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3章 ルチアーノ邸にて(1)

 馬車に揺られながら、クラウスは組んだ脚の上で丁寧に爪へやすりをかけていた。

 斜め前に座るレオンは帽子で外界の陽光を遮り、穏やかな寝息を立てている。

 けれど道の轍を外れたためか、ひと際大きく馬車が揺れると彼は大きくあくびをしながら目を覚ました。


「なんだ、もう着いたのか?」

「まだだよ。よくもまあ、こんな馬車の中で眠れるね」

「ぐっすり眠ってるてめぇと違って、こっちは寝不足なんだよ。オレ様は勤勉だからな」

「僕だって一睡もしてないよ。僕がそんな神経が太い人間に見えるかい?」


 彼がそう言い放つと、レオンは諦めたように何も答えなかった。

 昨日の審問会は混乱の末に一時閉会となった。

 その混乱の元凶はもちろんクラウス本人であり、審問会は三日後に再び執り行われる事が話し合いの結果決まった。会場を後にする傍聴人や情報屋が興奮した足取りで出て行ったのは無理もなく、クラウスは一躍時の人となった。

 手筈が整うと、アイビスは騎士たちに連れられて会場を後にした。

 彼女とクラウスが言葉を交わす暇はほとんどなく、クラウスは独房ではなく貴族用の個室を用意したと必要な事だけは伝えた。アイビスは借りてきた猫のように聞き分けがよい返事を繰り返し、眼にうっすらと涙を浮かべていた。


「いやー、ずいぶんと大胆なことをしたもんだぜ、侯爵としての地位なんて興味ないとか言ってなかったか。人様の前で権力を振りかざすなんて、いったいどういう心境の変化だ?」

「僕は自分の名前を名乗っただけさ。彼女の力になれればいいと思ってね」

「見ず知らずの女の力になりたいってか?」

「いいや、彼女と僕は面識があったのを思い出したんだ。もうずっと昔にだけど」

「ずっと昔ねぇ……、はっきりと覚えているはずなのに珍しくぼかすじゃねぇか?」


 レオンはじろじろとクラウスの顔を眺めた。噂話への嗅覚が強いのか、それとも勘がいいのか、レオンは的確に彼の隠したい部分に狙いをつけていた。


「身体が弱い頃、僕の父が彼女を連れて来たのさ。そして、短い間だったけど世話になった」

「なるほど、つまりお前にとっては『よく知った女』という事だろう。それこそ殺された旦那の次くらいには詳しいわけだ」

「さあ、好きに捉えればいいさ」


 クラウスはこれ以上話すつもりはない、と素っ気なく返した。


「まあ、いいぜ。別にオレ様だって知りたくもねぇしな。それでだ、てめぇは女を助けるつもりでいるらしいが具体的にはどういうプランだ?」

「その前に一つ確認してもいいかい。君はどうしてここにいるのかな?」

「おいおい、昨日の今日だぜ、ついていくのは当然だろうよ」

「……僕は出かけることも、行き先も伝えてないんだけどね。まあ、それでも君にとっては無関係な人間だし、昨日、一目彼女を見て満足したと思うんだけど、違うのかい?」

「へっ、後半は外れてはねぇよ。だが、てめぇの教師は誰だか忘れるなよ。てめぇが一度決めたら、その行動の速さと女に手を出す速さは一番だと、ちゃんと分かっているんだぜ。だから、てめぇが今日、朝一番で出かけるのは分かってた。行く先は…………どこか、知らねぇがな!」


 その言葉にクラウスは大きなため息をついた。自信満々に宣言したレオンを見ていると、彼は勤勉に生きることが馬鹿らしく思えるような気がした。


「ルチアーノ伯爵の屋敷に向かっているんだ。事件現場を確認しにね」

「いまさら現場検証かよ。騎士どもが散々調べつくした後じゃないのか?」

「そうだろうね。すでに現場は片付けられているだろうし、素人の僕が見つけられるような新しい証拠はないだろうさ。でも、彼女があっさりと自白したことで、時間をかけて綿密な検証が行われたかは……僕は微妙だと思っている」

「ふーん、で、他には何か探しものがあるんだろう?」

「アイビスが伯爵を殺した動機だよ。昨日の審問会でも、そこの辺りを彼女は誤魔化していたからね、何か訳があると思うんだ」

「狂人のような行動は演技だってわけだ、さすが女を見る目は聖王国一ってか」

「確証も根拠もないよ。これは勘というか願望さ。まあ、もう一つ目的はあるんだけど、これは到着してから話そうか」


 レオンは「もったいぶるねぇ」と不敵な笑みを浮かべて見せる。そして、顎に手を当ててクラウスの言った目的について見当をつけようとしていたが、突然、彼の腹の虫が鳴き出した。


「朝飯くらい、まともに食う時間は欲しかったな。コミットは何か作ってくれなかったのか?」

「彼女には言ってなかったから何もないよ。そもそも僕は一人で行くつもりだったし、勝手に事務所へ来た君の落ち度だろう。誘われてもいないんだし、僕が馬車に乗せない事も考えられただろうに。だいたい、屋敷から直接向かったとしたら、今ごろ君はどうしていたんだい?」


 クラウスはこの際だからと、到着するまで小言を言い続けてやろうかという考えが頭をよぎった。けれどもレオンはチッチッと舌打ちをして生意気な顔をしてみせる。


「わかってねぇなぁ、てめぇがそんな事を言うはずないとこっちは分かっているんだよ。何年てめぇと付き合っていると思ってる、友達(ダチ)の考えぐらい分かるに決まってるだろうが」

「……そうなのか」

「けっ、気づくのが遅ぇんだよ」


 レオンは帽子で顔を隠すと、腕を組んで再び座席にもたれかかった。

 それが照れ隠しなのか、話すことに飽きたから眠ろうとしたのか、クラウスには判別つかなかった。ただ、沈黙の中で今度はクラウスの腹の虫が泣くと、朝食だけはもってくるべきだったと、レオンの言葉に同意せざるを得ないと感じた。


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