エドムント教会長
ドンドンと鉄の門を叩く者達がいた。
セントエドワード教会の門番は顔をしかめた。
セントエドワード教会は強固な鉄の門と高い塀に囲まれて魔物や野盗の侵入を防ぐ造りになっている。
こんな時間に誰だ?
門番は不機嫌に訊ねる。
教会の門は6時には閉められる。
6時に閉められたからと言って、牧師達が暇な訳ではない。
神に祈りを捧げ、食事を終えた後。
1日の反省、報告、連絡、相談。
明日の仕事の打ち合わせ。
それがすんでからやっと一時間の自由時間の後、就寝。
やるべき事は事は山のようにある。
教会の朝は早いため、皆直ぐに就寝するのだ。
「どなたですか?」
「私はロギルス・ランカスター。ランカスター家の嫡男だ。教会長に面会を申し込む‼️」
「面会の予約はされたのですか?」
「いや。していない」
門番はため息をつく。
高位貴族の割に最低限のマナーも心得ていない。
手紙や先触れを出すと言う事をこの貴族は忘れているようだ。
高位貴族故の傲慢か?
ただの礼儀知らずの馬鹿なのか?
「では手紙で面会の予約をお取りください。おやすみなさい」
「待て待て待て‼️ 本当に火急なのだ‼️ 人の命がかかっているのだ‼️」
門番は再びため息をつく。
どうやら強盗の類いではない様だが、厄介事の臭いがプンプンする。
そう言えば、夕方の引き継ぎの時、亡くなった令嬢の事を訪ねた騎士達が来たと連絡が入っていた。
漸く遺体を引き取りに来たのかと思ったが。
どうやら違う様だ。
「分かりました。教会長様に面会の許可を取り継ぎますので、暫くお待ち下さい」
門番はそう言うとその場を離れた。
ロギルスはイライラと返答を待っていた。
騎士団長のブランはそんな主を複雑な思い出で見つめている。
さっきの墓を暴いた事もそうだが。
彼女が関わると主の行動は常軌を逸していた。
普段は礼儀正しいと言われていたが。
一年前エレナ嬢と婚約を破棄してから、徐々にイライラが募っていた。
貴族は結婚に際し、王の許可がいる。
権力のバランスを取るためだが。
姉との婚約は直ぐに降りたが、その妹との許可は一年たってもまだ降りなかった。
フエナ嬢の母親が平民だからだろうか?
それともフエナ嬢の体が弱いせいか?
それとも……あの噂のせいか?
「教会長様の許可が降りました」
不意に門番の声がした。
「但しロギルス様だけの面会になります」
ブランは主を見た。
確かにこんな時間に騎士達を連れて、面会の予約も取らず押し掛けたのだ。
強盗と不審がられても仕方ない。
それでなくてもさっきの行いと言い、相手を不快にさせるのは十分だった。
「如何します?」
「仕方あるまい。礼儀を弁えて居ないのは此方なのだから」
礼儀知らずの自覚はあるようだ。
ギイーと鉄の門が開きロギルスだけが通された。
直ぐに門が閉まる。
ちらりと数人の影が見えた。
恐らくエドワード騎士団であろう。
教会には専属の騎士団がいる。
魔物のスタンピードや異教徒から信徒を守るためだ。
地方の大きな教会なら、なおさらだ。
都会の治安の良い所ならともかく、地方に行くほど魔物が出る。
そう言えば、エレナ嬢はこの教会に追放された時。
護衛もなく年老いた馬丁とみすぼらしい馬車でここにたどり着いたと聞く。
旅の途中、強盗にも魔物にも遭わず、良く無事だったなと思った。
父親は彼女に死ねと言っている様なものだ。
そう言えばハスブル伯爵はたいそう妹を溺愛していると聞いたことがある。
カツカツと大理石の床に足音が響く。
ロギルスを案内したのはエドワード騎士団兵だった。
三人のエドワード騎士団に取り囲まれてロギルスは少しむっとする。
まるで罪人の護衛の様だ。
教会の荘厳さに比べ牧師やシスター達が暮らすスペースは質素な作りになっている。
ギィィとドアが開き、教会長の執務室に案内された。
教会長の部屋も良い材木が使われていたが、全体的に質素な物だった。
机には書類が積まれている。
収穫祭が近いから、教会も何かと忙しい。
収穫祭の時、一年間魔力を結界石に貯めたものを交換するのだ。
その代わり村や町は教会に奉納料を支払う。
こうして一年間魔石は結界を造り町や村を守るのだ。
教会長はチラリとロギルスを見るとエドムントと名乗り、ロギルスに椅子を勧めた。
エドムントは白い髭の好々爺だった。
若い修道女がお茶を運んで来る。
ちらりとロギルスを見て、何か言いたげにしていたが。
何も言わず頭を下げて部屋から出ていった。
客用のカップからいい香りが漂う。
流石、お茶の名産地だ。高級なお茶は献上品だろうか?
