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050  作者: Nora_
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02

 自惚れでもなんでもなく、あれから近づいて来る子が増えた。

 読書好きで愛子のお世話をすることしか興味がない私にとって、相手をするのは大変だ。

 おまけに総じて皆声が大きい、一斉に喋るものだから聞き取れないこともありすぐに疲労。


「ふぅ……こういう場所は落ち着くわね」


 誰も来ないような裏庭にあるベンチに座って本を読んでいた。

 穏やかな風が自分の髪を揺らし、紙を揺らし、本から顔を上げて空を見上げる。

 なんとも言えない曖昧な空だ、でも、雨が降りそうでもない感じ。


「いたー!」


 姉の大声にびくりとしたのは内緒ということにしておいてほしい。


「もうっ、教室を出るならちゃんと言ってからにしてよっ」

「ごめんなさい……」


 せっかく近づいて来てくれているのだから文句を言うのは違うということで言い訳はしなかった。

 

「別に謝らなくていいけどさ。隣、いい?」

「ええ」


 ああ、大袈裟でもなんでもなく姉とふたりきりは心地良くて落ち着く。

 正直、会話だってなくたってよかった。

 私はただ、この元気いっぱいな姉といられればそれで。


「みんなが来てくれるの落ち着かないの?」

「そうね、私は人に好かれるタイプではないから」


 真面目にやっていても敵ができることを知った。

 でも、正しいことをしているつもりだったから特に止めようとも思わなかった。

 周りに気に入られるために悪いこともするなんてどうかしている。


「それは愛葉が余計なことまで言っちゃうからじゃない?」

「別にいいわよこのことは。それよりあなたはなんで来たの?」

「なんでって、あの教室に行く理由は愛葉がいるからだしね」


 変なルールさえなければ同じ教室で学べたのに。

 確かに私と愛子だったら常に一緒にいてしまうかもしれないけれど、だからって完全に身内とだけしかいないというわけではない。


「愛子が来てくれて嬉しいわ」

「またまた、嘘でしょそれは」

「本心からよ」


 いつか大切な人ができて私の元から去るまで、私はそれまでずっと愛子といたいと考えていた。

 他人思いの彼女だからそれでも来てくれはするだろうけど、こういうタイプこそ特別を見つけるとのめり込んだりするというもの。

 止めることはできないから、いまの内にできることをしておくつもりでいる。


「本当にそう思ってくれてる?」

「ええ」

「私のこと嫌いじゃない?」

「当たり前じゃない、寧ろ大好きよ」


 そうでもなければ――いや、仮に嫌いであったとしても両親に頼まれたことはしっかりするつもりだ。

 ただ、嫌いではないのだからそんなの考えても仕方がない。

 それに、両親に頼まれたからと家事を頑張っているわけではない、全ては愛子が元気でいられるために己の意思でしているというわけだった。


「……寄りかかってもいい?」

「どうぞ」


 それこそ本を読むことなんていつでもできる。

 彼女がしたいことをとしてほしいと思う、これぐらいで満足できるのならいくらでも。


「愛葉が妹で良かった」

「そう? 家事以外には特になにもできていないけれど」

「……だけでいい」

「え?」

「なんでもない! そろそろ戻ろっ」

「ええ、そうね」


 一秒ずつ確実に前に進んでいる。

 つまりそれは終わりも近づいてきているのだということだ。


「また後で!」

「ええ」


 こう言ってくれることもなくなる日が必ずくる。

 私が一緒にいることを求めても「家で会えるからいいじゃん」とか言われて……。


「あ、愛葉さんっ」

「ん?」

「早く席に座らないと怒られてしまいますよ」

「そうね、ありがとう」


 ああ、愛子といたい。

 こうして少しでも別れるのが嫌だ。

 早く、早く授業が終わってほしい。

 そんな時、きゃーという甲高い声にハッとなった。

 前方を見てみると、どうやらまたあの若い先生の授業になったらしい。

 また体調が悪いということならしっかり治してもらいたいと思う。

 あの人の授業は好きだ、丁寧でわかりやすいから。

 ただ、この人は……。


「先生! どんな感じの子が好きなのー?」

「え? ああ……えっと、授業、始めてもいいですか?」

「はーい!」


 いるだけで周囲を盛り上げることができるのはすごい。

 だからといって、毎回こうなってしまうのは興味がない人間からすれば迷惑な話だ。

 サングラスとかで魅力を隠す? 髪型を変える? そもそも体型を変える?

