01
「愛子、早く起きなさい」
「んん……あと5分……」
「はぁ……」
先程からずっとこの調子だった。
放っておくことも一応可能だが、後で面倒くさくなるだろうからなるべく避けたいところ。
「あなただけ肉じゃがの具材、しらたきと玉ねぎだけにするわよ」
「それじゃあ……肉じゃが……じゃない」
「早く起きなさいっ」
「あびゃあ!?」
最初から物理に頼っておけば良かったか。
「まったく……もう少しまともな起こし方はできないの?」
「何度も起こしてあげていたじゃない」
私たちは何度あとこの道を歩かなければならないのか。
ただ、ひとりではなんとなく寂しくなる登校中もこうして誰かが横にいてくれると違うものだ。
「起きないからって床に落とすとか……うぅ、痛い……」
「ふふ、自業自得よ」
「同じクラスの子に嫌われても知らないからっ」
「はいはい」
「むきー! バカにしてー!」
うるさい姉は放っておいて学校へ。
とはいえ、双子のため学年が違うとかそういうのはない。
「あ、日田姉妹だ」
「おはよ」
「うん、おっはよー!」
同級生は元気でいい、その中には姉も含まれていた。
どうして愛子の妹なのかはずっと引っかかってきたことだが。
「愛葉、今度からはあんな乱暴な起こし方はやめてよね」
「だったらさっさと起きなさいよ」
「夜ふかししたから眠たいんだよー」
席に座って読書を始める。
騒がしいのは苦手なものの、教室にいるのは嫌いではなかった。
なによりあの面倒くさい姉の相手を積極的に誰かがしてくれるのが大きい。
いまこのときだけは趣味の読書に集中できるわけだ、だったら多少の騒がしさなど我慢しよう。
「愛葉ー」
「はぁ……なに?」
が、結局すぐに姉による急襲が。
「えっとさ……あー……」
「なによ?」
しかもかなり言いにくい様子。
こういう場合は面倒くさいことしか頼んでこないから、かなり嫌な予感がした。
「……今日も起こしてくれてありがと。ごはんとかも作ってくれてさ」
「いきなりどうしたのよ……別にいいわよ、お礼を言ってもらいたくてしているわけではないもの」
そう、いきなりお礼を言われても素直に喜べない。
だってこの急な変わりようが怖いのだ、そのかわりなにかされそうな感じで。
「ほら、友達のところに行ってきなさい」
「愛葉は?」
「一昨日買ったこの本を読みたいのよ」
「ちぇ、いつも本ばっかりなんだから」
本を読むことは癒やしとすら思える。
知識だって得られるし、かなりコスパのいい趣味だと捉えていた。
ただひとつ問題もあって、
「日田、なにそわそわしているんだ?」
「あ、すみません」
本の続きが授業中でも読みたくなってしまうこと、これだろう。
あとはあれだ、双子ということもあって教室を分けられているのも大きい。
あの子が私のいない間になにかをしでかすんじゃないかって気になってしまう。
「日田さんは愛子ちゃんといられないとだめだよね~」
「は?」
授業が終わったら急に訳のわからないことを言われて驚いた。
私にそう言った子は「ひぃ!? そ、そんな怖い顔をしなくてもいいのに……」と弱気に。
愛子が私といられなくて駄目なんでしょう? なんで逆みたいになっているの。
「愛葉ー!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわ」
「あ、ほらっ、愛子ちゃんが来るといつも微笑を浮かべるじゃん!」
「それはそうよ。問題児が側にいないより、側にいてくれる方が扱いやすいもの」
他のところでやらかされて後から巻き込まれるのが嫌なんだ、それならば最初から巻き込まれていた方がいい。
「なにおー!」
「「「はい出た、ツンデレ妹」」」
面倒くさいので無視することを決めて読書再開。
が、すぐに取り上げられて盗んだ主を睨みつける。
「読書はいつだってできる!」
「あなたの相手だっていつでもできるでしょ」
「私が誰か特別な相手を見つけたりしたらどうするの!」
「その場合は応援してあげるわよ。美味しいご飯だって作ってあげるわ」
「愛葉のばかー!」
「本を返しなさい」
優しく取り返して再開。
今度は愛子も邪魔してくることなくもたれかかってきた。
「ねー」
「なに?」
「好きな人ってできるのかな?」
「できるわよ、あなたが元気に生活していればね」
多少うるさいが悪いところばかりではないから刺さる人もいるはずだ。
