見習い修道女ピニャータ
前の話を少し書き足しました。
「あ……あの……ロギルス様」
見慣れぬ修道女が声を掛けてきた。
ロギルスは門まで100メートルと言う所で、足を止める。
ロギルスは眉を寄せた。
かがり火が修道女を浮かび上がらせる。
何だ?この女?
馴れ馴れしい。
さっきお茶を運んできた見習い修道女だと気が付いた。
お茶を運んだ後で、ここでロギルスが帰るのを待っていたのか?
ロギルスは暗いので、その娘が自分と同じアースアイだと気付かない。
アースアイとは【アース神の瞳】と呼ばれている変わった瞳の色だ。
アース神はこの国が信仰している神様で、【愛】と【繁栄】と【秘密】を司る。
神の慈愛のせいか、この国ではアースアイの子供が多い。
アースアイには色々な組み合わせがある。
青とオレンジが混ざったもの、緑とブラウンが混ざったもの、緑とオレンジが混ざったもの、青と緑とオレンジが混ざったもの、灰色とオレンジが混ざったものなどである。
特に青と緑とオレンジが混ざったものはタルゴ王家に現れる瞳の色であった。
別名【タルゴ王家の瞳】と呼ばれている。
王妃が産んだ三人の王子と側室が産んだ王女も三色のアースアイだ。
最も多くの者が瞳の色が定着する10歳を過ぎると普通のヘーゼルの瞳やアンバーになる。
大人になっても三色のアースアイは王家の血を引く者だけだ。
ロギルスを呼び止めた少女は、見習いの印の短いベールを被っていて。
彼女はピンクのアネモネを一輪持っている。
エレナの好きな花。
先程の教会長とのやり取りを思い出して、益々不快に感じる。
10年も婚約していたのに婚約者の好きな花さえ知らない。
愚か者と罵倒されている様だ。
【エレナ憎きゃ花まで憎し】と言ったところか。
理不尽な怒りがロギルスの胸に巻き起こる。
フエナを襲った破落戸はてっきりエレナが雇った者達だと思ったが。
彼女の日記から別の者の仕業の様だ。
あの噂が真実ならかなり厄介な事になる。
「あ……あの私ピニャ-タって言います」
若い修道女見習いは聞かれもしないのに名前を名乗る。
無礼だろこの女。
身分の低い者から先に、身分の高い者に声をかけてはならない。
いくら田舎の修道女でもそれぐらいは分かるだろ。
それともこの女は馬鹿なのか?
自分が散々やらかしておいて、ロギルスは修道女見習いを心の中で嘲笑う。
ロギルスのそんな様子も、舞い上がっている彼女は気が付かない。
「私エレナさんとは同じ5班なんです。あっ。この教会は班ごとに祈りや奉仕活動を行うんです。あの日塔の掃除をしててカラスの巣を叩き落したら。カラスが怒って襲われて。足を階段から滑らせて。水を運んでいたエレナさんが私を突き飛ばして落ちるのを止めてくれたんです。けれど……」
彼女は涙ぐみ声を震わせながら続ける。
「エレナさんは優しい人でした…ごめんなさい。ごめんなさい。私の代わりにエレナさんが塔から落ちてしまった。エレナさんいつも婚約者の事を話していて。素敵な人で、直ぐに誤解を解いて迎えに来てくれるって。いつも楽しそうに話していました。迎えに来てくれたら直ぐに結婚式だからってベールにユリの刺繍を歌いながら刺していました」
どうやらこの少女はエレナが塔から落ちた時、側に居たようだ。
俺が誤解を解く?
何を言っているのだ?
そんな事有り得ないのに。
エレナの父もフエナもエレナが危害を加えると言っていたでは無いか?
包帯をしていたフエナ。
可哀想に階段から突き落とされて。
白い包帯がとても痛々しかった。
母親は何も言っていなかったが。
エレナがフエナに危害を加える所を見たことが無いが。
頭の良いあの女は上手く、振る舞っていたのだろう。
エレナとフエナは腹違いの姉妹で。母親は留学先の平民だったそうだ。
フエナの母親はフエナを産むと直ぐに亡くなったらしい。
フエナは金の髪と儚げな容姿は母親に似ているそうだが、瞳だけは違っていてアースアイだった。
まあ。
アース神の加護を受けるこの国では珍しい色ではない。
「あの女の妄想はどうでもいい。エレナは手紙を出していなかったか?」
「妄想……」
少女はその時、自分と同じ三色のアースアイの瞳が冷たく自分を見ているのに気付く。
元婚約者を死に至らしめた原因の自分を責めているのか?
咄嗟にそう思ったが、違うことに気が付いた。
「はい。よくあなたに出していました。着の身着のままで家を追い出されたから。お金が無くって着ていたドレスとアクセサリーと靴を売って切手代にしていました。辺境からの手紙代は冒険者ギルド経由だから料金が高いんです」
たかが手紙を出すだけなのに服や靴を売った?
本当に金が無かったのか?
やはりあの女の仕業では無いのか?