 太ればさすがに周りもきゃーきゃー言うことはなくなるだろう。


「に、日田さーん、そんな外を見られていると僕……残念だなあ」

「先生」

「な、なんですか?」

「太った方がいいと思います。そうすれば来るだけで甲高い声を上げられずに済みますよね」

「え、えぇ……」


 やたらと力ない感じで先生は戻っていった。

 あ、また余計なことを言ってしまったかと思って周囲を見てみたらこの前のあの子が見ている……。

 また絡まれるのか私……愛子の言う通りだな、余計なことを言ってしまうところは直したい。

 と言うより、思っているところをそのまま吐いてしまうのが問題なところだろうか。


「ちょっと日田さん!」

「ごめんなさい……あの先生が来る度に大きな声を出されるのは少しね……」


 この子、私に文句を言ってくるのにさん付けで面白い。


「太ってもどうせ駄目でしょ」

「え、でも太れば魅力だって……」

「太っていても人気な人だっているでしょ!」


 い、いや、あの人のことはどうでもいい。

 別にファンというわけではないし、私には愛子がいれば十分。


「大体ねっ、日田さんは――」

「や、やめましょうよ! 言い争いはだめですよ!」


 驚いた、この子が止めに入ってきてくれるなんて。


「は? なにあんた」

「大日南橘花ですっ」

「じゃなくて、なにしに来たの?」

「えっ、だ、だって……いま喧嘩をしようとしていましたよね?」

「はぁ……してないけど。私はその……あれよ、日田さんに窓の外を見つめて時間をつぶすのやめなさいと言おうとしただけ」


 好きなんだ、窓の向こうの静かな感じが。

 でも、教室内の雰囲気も別に嫌いじゃない。

 時間をつぶしているわけではなくて、即効性があるから見つめているだけ。


「あと、つまらなそうにすんなよ」

「そういうつもりはないのだけれど……」

「もっとさ、自分からみんなと関わってみればいいんじゃない?」

「そう言われても……私は愛子以外と全然話したことがないから」


 愛子のために動けなくなったらそこで終了。

 存在価値のない人間は捨てられていくだけ、だからそうならないために努力をしている。

 

「はぁ……あんたさ、まともに他の子と出かけたこともないんじゃないの?」

「ないわねっ」

「ドヤ顔すんなっ」


 他の子と遊びに行くくらいなら家事をする。

 求められれば甘やかすし、肩を揉んだりマッサージもする。

 私にとって愛子はご主人様みたいなものだ、そちらを優先しないことは有りえない。


「よし、あんたと私と大日南で遊びに行く、これは決定だから」

「ど、どこに行くんですか?」

「は? 遊びに行くって言ったらゲームセンターとかカラオケでしょ」

「えっ、わ、私、歌うのは恥ずかしくて無理です……」


 こちらはそもそも利用したこともなかった。

 大日南さんと同じで歌声を聞かれるのは恥ずかしいため、言ってくれて助かった。


「じゃあゲームセンター」

「あまり無駄遣いはしたくない――」

「はい決定、今日だからね。あ、まあ……どうしてもと言うなら愛子も連れてきてもいいよ」

「は? なに呼び捨てにしているのよ?」


 許せない、許せない!

 いつの間にそんなに仲良くなっていたのだろうか。

 昨日の敵は今日の友ということなのか? 愛子なら簡単に受け入れてしまいそうだが。


「しょ、しょうがないでしょっ、あの子だって日田なんだから」

「せめてさん付けしなさいよ、また叩かれたいの?」

「な、なんだよ……愛子……さんの話をした瞬間に怖くなってさ」

「いい? 私の前で愛子のことを馬鹿にしたりしない方がいいわ、わかった?」

「わ、わかったから……その顔やめて」

「ええ、守ってくれる限りは大丈夫よ」


 愛子を誘うに決まっている。

 そうしないとあの子が勝手に家事をしたりしてしまうから。

 私にできる唯一の仕事を取らないでほしかった。 

 その次の休み時間にやって来た愛子に事情を説明して一緒に行くことに。


「さて、行こうか」


 ただ遊びに行くというだけでこの異様な雰囲気はなんだろうか。

 あれ、でも愛子のことを大日南さんに任せて私は家事をした方がいいのでは?