いつもにこにことしている子が側にいたら楽しいでしょうという話。
それにそういう相手ができれば全面的に引き受けてもらえるわけだからありがたい。
「愛子」
「なーに?」
「いつも頼ってくれてありがとう」
「「「ツンデレや……」」」
感謝を伝えただけで変な反応はやめてほしかった。
こういうノリが世間では一般的なのかもしれないが、あくまで他の子たちとだけにしてほしい。
「ほら、教室に戻りなさい」
「うん、帰りはちゃんと待っててね」
「ええ」
どうせ読みたい本があるんだから大丈夫――と、そう考えていた自分が馬鹿だった。
「全然来ないじゃないっ」
本も読み終えてもう帰るだけだというのに、姉が全く訪れる気配がない。
なぜだか嫌な予感がして1階へ下りてみると、そこには既に姉の靴はなかった。
なんだそれと呆れつつも外へ、学校を出ているのなら待つ意味はない。
「愛葉ー!」
「あなたなにやっているのよ……」
意外にも校門のところで遭遇。
「あ、ごめんねっ。ここまで出てきて約束したことを思い出してさ、待ってたの」
自分から言ったのに忘れるってどうやればできるんだろう。
そこまで残念な脳というわけでもないから、私的にそれは裏技レベルだった。
「スマホで連絡ぐらいしなさいよ」
「ごめんってば、帰りにお菓子買ってあげるから許して」
「いいわよ、太るし」
姉と一緒にいるとこんなことは日常茶飯事。
いちいち怒ったりするだけ無駄だから、基本的には自由にさせておく。
母と父から愛子のことを頼むと言われているからきちんと見ることはするが。
「ふんふーんっ」
でも……姉は私といて楽しいのだろうか。
無理させていない? 私といることで元気を奪っていない?
……そんな不安ばかりが駆け巡る、私の方が本当は支えられている。
「愛葉ー」
「なに?」
「今日のごはんってなんだっけ?」
そう、だから家事とかは全て私がやるのだ。
少なくともご飯を作ることで姉は楽しそうに食べてくれるから。
あの時だけは元気でいてくれているのだとよくわかるから。
「肉じゃがよ、あなたはしらたきと玉ねぎだけだけれど」
「えー……じゃあ愛葉も同じね」
「肉じゃがじゃなくなるじゃない」
「それはこっちのセリフだよ!」
別に自分の分はどうでもいい。
重要なのは姉の分、こちらは本気でしっかり栄養が摂れるものを用意する。
「たっだいまー!」
「ただいま」
ふたり暮らしだから意味のないことだ。
けれど姉との約束でしっかり言うようにしている。
なんでも、家にだって感謝しなければならない、挨拶をしなければ可哀相だということらしい。
「手を洗ってお菓子ー!」
私はその間に夕食作りを。
「はい、あーん」
「あむ――うん、普通に美味しいわ」
「当たり前だよっ、CMでやっているのなんだから」
昔、CMで何度も見たからかなりの期待度を持ってお菓子を買ったことがあるが、子どもの舌には全然合わなくて全部あげる羽目になったことを思い出した。
それは単なる熱量やお金の差だ、万人受けするとは限らない。
「お手伝いしなくていいの?」
「大丈夫よ、向こうで食べていなさい。もちろん、程々にね」
「……うん、わかった」
手伝いなんてしなくていい。
姉が思っている以上に姉がいてくれることに感謝しているのだから。
「さて、始めましょうか」
妹が頼ってくれないことについて。
基本的になにかしようとしても「あなたはいいわよ」で終わってしまう。
私は姉だ、教室では「愛葉ちゃんがいないとだめだよね」と言われてしまうのでなんとかしたい。
「運ぶよっ」
「座っていなさい」
「あぅ……」
なぜここまで頑なにやらせてくれないのか。
実家では寧ろ私の方が家事をしていたというのに、どうしてこうなった。
「食べましょうか」
「え、愛葉はそれだけ?」
「ええ」
あと凄く遠慮する、私にばかりたくさんおかずを分けて自分のは少なめに。
……普段私が迷惑ばかりかけているからこれも一種の不満の出し方なのかな。
「美味しい?」
「うん、私好みの味付け」
「そうよ、あなたのために作っているんだもの」
家では私を優先するから学校ではせめてということなのだろうか。
なのに私は自分勝手に読書の邪魔をしたりしてしまって……申し訳ない。
「ごめんねぇ……」
「は? はぁ、余計なこと気にしないで食べなさい」
「うん……」
そうだ! せめて洗い物ぐらいは自分でやればいいのでは!?
