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プロローグ

「これはどういうことだ?」


「どういう事だと言われましても……」


 若い男はみすぼらしい墓の前で困惑する。

 共同墓地の片隅にその墓はあった。

 彼らを案内したのは年老いた墓守だったが。


「これがエレナの墓だと……」


「はい。この娘は一年前に亡くなっています。ご両親にも手紙を差し上げたのですが。墓参りも来られなかったから、手紙が届かなかったのか……あるいは読まれなかったのか……」


「馬鹿な……一年も前に死んでいただと……」


「何でも教会の奉仕で、古い鐘の清掃中に塔の階段から足を踏み外したそうで。即死だったとか……」


 若い男はかがみこみ粗末な墓石に刻み込まれた名前を確認する。

 エレナと言う名前だけで家名はない。

 ハスブル家から勘当されたのだから当然だろう。


 ___ 皇国歴243年-261年 ___


 18年しか生きられなかった、可哀想な娘。


「墓を暴け‼️」


 墓守は眉をしかめた。

 彼女は素行の悪さを咎められ、戒律の厳しいセントエドワーズ教会に入れられた挙げ句。

 事故死し、家族も友人も墓参りに来なかった娘。

 一年たってやっと知り合いが来たと思えば墓を暴けだと。

 この男には死者に対する尊厳は無いのか?

 墓守は怒りに震える。


「墓を暴くには国の許可がいります。かってに暴けば罰せられます」


 墓守は当たり前の事を言った。

 しかし、若い男も護衛の騎士達も言うことを聞かなかった。

 仕方なく墓守は書類を差し出した。

 全ての責任は自分が負う、と言う物だ。

 たまにこの若い貴族のように暴走する者が居る。

 セントエドワーズ教会の責任を逃れるものだが。

 若い男は書類をひったくる様に受け取ると、乱暴になぐり書きし、墓守に投げつける。

 墓守は書類を拾い確認した。

 若い男の名はロギルス・ランカスターと書かれている。

 王の盾と言われる名家だ。

 おそらくこの男はランカスター公爵家の嫡男なのだろう。

 老人はため息をつくとスコップで墓を掘り始めた。

 イライラと見ていたロギルスは、護衛騎士に墓守の小屋までスコップを取りに行かせると。

 数人の兵士に墓守を手伝う様に命じた。

 暫くすると粗末な棺桶が地面から出て来た。

 スコップを蓋の隙間に差し込んで蓋をこじ開ける。

 粗末な棺桶の蓋はバキバキと壊れた。

 むわりと辺りに死匂が漂う。


「ここらの土地は水分が多くて、偶に遺体が死蝋化する事があるんですよ」


 墓守は答える。

 墓の中から現れたのは、粗末な白い装束を纏った娘の遺体。

 墓の中には花も無く、装飾品も無い。

 とても貴族の令嬢の棺とは言えなかった。

 まるで貧民街の住人の最低の水準の棺桶だ。

 最も貧民街の最低の者達は、王都の下水に投げ込まれて。

 冒険者ギルドで飼っているスライムの餌になるのだが。

 ロギルスは顔にかかっていたベールをはぎ取った。

 そのベールは白い百合の刺繍がなされた花嫁のベールだ。

 彼女が自分の結婚式の為に自ら刺繡した物だと、知るのは後になってからだった。

 はらりとベールは地面に落ちて泥だらけになる。

 遺体は死蝋化していた。

 1年前の遺体ではあったが、その顔はまるで眠っているようで。

 その赤い口元は笑っているようにも見えた。

 美しい娘だ。

 彼女の髪は見事な赤毛で、閉じられた瞳は美しい若草色だったが。

 ロギルスはその髪の色も瞳の色も嫌いだった。

 品のあるエレナのしぐさも全て癪に触った。

 昔は普通に接していたが、何時からだろう?

 そのすべてがうっとおしくなったのは?


「まるで眠っているようですね」


 ロギルスの護衛騎士がポツリとこぼす。

 何人かの護衛騎士はエレナの顔を知っていた。

 その遺体がまごうことなく彼女のものであることを確認する。

 ロギルスは舌打ちをして、忌々し気に棺から離れた。


「確かにエレナは死んでいた。だが、この女が金を積み人を雇い、フエナに害をなさなかったと誰が言える‼」


 セントエドワード教会を訪ねた時、ロギルスは門番にエレナの居場所を尋ねた。

 門番は「ああ」と言って共同墓地の墓守の居る場所を教えてくれた。

 てっきり葬式の手伝いでもしているのかと思って来てみれば。

 棺に入っているのは彼女の方だった。


「セントエドワード教会の総括牧師に会わねば‼ 彼ならこの女の動向を知っているだろう」


 吐き捨てる様にロギルスが言う。

 男達はすぐさま墓の出口に向かう。


「墓を暴いてこのままになさるつもりか‼」


 たまらず墓守が声を荒げる。


「ああ」


 ロギルスは振り返り、墓守に金貨を投げた。

 チャリンと金貨が墓守の足元に落ちる。


「埋めておけ」


 ロギルスは振り返りもせず門に向かう。

 十数人いる護衛騎士の何人かは眉をひそめたが、ロギルスは気付きもしない。

 サッサと共同墓地から立ち去る。

 墓守はため息をつき、金貨と泥にまみれたベールを拾った。


「可哀想に。あれがお前さんが迎えに来てくれると話していた男かい?」


 墓守は棺の中の少女に語りかけた。

 彼女とは半年程の付き合いだったが。

 悪い娘では無かった。

 墓守は悲しげに粗末な棺を見る。

 打ち捨てられた棺。

 乱暴に開けられたため、棺の蓋が割れている。

 彼女が暇さえあれば刺繡をしていたベールは彼女の尊厳の様に泥だらけだ。


『きっと誤解が解けて、婚約者が迎えに来てくれるわ』


 彼女の声が脳裏を横切る。


「まあまあ……」


 墓守の妻が心配して彼の元にやって来た。

 小屋にいた彼女からひったくる様に騎士達がスコップを持っていたから。

 心配で様子を見にやって来たのだ。

 彼らが持って行ったスコップは地面に投げ捨てられている。

 夫の手には泥まみれのベール。

 墓守の妻はため息をついた。

 娘が哀れでならない。


「ベールは私が洗うわ。あなたはこの子の棺の蓋を直してくださいな」


「ああ。頼む」


 夕暮れの鐘の音がした。

 墓守は共同墓地の門を閉めると板と釘を持ってきた。


「取り敢えず棺を埋めるのは明日にしょう」


「そうね。ベールは暖炉の前で乾かしておきましょう。明日棺に入れて埋葬できるわ」


 墓守は棺に聖水をかけると聖なるメダルを置き、短い祈りを捧げた。

 願わくば、再びこの哀れな娘の眠りが妨げられないように。





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   2021/5/29 『小説家になろう』 どんC

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[一言] 新しいタイプの婚約破棄物ですね。おら、ワクワクすっぞ! これまで見てきた婚約破棄した男の中でもトップに君臨するクソ野郎ですね。口だけで止めない護衛も然り。このやらかしを切っ掛けに盛大なざま…
[一言] 今のところ詳しい事情はわからないけど、ロギルスとかいうクズをぶん殴りたくなった。というかそれに付き従った護衛騎士も同罪だな。
[一言] クズどもにざまぁ展開があるといい
2021/05/29 03:31 退会済み
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