不器用な侯爵令息の愛の証
優しくしたい、大切にしたい、その手に触れられる権利を手に入れたい。
そう思うようになってから、随分と長い月日が経っていた。
でも、今更どう振舞っていいのか分からずに戸惑っている内に引っ込みが
つかなくなってしまった。
それがクロードの拗らせの根幹である。
初めて出会ったのはクロードが七歳、セシルが三歳の時だった。
既に遊び相手として侯爵家に来ていたエドワードに妹がいることは知っていたが
他家にお邪魔しても良いだろうとマイヤー伯爵夫人とエドワードと一緒に侯爵家の
茶会にやって来たのだ。
正直、その頃のクロードはセシルに興味は無かった。
エドワードにくっ付いてくるお荷物ぐらいにしか思っていなかった。
セシルは茶会の後も兄のエドワードと一緒に侯爵家を訪れることが多かった。
でも、遊びたい盛りの男の子二人とまだ小さな女の子が一緒に遊ぶのは無理があった。
セシルが一緒に遊べることをすれば、クロードとエドワードには物足りない。
かと言って、女児を欲しがっていたクロードの母に気に入られたセシルを仲間に
入れないわけにもいかない。
思いっきり遊びたいのに遊べない鬱屈は当のセシルに向かった。
最初はエドワードと捕まえた虫を見せてやった。
でも、どちらかと言うと、泣かせようと思ったのではなく、捕まえた虫を自慢する
気持ちの方が大きかったのに、セシルは差し出された虫を手に乗せられ、
這い回る虫を見て、大声で泣き始めた。
きゅん
その泣き顔に何故だか、胸が鳴った気がした。
次は侯爵家の庭で一人おままごとをして遊ぶセシルの緩く結ばれた三つ編みを
引っ張った。
仲間に入れたくないのに、一人で遊ぶセシルの姿が気に入らなかった。
それに、日の光を受けて蜂蜜色に見える柔らかな髪に触りたかった。
エドワードとクロードの二人に両側から髪を引っ張られたセシルは火が着いた
ように大泣きした。
きゅんきゅん
またも胸が鳴った気がした。
それからも、エドワードとクロードはセシルを泣かせ、からかった。
もちろん、母たちは意地悪をする二人を容赦なく叱るので、エドワードは
セシルを置いて、逃げるようになった。
クロードも最初は逃げようとした。
でも、泣いたセシルが背を向けたクロードの服の裾を握ったのだ。
ぽちゃっとした柔らかい白い手に力を精一杯込めて。
仕方ないと逃げることを諦めたクロードはセシルの手を引いて屋敷に連れ帰った。
きゅんきゅんきゅん
繋いだ手は焼きたての白パンのように柔らかくて、泣いて擦ったセシルの頬は真っ赤で
その頬も柔らかいかと思うと触れてみたくて堪らなかった。
それから、泣かせて、からかって、手を繋ぐ日々が続いて、気が付いた時には
セシルにそれ以外にどんな態度で振舞えばいいのか分からなくなった。
それは幼少期を終えても変えられなかった。
いや、かえって悪化した。
クロードとエドワードが王立学園に通い出した頃から、セシルは母に招かれて
侯爵家の茶会に出席するようになった。
セシルが可愛らしく着飾って訪れる度に、胸が高鳴り、心がざわついた。
それは、身内だけの茶会の時は、まだ良かったのに、社交の為に開かれた
規模の大きい茶会では「ざわつき」どころか、苛立ちになった。
セシルが同年代の少年たちと笑い、話している姿を見る度にイライラした。
だから、いつもセシルには刺々しく接してしまった。
服装を嫌味にあげつらい、内心では可愛いと思っていたのに似合わないと嗤った。
時には。転んでしまった年少者の少年に優しく差し出された手にさえ、苛立った。
その苛立ちをセシルにぶつけ、ふくよかなセシルを柔らかくて可愛いと、触れていたいと
思っているくせに、わざと他の令嬢と比べるような真似もした。
セシルはクロードの行動に傷ついた瞳をしながらも。転んだ少年を優しく介抱していた。
(触れるな、それは俺のものだ)
少年を優しく慰めるように頭を撫で、保護者の元へ手を引いて連れて行くセシルを見て
クロードはその少年を憎々し気に見ていた。
流石にその時には自分の気持ちに、ようやく気が付いたが、もう手遅れだった。
クロードに怯えるセシル、そんなセシルを見て更に苛立つクロードにという悪循環が
出来上がってしまっていた。
手をこまねいている内に、時間は無情にも過ぎていく。
セシルは少女から乙女へと成長していった。