そう思いついてもゆっくり味わって食べて、ガバっと立ち上がる。
「洗い物!」
「してくるわね、持っていくわ」
ああ!? 運ぶぐらい私がするのにっ。
なんだろうこのこだわりようは、そんなに頼りないのかな……。
「ね、ねえ、私のこと姉だと思ってくれてる?」
「思っているわよ」
「じゃあなんで……頼ってくれないの」
「こんなこと私だけで十分よ。あなたは元気に生活してくれていればいいの。ほら、お風呂に入ってきなさい」
「うん……行ってくる」
なんでもかんでもしてくれるのはありがたいけど、なんにも手伝わせてくれないのは苦しい。
「はぁ……」
「入るわよ」
「どうぞどうぞ」
いまはただ、私が行くと笑ってくれることだけが救いか。
私が友達と一緒にいるときなどに見てみると限りなく冷たい顔で本を読んでいるタイプだから、嫌われているわけではないことがわかる。
「見すぎよ」
「あ、ごめん」
逆に考えれば私にだけ見せてくれているということだから、寧ろ好きでいてくれたりして。
あ、だけど愛葉にとって特別な人が現れたら私だけにではなくなってしまうと。
「どいて」
体をずらすと狭い湯船に妹も入ってくる。
「ねえ……」
「なに甘えた声出しているのよ」
「どこにも行かないで……」
「あなたが求めてくれる限り私は側にいるわよ。けれど、あなたに特別な人ができたら私の役目も終わりだけれどね」
「そ、そんな日はこないから!」
だって楽しく生活できるだけ十分だもん。
それに意外と人と話すのは緊張したりするのが自分だった。
無理やり大きな声を出したりするのはそれを隠すため。
愛葉にも言っていないけど、どうだろうか。
うるさいけど元気だな、こういう考え方をしてくれているのなら安心できるけど。
「愛子」
「うん」
「ちょっと寄りかかってもいい?」
「え、いいよっ、はい!」
「ええ、ありがとう」
頼ってもらえるって嬉しい。
愛葉が普段どういう考えでここまでしてくれているのかはわからない。
でもそこに少しでも私が喜んでくれるからとかって感情があるのなら。
それは私も同じだ、愛葉のためになんでもしてあげたいって思っている。
残念ながらそれは本人のせいでできてないけど、こういう機会を無駄にはできない。
「……あなたが頼りないからとかではないのよ」
「それなら良かった」
「ええ。でも、あなたにしてもらうまでもないことだから自分でやるのよ」
うーん、寧ろ愛葉にしてもらうまでもないことが多すぎるけど。
「あとね……私はあなたに……」
「え? あれ、ちょっと? あ、寝ちゃってる……」
風邪を引いてしまうから早く出してあげないと。
「って、重いぃ……」
「……失礼ね、自分で出るわよ」
「ごめん……」
「そんな真面目な顔で謝られると気になるじゃない」
だけどそれは仕方がないことだと思う。
私よりも10センチぐらい背が大きいからだ。
余分な脂肪がないのに運び辛いのはそういうこと。
「あ、余分な脂肪発見」
「触らないで」
「なんで姉より大きいんだよー」
「知らないわよ……ほら、早く拭きなさい」
そう言いながらも拭いてくれる妹様。
まさか拭くことも運ぶこともできないと思われている?
「愛葉の拭いてあげる!」
「いいわ、早く服を着なさい」
「もう!」
知らないんだからっ、なにか頼んできてもちょっとしか聞いてあげないんだから!
「美味しそうね、ちょっと欲しいわ」
「え、じゃあ冷蔵庫から――ちょっ」
ま、まさかそのまま舐めるとは。
いや別に姉妹だし間接キスとか普通にしたことがあるけど、まさか愛葉が意図的にするとはね。
「美味しいわね――ん? どうしたのよ、そんな変な顔をして」
「なんでもないっ」
「そう、私はもう部屋に行くわね」
「って、同じ部屋じゃん」
「ふふ、早く来るのよ? おやすみなさい」
さて、どうしたものか。
このまますぐに寝てもいいんだけど、愛葉が寝たときにしかできないことがたくさんある。
例えば掃除! 明日のお米のセット――はしてあるか。
あとはそう、とにかく掃除だ!
「……綺麗じゃないか、人差し指で擦っても汚れすらつかない……。
むぅ、もっと頼ってもらいたいのに! なんでこうなんだー!
