休息する場所だ。

 真ん中に棺を置く台と周りに長椅子がある。

 一時的に遺体を保管する場所でもある。

 遺体を保管するため中はひんやりとしていて寒い。

 手伝い人は墓を運ぶと手間賃を貰い帰って行った。

 墓守の老人が蓋を開ける。

 神官長が死者の歌を歌う。

 中から白いベールを被った娘の遺体が現れる。

 ベールは娘自ら刺繍したのだろう。

 見事な刺繍だった。

 また涙が溢れる。

 セテイはベールをめくる。

 中からまるで眠っているような娘の亡骸が現れた。


「まるで眠っている様ね、迎えに来るのが遅れてごめんね」


 セテイの瞳からポタポタと涙が零れる。

 涙は娘の顔に落ちた。


「あら? お母様なぜ泣いているの?」


 エレナはゆっくりと目を開け母親を見てそう言った。


「エレナ‼」


「エレナ様‼」


 セテイとソルロンドが同時に叫ぶ。

 エレナはニッコリと笑った。



 隣の国にエレナ湖と言う湖がある。

 空を写したような青い湖で森の中にあった。

 少し離れた所に小さな館がある。

 そこには元伯爵夫人が娘と住んでいた。

 娘は養女で、亡くなった娘の代わりに引き取ったらしい。

 今日はその養女の結婚式だ。

 お相手は夫人に仕える騎士の若者だ。

 わざわざ隣の国から二人を祝福しにエドムント教会長が来てくれていた。

 薔薇の花咲く小さな庭。

 近くの町の人達もお祝いに来てくれた。

 教会長は、自分の教会の成り立ちを話す。


「その昔、女神フローラに愛を誓った恋人がいました。しかし恋人の騎士は戦のため恋人を置いて戦に出かけた。戦も終わり騎士が恋人の元に帰ると恋人の葬式の終わりで後は棺を埋める最後のお別れの時だった。娘は病のため亡くなっていたのです。騎士は棺にかけより涙を流して娘と最後の別れをしました。その時奇跡がおきて、娘は生き返ったのです。女神フローラは真実の愛を貫いた二人を祝福して死んだ娘を蘇らせた。真実の愛を貫いた二人に女神フローラの祝福を」


 人々の拍手の中二人は口付けをかわす。


「女神フローラの祝福しかと見届けました」


 教会長の言葉を聞いて薔薇の花は優しく揺れた。







 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 2022/12/12 『小説家になろう』 どんC

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最後までお読みいただきありがとうございます。

感想・評価・ブックマーク・誤字報告感謝しております。

本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