「大日南さん」

「あ、橘花でいいですよ」

「橘花、愛子のことよろしくね」


 あの子がまだいい子なのかがわかっていない。

 故に、頼めるのは常識人である橘花だけだ。


「え?」

「私は家事をしなければ――」

「駄目に決まってるでしょ、なに帰ろうとしてんの」

「うっ……ひ、引っ張らないで」


 昔からよく言われた、空気が読めないって。

 どうしてそこまで盛り上がれるのかわからなくて、一緒に行動しても端にいるしかなくて。

 盛り上がっている時にそういう人間がいたら気になるだろうからってそれから断り続けてきたら、誘われることもなくなってしまった形になる。

 いまからでも遅くないと他人を不快にさせる前に帰ろうとしたのだけど、あの子と愛子に両腕を掴まれて帰ることは叶わなかった。


「着いたよ」

「ゲームセンターに来たのは久しぶりです」

「そうなの? 私は結構な頻度で利用するけど」


 ゲームセンターってタバコの臭いとか騒がしいとか悪いイメージしかない。

 こんな場所に誘うということは本気で嫌いなんだろう、それならせめて静かに端にいようと決める。


「(う、うるさい……)」


 中に入った瞬間に帰りたくなった。

 それでもまだ掴まれたままだから逃げられないと。


「あんたさ、どれだけ家事が好きなの?」

「えっ?」


 音が大きすぎて日常レベルの声量では聞こえない。


「愛葉! 私は橘花ちゃんとしてくるねー!」

「っ!? み、耳元で大声出しすぎよ!」

「あっ、ごめん! 行ってきます!」


 はぁ……確実に聴覚にダメージ負ったと思う。

 なんか愛子のことだから意図的にこの子とだけ残していそうだ。

 それとも実はあんまりふたりきりでいたくないとか? 橘花といられる方が安心できるのは確かだし。


「まだ離さないの?」

「そうしないとあんた逃げるでしょ」

「逃げないわよ、愛子だっているんだし」


 少しだけ静かなところまでやって来た。

 彼女は近くの機械に100円を投入し、ゲームを始めていく。

 移動すると怒られそうだから近くの椅子に座ってそれを眺めることに。

 どうやら音楽ゲームのようだ。

 それを彼女は冷静に堅実にやっていく。

 初めて見たけど、それでも上手いと思えるようなプレイだった。


「ふぅ……」

「お疲れ様」

「あんたもやる?」

「いえ、私は見ているだけでいいわ」


 プレイするのではなくこちらの横に座る彼女。


「あんたさ、ワガママとか言ったこととかってあるの?」

「それはあるわよ、私も人間なんだから」

「どんなこと?」

「愛子のためにできることをやらせてほしいと」


 理解してもらえなくてもいい。

 元々、そういうことを求めているわけではないから。

 なにもしていなくても私のことが大嫌いなこの子からしたらおかしいことなのだろうけれど。


「愛葉」

「なに?」

「……あんた私の名前知らないでしょ? 同じ教室の仲間にだって興味なさそうにしているもんね」

「違うわよ。私は昔から空気が読めないとか、協調性がないとか言われていたのよ。だから、なるべく迷惑をかけないようにと行動している感じかしら」

「嘘でしょどうせ、愛葉は愛子……さんがいればいいと思っているだけでしょ」


 間違っていない、彼女の言う通りだ。

 だからこそ嫌われないように愛子のためを考えて動いている。

 拗ねられることは結構あるものの、喜んでくれることも多いため間違ってはいないのだと考えていた。


「いつもどんなこと考えながらあの教室にいんの?」

「そうね……今日のご飯はなにを作ろうとか、なにか足りない物がなかったかとか、あそこの掃除をしようとか、普通の人間らしいことね」

「あんた女子高校生でしょ? それじゃ主婦みたいじゃん」

「しょうがないじゃない、私と愛子だけで暮らしているのだから。誰かがやらなければならないのよ」


 そして絶対に愛子にはやらせない。

 明るく元気で可愛い彼女は私よりなんでも上手くできてしまうからだ。

 そうしたらこちらなんて不必要な存在になってしまう。

 愛子と離れるのは嫌だから絶対にそういう流れにだけはしてはならない。


「あなたは? いつも楽しそうでいいわね」

「馬鹿にしてんでしょ?」

「授業中だけは静かにしてくれれば別にいいわ」


 常識レベルでいてくれるのなら休み時間などに騒いでいても止める権利はない。

 なにより、見ているのは嫌いではないから誤解してほしくない。


「ね、友達になってよ」

「どうしたの? 大嫌いなんじゃなかったの?」

「そうだけど、みんなが楽しく過ごせる教室の方がいいでしょ?」

「そうね、私はいいわよ。ただし、愛子のことを――」

「わかっているから。よろしくね、愛葉」

「ええ、よろしく」


 こんなことになるとは思わなかった。

 私は溝だけが深まっていくのだと考えていたのに、どういうことだろう。


「水空はどうして私のところに来たの?」

「は……? な、なんで知ってんの?」

「クラスメイトだもの」


 実は昨日帰った後に調べたのだ。

 それで電話をかけて謝ろうとしたのだけど、愛子に止められたためしなかったことになる。


「別に、ひとりでいるあんたが気になっただけ」

「そうなの? ふふ、優しいのね」

「当たり前じゃん、昔は委員長だってやってたんだから」

「だったら他人の悪口を思っていても言うのはやめなさい」

「……わかってるよ、悪かった」

「いいわ、愛子さえ馬鹿にしなければ大丈夫」


 こうして初めてのお出かけはそれなりの雰囲気で終わった。

 愛子以外のために行動するのも、まあ1年に1度ぐらいはいいかなと思ったのだった。  

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