一年が巡るごとに、変化を見せつけられ、焦りを感じながらセシルへと
贈りたい物を買いためる日々だった。
侯爵家の茶会では遠くから眺め、近くに寄ってしまった時は嫌味を言ってしまい
深く後悔した。
セシルが母に呼ばれて庭でお茶を飲んでいる時には、彼女には気付かれないように
ジッと自室の窓から見つめていた。
王宮勤めを始めてからは、セシルを見かけられるかもしれないと面倒な夜会にも
積極的に顔を出し、もしかしてと期待して財務大臣の王立学園視察の同行にさえ
立候補した。
セシルを見かけるかもしれないと城下町を無駄にうろついたこともある。
そんな時に目についたちょっとした可愛らしい雑貨や、セシルが嵌っていると
エドワードに聞いた刺繍糸、美しい装丁の詩集、学園でも身に着けられる類の
控えめで可愛いデザインの髪飾りやアクセサリーはクロードの部屋の一画を
占めている。
それに加え、クロードは勤めだしてからは自身の給金でセシルに似合うように
手ずから宝石を厳選し、デザインした宝飾品も金庫に眠っている。
☆☆☆
「・・・というわけだ。是非とも受け取ってほしい」
「・・・」
庭での茶会を終えて、クロードの自室へと招かれたセシルは、先ほどよりも
適切な距離になるように向かい合わせでソファに座れたことと人払いはされた
ものの年頃の婚約者同士であるからこそ、わずかに開かれたままの扉に安心
していたのだろう、火照るように赤かった頬が落ち着いてきていた。
「宝飾品に関しては金庫にあるので、後日、届けさせよう」
クロードの自室、明らかに雰囲気の違う一画に目を止めたセシルに目敏く気付いた
クロードは立ち上がり、一点一点を手にしながら語り始めたのだ。
あまりの内容にセシルは言葉もなかった。
クロードが買ったという広い部屋の一画を埋めるほどの品数にも、それを買い求める
までの彼のストーカー染みた行動にも驚きだった。
正直、侯爵家には侯爵夫人に招かれてお邪魔することも多かったが、クロードが
覗き見ていたなんて気付きもしなかった。
それにあの一画の手前にある恋愛小説はセシルのお気に入りの作家の物で既に
絶版になってしまっている物ではないだろうか?
宰相補佐のエドワードに王宮図書館に無いだろうかと尋ねた覚えがる。
学園時代によく身に着けていた「ディア・ローザ」のリボンもテーブルから零れそうな
ほど沢山置かれている。
明らかに、エドワードや侯爵夫人にセシルの好みを調査したのだろうと窺えるような
品々ばかりだった。
「セシル、受け取ってくれるか?」
無言のままのセシルに不安になったのか、クロードは不安そうに尋ねる。
その様子は先ほどまでの「食べてしまいたい」と堂々と迫るクロードとは別人のようで、
セシルは思わず苦笑してしまう。
「フフッ」
「セシル?」
「もし、あの頃、これを知っていたらと思って・・・」
不機嫌で嫌味ばかりのクロードに怯え、それでも幼い頃からの恋心をなかったことには
出来ずに苦しむばかりだったあの頃。
セシルだって、遠くからでもクロードを見たいとその機会を必死に探していた。
侯爵家に招かれた時には精一杯のおしゃれをし、エドワードの忘れものを届けに
王城まで行ったこともある。
同じようなことをクロードもしていたなんて、なんて不器用な二人なのだろうか。
「でも、今はこうやって貴方の傍にいられる・・・とても幸せです」
ふわりと微笑むセシルを見ると、クロードは足早にセシルの座るソファに近づくと
腰を下ろし、セシルの両手を握った。
「これまでも、今も、これからもずっと君を想う。
ずっと君への想いを露わに出来なくて君を傷つけてきた私にはこの贈り物は
贖罪の証なのだ」
「クロード様・・・」
「でも、これからはセシル、君に愛を告げ、想いを伝える。
これからは贈る物は全て君への愛の証だ」
クロードはセシルの両手を握ったまま、そっと口付けた。
軽く啄むような口付けだが、驚いたセシルは手を振りほどき、顔を隠そうとした。
「駄目だよ、セシル。
隠さないで」
しかし、クロードはセシルの手を離そうとしない。
「私の想いは包み隠さず君に伝えるから、君も包み隠さず私に見せてくれ」
まるで確信犯のようにニヤリと笑うクロードにセシルは真っ赤になって俯くことしか
出来なかった。
また「番外編を書きたいです。
気長にお待ちください。