今日も賑やかな1日だった。
クラスメイトはいつだってなにかにはしゃいでいる。
それは私にとっては意外にも羨ましいことでもあった。
浮かれた自分を許容してくれる存在がいてくれるというのは大きいだろう。
「……に、日田さん」
「なにかしら」
「あの……お友達になってください!」
意外だ、愛子の~ではないのか。
こういうことは滅多にない。
大抵は「愛子ちゃんと友達になりたい」とかで私の方に近づいて来るため、困惑していた。
「愛葉ー!」
こういう時にどうしたらいいかを愛子に聞く。
「そんなのお友達になってあげればいいじゃん」
放課後とかは色々あって忙しいことを伝えたが「私が半分やるから大丈夫だよ!」と言われてしまった。
愛子に家事を任せる? そんなの私が自分で許せない。
「ごめんなさい」
「そ……うですか」
というわけで答えはこれ。
私が家事をやることで愛子が楽できるのなら他を我慢してでもやると決めている。
他がそれよりも優先されることはない、誇りすら抱いているぐらいだ。
「愛葉のばか! お友達にぐらいなってあげなよ!」
「放課後はそこそこ忙しいのよ。付き合ってあげられないことだってあるだろうし、それなら最初から断っておいた方があの子のためじゃない」
「お友達にならないなら家事とかやらせない! 橘花ちゃんっ、愛葉とお友達になりたいでしょー!?」
……家事をやらない私なんて無価値。
だったら大人しく友達になっておいた方がいいだろう。
別にあの子と友達になりたくないというわけではないのだから。
「い、いいんですか?」
「え、ええ……あなたさえ良ければ。でもっ、あくまで私は家事を優先――」
「はさせないから大丈夫だよ! 愛葉と仲良くしてあげてね!」
「は、はいっ、ありがとうございます!」
ああ……期待に応えられなくて悪口ルートは嫌だ……。
「あなたねえ……なんでそこまで私の邪魔をするのよ」
「違うよっ、私は愛葉のために動きたいだけなんだよ!」
「家事とかは全部任せておけばいいのよ」
「やだ! 私の方がお姉ちゃんなんだから頼ってよ!」
「なんでよ……あなたは楽になるんだからいいじゃない」
別に大変だと思うことはないし、寧ろ生きがいとすら思うぐらいだ。
だから無理して手伝おうとする愛子の気持ちがよくわからなかった。
私が明らかに疲弊していたりして頼ったりした場合には動いてほしいとは考えているけど、いまは全然元気だから気にする必要はない。
「そういうのじゃないんだよ……もう、なんでわかってくれないのっ」
「そ、そんな涙目になってまで言うことではないでしょう?」
「……今日から絶対にやるからっ、まあ後でねっ」
はぁ、聞いてくれないのは愛子も同じだ。
それすらできなくなったら両親に申し訳ないうえに、愛子から必要とされなくなる。
そうしたら楽しそうな愛子を見られなくなるから私の学校生活は限りなくつまらないものになってしまうわけで、そこをきちんとわかってほしかった。
いてくれるだけでどれだけこちらが助かっているかなんて考えたこともないんだろう。
授業が始まって、珍しく教室内が静かになった。
なぜだろうかと考えていたらよく知らないけれど格好いいと言える男の人が登場。
どうやら今日は教科担任の先生が風邪で休みらしく、その人の代わりに授業をしに来たようだった。
静かだった教室内から黄色い声が漏れ始める。
見た目や声が格好いいとか、手足が長いだとか、いい匂いがするだとか。
それでどうしてそこまでハイテンションになれるのかわからない私は窓の外を見て時間をつぶす。
「日田さん、僕の授業は退屈ですか?」
「あ、すみません。賑やかなのに慣れていなくて。それに、全く授業始まってなかったですよね?」
「……すみません、いつもこうなってしまうんです」
「はあ、それではそうならないように気をつけてください」
男なんか興味がない、大事なのは愛子のお世話をすることそれだけだ。
さすがに学生から指摘されたことでしっかりしなければならないと考え直したんだろう、盛り上がるクラスメイトを優しく注意してから授業を始めた。
数分してわかったことだけど、いつもの先生の方が喋り方がゆっくりで把握しやすい。
この先生は不慣れなのか字をよくミスしたり噛んだりして、前に進まない。
クラスメイト的にはそれすら評価上昇に繋がったようだけれど、きちんとしてほしいものだ。
「ちょっと日田さん! さっきの言い方は良くないんじゃない!」
終わった瞬間に来た、その瞬発力は素直に凄いと思える。
