零れそうな涙
セシルは人込みをかき分けるようにホールを抜けようとしていた。
今にも涙が零れてしまいそうだった。
こんなパーティー会場で、人目がある中で、泣き出すわけにはいかない。
(休憩室に行かないと・・・)
泣き出しそうなセシルの胸の内には、もう、ドキドキするような期待はなかった。
このドレスを身に着けた時、髪飾りを身に着けた時の高揚感と淡い期待。
そう、セシルは期待していたのだ。
いつも意地悪な年上の幼馴染が成人を迎え、着飾ったセシルを認めて
くれるのではないかと。
大胆なデザインに不安も感じていたけど、もう、大人なのだからと自分を
奮い立たせて袖を通した。
会場ではエドワードに豪華絢爛さに怖気づいたように言ったが、実のところ
クロードに会うことに怖気づいていたのだ。
(やっぱり嫌われている・・・)
胸がズキリと痛む。
クロードの不機嫌そうな表情が頭から離れない。
(馬鹿だわ、期待してしまうなんて)
セシルは意地悪だけど、最近は特に嫌味しか言って貰えないけれど、
あの年上の幼馴染に想いを寄せていた。
間近にいた王子様のような男だったのだ、好意を持ってしまうのも
仕方がないことだろう。
それに幼い頃、意地悪はされたが、決してクロードはセシルを置いてけぼりに
することはなかった。
兄のエドワードが散々からかい泣かせて飽きて、庭にセシルを放置しても
クロードは座り込んで泣いているセシルに怒ったように手を差し出すと耳を
真っ赤にして手を繋ぎ、屋敷まで連れ帰ってくれた。
今でも刷り込まれたように、あの不器用な優しさが忘れられない。
やっと辿り着いたドアを使用人に開けてもらい、俯き加減に廊下を歩く。
気を抜くと泣き出してしまいそう情けない顔を誰にも見られたくなかった。
(会場に戻るまでにこの顔をなんとかしとかないと・・・)
心配性の兄が見たら、クロードに怒りをぶつけてしまうかもしれない。
休憩室で一人になり落ち着けば、少しはマシになるはずだ。
あの角を曲がれば、休憩室まであと少し、勢いよく角へと足を踏み入れた
瞬間にセシルの体に衝撃が走った。
「きゃっ」
「おっと!」
衝撃に思わず後ろに倒れこみそうになるが、すかさず二の腕を掴まれ
体勢を立て直した。
掴まれたままの二の腕をそのままに見上げると、でっぷりとした腹を突き出した
赤ら顔の男がいた。
明らかに酒に酔っている様子に掴まれたままの二の腕が気になる。
「前を見ていなくて・・・申し訳ありません」
早く立ち去ろうと頭を下げて、二の腕を引こうと力を入れるが手を放してくれない。
「おや、泣いているのかい?慰めてあげようか?」
男はニヤリと笑うと掴んだままの二の腕を撫で擦った。
ゾワリと鳥肌が立ち、気色の悪さに涙も引っ込んでしまった。
「やだっ、離してください!」
「柔らかくて可愛いね。
私が休憩室で慰めてあげよう」
嫌だと抵抗し、足を踏ん張っても男の力は緩まずに、セシルはズルズルと
引きずられそうになる。
どうすればいいのだろうとパニックを起こしそうになるその時だった。
「彼女は私の連れです。
手を離していただけますか?」
セシルの背後から、男との間に体を割入れ、男の手を掴んだのはクロードだった。
男は突如現れ、邪魔をしたクロードに嚙みつこうとしたが、流石に主催者の顔は
酔っていても分ったのか、スゴスゴとホールへと戻っていった。
セシルはふらつく男の背を見送りながら、一連の出来事に驚き、戸惑っていた。
男が去ってもすぐ傍に立つクロードから発せられる温度にどぎまぎする。
ホールでの一件もあったばかりだ。早く逃げてしまった方が良い。
セシルは助けてくれた礼を言い、立ち去ろうとしたが、クロードの動きの方が
素早かった。
クロードは屈み、セシルを横抱きにして持ち上げるとスタスタと無言で歩き出した。
「きゃあっ、えっ?クロード様!?」
セシルが驚きの声を上げても構わずに歩き続け、とある一室のドアを開けると
そのまま入り込んでしまう。
そこは休憩室として用意された一室なのだろう。
そんな密室にクロードと二人きり、セシルは何を言われるのだろうと怯えてしまうのも
無理のないことだった。