「初めまして。私の名はロギルス・ランカスター。人払いをお願いいたします」
ロギルスはちらりと教会兵を見て言ったが。
「いや。この者達は口が固い。それが出来ぬならこの会見はここで終わりです」
あっさり拒絶された。
「随分とものものしいんですね」
たかが田舎の教会長の癖にと言う言葉は呑み込んだ。
教会長の眉がピクリと動く。
後ろのエドワード騎士団から殺気が漏れる。
ロギルスは涼しい顔で騎士団の殺気を受け流す。
此でも彼は騎士団の経験がある。
戦となったら軍を纏めて国王の元に馳せ参じねばならない身だ。
「なにせここは訳ありの者が多いですからね」
笑顔を崩さず教会長は答えた。
「ところで、今日来られたのは、貴方の元婚約者のエレナ嬢のご遺体を引き取りに来られたのでは無いようですね」
嫌みたらしく教会長は言った。
エレナの墓を暴く狼藉は、すぐに墓守の妻が伝書鳩で報告してきた。
ここは訳あり令嬢が沢山居るので、何かあったら直ぐに対処出来るように万全?の対策が成されている。
「誰があの性悪を引き取りに来るものか‼️」
ロギルスは怒気をこめてテーブルを叩く。
側に置かれたお茶が揺れ少し零れた。
「性悪ですか? では貴方にご質問させて頂きます」
教会長は零れたお茶を見ながら、このお茶を淹れた娘の事を言いたくなったが。グッと堪える。
「質問? 何だ?」
「エレナ嬢の好きな花は何ですか?」
何を聞かれると思ったら意外な質問をされた。
偽物の婚約者だと疑われているのだろうか?
「花? 確か赤い薔薇だったか……」
「そうですか赤い薔薇ですか……ではエレナ嬢の好きなお菓子は何ですか?」
「王都にある有名な菓子店のモンブランだ」
「モンブランですか。高級なお菓子ですね。こんな田舎では手に入りません。ではエレナ嬢が好きで良く読まれた本は何ですか?」
「タイトルは知らないが、騎士と王女の恋物語が好きだった。一体さっきから何だ? 私が偽物だと疑っているのか‼️」
「ええ。疑っています。此処には騙りが良く訪ねて来るので」
「無礼だぞ‼」
「無礼ですか? エレナ嬢が好きな花はアネモネで。好きなお菓子はクッキーでよく台所で焼いてくれましたよ。好きな本は意外にも薬草図鑑です。これは王都に住んでいた時から好きだったようですね」
「で……出鱈目だ……」
「出鱈目ですか? 彼女がここにきて1週間で知った事ですよ。因みにさっきロギルス殿が答えられた赤いバラやお菓子や本はエレナ嬢の妹殿が好きな物ですね」
教会長は白い髭を撫でた。
ロギルスは愕然とする。
まさか自分がそこまで婚約者の事を知らなかったのかと。
「10年間も婚約者だったのにロギルス殿は私よりも婚約者の事を知らないんですね」
教会長はお茶と一緒に出されたクッキーを齧る。
「このクッキーもどうぞ。美味しいですよ。王都のモンブランには敵いませんが」
ロギルスは勧められるがままにクッキーを齧る。
素朴なクッキーはほのかに甘く、何故か懐かしい味がした。
「本当だ……美味しい……です……」
素直な言葉が零れた。
お茶とお菓子でさっきまでのイライラが収まっている。
「そうでしょう。そうでしょう。祭りの時に焼いて子供達に配るんですよ。好評でね。エレナ嬢に教えてもらったんです。今ではワインと並ぶこの教会の名産品ですよ」
「エレナが……これを……いやいや……エレナは我儘で性悪で……クッキーを焼いて子供に配る様な女じゃない」
「誰が我儘だと言ったんですか?」
「えっ?」
「誰が性悪だと言ったんですか?」
「あっ……」
「ロギルス殿は当然我儘を言っている所を見たのですか?」
「あっ……いや……私の前では猫を被っていて……」
しどろもどろに答える。
彼女を我儘と言ったのは誰だった?
彼女を性悪と言ったのは誰だった?
彼女の父親とフエナが言ったのだ。
エレナが妹を虐めて困ると、姉に虐められていると。
その時母親もいたが、彼女は沈黙を守っていた。
噓を吐いたのか?
何のために?
「所でここを訪ねて来られたか要件をお伺いしてもよろしいですか?」
ロギルスは思考を中断してエドムント教会長の顔を見た。
「エレナの妹が誰かに狙われている。エレナが破落戸を雇って襲わせているんだ」
エドムントは思わず噴き出した。
「何が可笑しい‼」
ロギルスは老人を怒鳴りつける。
「いや失礼。エレナ嬢がこちらに来られた時、着の身着のままでしたよ。何処から破落戸を雇うお金があるのかと」
エドムントは引き出しから日記を取り出した。
「彼女が持っていたのは、この日記とバッグだけでした」
「その日記に雇った破落戸の名前が書かれているのか‼」
「いやいや。私はご両親の他に彼女の死を悼んでくれる友人がいないかと読んでみましたが。この中には家族と婚約者の事しか書かれていませんでした。ただ……気になる箇所がありまして……」
エドムントは日記のある個所を指さす。
その個所を読むとロギルスの顔色が変わった。
「この日記を渡してくれないか?」
教会長は首を横に振り。
「この日記は彼女を心から愛した方に渡そうと思っています」
「あの性悪を愛している者などいない‼」
忌々し気に教会長をにらみつけるが、今は言い争うには時間が惜しい。
ロギルスは礼もそこそこに、執務室を慌てて飛び出して行った。
騎士団員は、エドムントに礼をすると慌ててロギルスを追い、しっかり門の所まで送り届ける。
エドムントはため息をついた。
10年間も婚約者だったのに、婚約者の好きな物すら知らず。
彼女を悪者に仕立てる婚約者。
婚約者?
彼は彼女の死すら悼んでいない。
墓を暴いてその死を冒涜した。
婚約者と言えるのか?
ふとエレナに好きな花は何だと訊いた時の事を思い出した。
『好きな花ですか? アネモネの花が好きです』
彼女は笑ってそう答えた。
後で知った事だが、アネモネの花言葉は【儚い恋】【恋の苦しみ】【見捨てられた】【見放された】と言うのだそうだ。
まるで彼女の人生の様だ。
教会長は引き出しにそっと日記をしまった。
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2021/6/3 『小説家になろう』 どんC
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