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番外編  拗らせ侯爵令息のおうちデート

番外編です。

クロードのセシルへの溜め込んだ愛(贈り物)の披露

とある休日の昼下がり、ウェイザー侯爵邸の使用人たちはそわそわ

しながらエントランスに控えていた。

ずらりと並ぶ使用人の前で、冬眠前の熊のように動き回っているのは

ウェイザー侯爵家令息のクロードだった。



胸ポケットから懐中時計を取り出しては外を窺う、この一連の動きを

繰り返しているクロードはまさに、人待ち顔をしていた。



すると、馬のいななきと共に屋敷前の馬車回りが騒めいた。

クロードは待ち人の訪れを察すると外へと出た。



ウェイザー侯爵家の家紋が描かれた馬車が止まり、御者が踏み台を

用意するところだった。

御者はクロードが屋敷から出てきたことに気付き、踏み台を置くと、笑みを

浮かべながら、ゆっくりと馬車の扉を開いた。



扉を開くとモスグリーンのドレスが見え、クロードが手を差し出すと白く柔らかい

手が乗せられた。



「クロード様、ありがとうございます。

今日はお招きいただき、ありがとうございます。」



にっこりと微笑むセシルにクロードは舞い上がりそうになるのを必死で抑えた。

今日はまだ、始まったばかりなのだ。



「今日は婚約者となって初めてゆっくりと二人で過ごせる。

私はセシルが傍にいるだけで幸せだが、君も楽しんでくれると嬉しい」


「クロード様・・・」



クロードの甘い言葉にセシルは恥ずかしそうに頬を染めた。

そして、エントランスに控えていた使用人たちや御者はうんうんと感慨深そうに

頷く者や、年嵩のメイドに至っては涙をぬぐっている者もいる。



クロードとセシルの初々しい様子を見て、クロードの拗らせぶりを知っている

使用人たちには感慨深いものがあるのだろう。

何しろ、今日のためにクロードは一週間前から部屋の装飾、庭の管理、菓子の

準備や茶葉の種類や茶器の選定に至るまで気合を入れて準備していたのだ。

王城勤めの忙しい合間を縫って、幸せそうに準備を進めるクロードの懸命な

努力の様は微笑ましいものであった。


☆☆☆



クロードはセシルをエスコートし、庭へと向かった。

少し奥まった場所にある薔薇園へと向かう。

そこは侯爵邸に隣接する森の傍にあり、庭木で迷路のように

模している通路を抜けた先似るので、さながら秘密の花園のようだ。

その薔薇園の東屋にはお茶の準備が整っていた。



クロードはセシルをカウチに座らせ、自身も同じカウチに座った。

大人二人で座っても十分な広さのカウチだが、本来なら向かい合わせの

カウチに座るべきだろうが、あえてマナーを無視する。

セシルは隣に座るクロードに驚くが、タイミングよくメイドによって注がれた

紅茶の香りに、目の前に用意された紅茶とお菓子に注意が逸れた。



「可愛い・・・」



セシルの目の前にあるのは綺麗に盛り付けられたケーキだ。

小さな定番の苺のショートケーキに、オレンジムースのショコラケーキ。

色とりどりのフルーツに飾られ、白い皿にアクセントを添えるように真っ赤な

ベリーソースでハートとダイヤの柄が描かれている。

もちろん、添えられているカトラリーの意匠や茶器の柄にはトランプが

用いられている。

テーマはずばり「不思議の国のアリス」だ。



可愛いものが大好きなセシルの為に揃えたものばかり。

特に菓子に関しては見た目も拘ったが、製作を侯爵家の料理長に任せる

ことに拘った。



王都で評判の菓子店の物を用意しても良かったのだが、クロードは侯爵家の

料理長に気合を入れて作ってもらったのだ。

ある思惑をもって。



セシルはいずれ近い内に侯爵家へと嫁いで来る。

今までの行いが行いだったので、セシルは結婚を了承してくれたとはいえ、

クロードに対する評価も信用もマイナスであろう。

そのマイナスを少しでもプラスに転じる為には、クロードは何でもする心づもり

だった。



今回は、「嫁ぎ先の料理長の料理もお菓子も美味しいよ。早く嫁いでおいで」と

言わんばかりの胃袋を掴む作戦に出たのだ。



このなりふり構わない作戦は侯爵家の使用人たち全員に火を点けた。

今まで素直になれずに。買いためるだけ贈り物を買いため、成人の祝いのドレスと

髪飾りを自らデザインし、作成工程にまで口を出したのに自身の名前では贈ることも

できない、拗らせているクロードをやきもきしながら見守っていたのだ。




覚悟を決め、落としにかかっているクロードに協力しようと盛り上がるのも無理はない。

ちなみに侯爵夫妻はそんな盛り上がる息子と使用人たちを苦笑しながら見守っていた。

母に至ってはお茶会に同席しようとしていたので、クロードは侯爵に頼み込んで

連れ出してもらっていた。

母がいれば、こんな親密な距離感で過ごすことは出来ないから。



「どうぞ、召しあがれ」



目をキラキラさせているセシルに告げると、しばらくどれから手を付けようかと

悩んでいたが、ショートケーキにフォークを入れ、口に掬い入れた。



「お、美味しい・・・」



口元に手をあて。セシルが蕩けるように微笑むと、思わず喝采を叫びそうになる。

母とのお茶会で侯爵家の料理人の腕はセシルも知っているだろうが、今回に限っては

気合の入れようが違う。

恐らく控えているメイドたちも内心では拍手喝采であろう。



クロードはすぐ間近で幸せそうに微笑むセシルを眺めていられるこの現況が幸せで

思わず頬が緩んでしまう。

ついでに頭のネジも多少、緩んでしまった。



「セシル、付いているよ」


「えっ・・・?」



上品に菓子を口に運んでいたセシルの頬に付いているわけもないクリームを

ペロリと舌で舐めとった。

もちろん、柔らかい頬に添えた手はそのままだ。



「ク、クロード様!」



驚き、真っ赤になるセシルはクロードにとっては目の前のケーキよりも

甘そうで、美味そうだった。



「可愛い、セシル。

食べてしまいたいくらいだ・・・・」


「た、食べっ」



クロードの頬に添えられた手を外そうとクロードの手にセシルの手が

重ねられるが、トロリと蜂蜜を溶かし込んだように甘く微笑み、囁く

クロードに固まってしまい、セシルは動けない。



「唇、食べさせて」



クロードの近づいてくる瞳が見ていられなくて、セシルはぎゅっと目を閉じた。



「ゴホン」



唇が触れるか触れないか、ギリギリの距離で咳払いが聞こえ、ビクリと肩を

振るわせた一瞬にセシルは体ごと捻って逃げ出した。



「チッ」



逃げてしまったセシルは耳まで真っ赤で、これ以上、無理矢理に推し進めても

得策ではないとクロードも深追いはしなかった。



しかし、メイドたちが控えている辺りを睨むことは忘れない。

先ほどの咳払いは早急に事を進めるクロードへのメイドたちからの牽制だろう。



『いきなり食べたいは無いです、坊ちゃま』


『初デート開始10分で襲うとか、あり得ない』


『焦ると嫌われますよ、坊ちゃま』



メイドたちの心の声が聞こえてきそうだ。



(まぁ、焦りは禁物だ)



理性の箍が外れそうだったが、クロードも始まったばかりなのだと理解はしているのだ。

この恋も、このデートも。


まずはじっくりと可愛い婚約者を愛でようと逃げ腰になるセシルを宥めるのだった。





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