「俺は手紙など受け取っていない」
冷たくロギルスは答えた。
「誰かエレナを訪ねてくる事は無かったか?」
野暮ったく瘦せた娘は首を振る。
「いえ。エレナさんが生きている時も、亡くなってからも誰も訪ねてくる事は無かったです。本当にエレナさんからの手紙を受け取っていないのですか? あの手紙には私の事も書かれていたはずですが……」
「手紙など受け取っていないし。お前の事など知らない」
少女の顔が絶望に歪む。
「そんな……本当に私の事を知らないのですか?」
少女はロギルスに縋りつこうとしたが。
「くどい‼️」
ロギルスは少女を突き飛ばす。
やせっぽちの少女は軽く吹き飛び地面に叩きつけられた。
昼頃、雨が降ったせいで地面はぬかるんでいた。
ピニャータは泥だらけになり呆然とロギルスを見上げる。
彼女が持っていた、ピンクのアネモネはロギルスの足元に落ちたが。
ロギルスは花を踏みにじり門の外に出る。
花を踏みにじられたのを見た娘は狂ったように泣き出した。
門番とセントエドワード騎士団の三人が非難がましい視線を向けていたが。
ロギルスは鼻を鳴らし、無視をする。
バタリと門が閉められ、教会と下界は塞がれた。
パタパタと足音がしたから、門番が娘を助け起こしに行ったのだろう。
「如何しました?」
護衛騎士が訪ねたが、ただの気狂いだ気にするなと答えた。
「そんなことより直ぐに戻るぞ‼️」
「教会長は何か事情を知っておられたのですか?」
ブランが尋ねる。
「エレナの日記に、ある事が書かれていた。両親が話しているのを聞いたようだ」
「ある事ですか?」
「フエナの母親についてだ」
「フエナ様の母親ですか? 確か平民の娘だったはずですね。それでその日記は?」
「教会長が渡してくれなかった。エレナを愛してくれるものに渡すとか……ふん。寄付をしろって事だろう。強突張りなジジイめ‼️ 後で使いの者に金を持たせて取りに来させよう。それよりも王都に戻るぞ‼️」
「いえ。なりません。これだけ暗いと馬を走らせるのは危ないです」
ロギルスは思わず舌打ちをした。
こんな田舎でグズグズしている暇はない。
この場は渋々ブランに従う。
眠り薬を酒にでも混ぜて彼らに飲ませよう。
ロギルスはそう考えて実行する。
後で、その事を死ぬほど後悔する事になろうとは、思いもしなかった。
~~*~~*~~~*~~~~*~~~~
「違う‼ 違う‼ 違う‼ あの人は違う……あの人はお兄様じゃない……えっぐ……ヒック……」
ピニャータは泣きじゃくる。
柱の陰に隠れて様子を見ていた5班の修道女見習いの娘たちが、泥の中に座り込んでいるピニャータを助け起こした。
「大丈夫か?」
門番は声を掛ける。
「大丈夫です。この子の世話は私達でします。この事を教会長に連絡してください」
5班の班長で年長者のグイナが答えた。
「分かった」
門番は三人の騎士達に暫く門の見張りを頼むと、直ぐに教会長と修道女長に連絡をしに走る。
グイナとクラオネとアレクサはピニャータを風呂場に連れていく。
お湯はもう冷たくなっていたが仕方ない。
ダイナはピニャータの服を脱がせると、手拭いを絞り彼女の体を拭く。
肩と背中に痣が出来ている。
クラオネは修道女の服をぬるくなったお湯につける。早く洗わねばシミになってしまう。
この服と作業用の服の二枚しか支給されていないのだ。
神に祈りを捧げるのに作業着では許されない。
このセントエドワード教会は質素倹約をモットーにしているのだ。
「酷いね。お偉いお貴族様か知らないけれど。いきなり突き飛ばすなんて。痣になっているじゃない」
アレクサが憤る。彼女の手には踏みつぶされたアネモネがあった。
明日エレナの墓に供える花だった。
「あいつ……あんたの兄ちゃんだったんだろ。あの花やっと手に入れたのに」
アレクサは元男爵令嬢だったが、口が悪い。
この辺境は荒れ地が多く、エレナが好きだった花は中々手に入らない。
しかも彼女達見習い修道女はお金がない。
年に一度開く慈善バザーで刺繡をしたハンカチや小物を売って小銭を手に入れていた。
割とお金になる写本なんかは修道士の仕事で彼女達には回ってこない。
「あたしが馬鹿だった……お父様と兄弟がいつの日か迎えに来てくれるなんて……そんな事ある訳ないのに……」
三色のアースアイの娘は暗い声で絶望を語る。
同じ血を引いて居るのに、何て言う違いだろう。
片や産まれたことで祝福をされ、片や忌み嫌われここに閉じ込められた。
ずるい、ずるい、ずるい
神様は何て依怙贔屓何だろう‼
エレナから兄の事を聞いた時、希望を持った。
優しい人、聡明な人、誰に対しても公平で、そんな人なら自分をここから連れ出してくれるだろう。
何ておめでたい。
兄弟の多くは自分と同じ様に教会に捨てられた。
王の血を引いていても、側室として認められた後、後宮で産まれた子供しか王族と認められない。
しかも王妃が産んだ子供しか王位継承権は与えられず。
王子は3人もいて、とても優秀なのだ。
その他の子供は私生児で平民だ。
誰がここから救い出してくれると言うのか?
寝巻きに着替えたピニャータは、アレクサからピンクのアネモネを受け取るとゴミ箱に花を捨てた。
ピンクのアネモネの花言葉は【待望】【待ち望む】だったが。
ピニャータは希望を捨てた。
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2021/6/15 『小説家になろう』 どんC
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