「そもそも授業中はキャーキャーはしゃぐ時間ではないでしょう?」
そう、昔から私はこういう人たちに絡まれる運命。
でも、愛子のことを文句言わないのであれば私は許そう。
だが、仮に愛子のことを言っていたとしたら、その時は全力で潰すつもりだった。
「……そんなのだから姉しか関わる人がいないんだよ」
「私はそれで十分だけれど」
「姉妹揃って問題――」
まさか目の前でそんなこと言うなんてね。
「そんな顔してどうしたの? あら、もしかしてやられる覚悟もなくてそんなこと言っていたの?」
「……あんたなんて大嫌い! いつも澄ましちゃってさあ!」
「そうなのね」
「ふんっ」
いつも本を読んでいる人間を嫌いって、どれだけ見ていたんだろう。
それって逆に好きなのではないだろうか、興味がなければいちいちそんなこと言わないだろうし。
「やっほー……ぉお? どうしたの? なんか雰囲気おかしくない?」
「気にしなくていいわよ。それよりあなた、毎時間来るけど友達はいるの?」
「いるよ! ただその……愛葉がひとりで寂しいかなって思ってさ」
「ふふ、優しいのね」
「や、やめてよっ、その顔は……」
……愛子のことをヒソヒソ声で馬鹿にしているやつがいる。
ただ、さすがに姉の前で断罪することはできそうになかった。
そんなことをすれば必ず止めてくるし、向こうの味方をしようとするから。
「そういえば橘花ちゃんは?」
「さあ」
「さあって……同じクラスなのに」
そもそもどこに座っているのかすら把握していない。
何度も言うけど、私にとって愛子以外のことはどうでもいいのだ。
「愛葉、無理してない?」
「あなたこそ大丈夫なの?」
「へ……?」
「あなた、本当は初対面の人と話したりするのは苦手じゃない。なのにさっきはよく話せたわね」
声が大きいのもわざとなんだろう。
そういう勢いを利用しないと弱い人間だってバレてしまうから。
私も似たようなものだ、家事ができなくなったら無価値になる。
もう家政婦みたいな扱いをしてくれれば良かった、それが私の仕事なんだ。
「そ、そそ、そんなことは……」
「無理しなくていいのよ」
「……ばか、そういうところだから」
こういうところが嫌われる理由なのか。
つまり、気づいていても気づかないフリをするのが人付き合いを上手くいかせるコツと。
「あーうるさいなー!」
先程の子がまだ懲りていないようだ。
「あ、ごめんね、騒いじゃって」
「いつもうるさいよね、特にあんた」
「……声が大きいとはよく言われるよ。ごめん……」
確かに声が大きいのは迷惑だと感じる子もいるかもしれない。
でも、
「……お前らだってそうだろうが」
「え……ちょ、愛葉……?」
「自分たちのことを棚に上げて文句言ってんじゃないわよ!」
完璧な人間なんていない。
私は愛子に肩入れしすぎているだけなのかもしれないけれど、謝りもしないで騒がしくする人間よりかはずっとずっと、愛子の方がいいと思う。
「……私はいま姉の方に話しかけてるんだけど?」
「だから? 私はあなたに話しかけているわよ?」
「あんたもしかしてシスコンなの? こいつのことが大好きだとか? もしそうなら気持ち――」
「好きよ、愛子のことは大好きよ。だからなんでもしてあげたいと思う。もちろん、悪いことをしているならきちんと注意するわ。なんでも擁護すればいいというわけではないから。確かに声が大きい時は結構あるわよね、そこはあなたの言うように悪いことだと思うわ。けれど、あなたたちだって同じじゃない。教師に注意されても喋るのやめないし、声はでかいし、他人の席に平気で座って占領したりするし、1番の問題は謝れないことよね。それでどう? 私、なにか間違ったこと言っていたかしら?」
正論かどうかはともかく、他人に気持ちをぶつけるってなんだか気持ちがいい。
「……話し合いより先に手が出るやつに言われたくないけど」
「え、そ、それって……愛葉があなたを叩いたってこと?」
「そうだよ、いまさっきパチンとね」
なるほど、この子はやり方が上手い。
愛子が来てから言うことで効力は何倍にも跳ね上がる。
そういうことが嫌いな愛子にとっては、信じられないといった状態だろう。
「……ま、もう少し静かにしてよ」
「う、うん……ごめんね」
「別に……こっちこそごめん」
謝れるのかと驚いていたら手をぺちっと叩かれた。
「……だめだから、叩いたりとかしたら」
「許せなかったのよ、あなたを馬鹿にするあの子が」
私は愛子さえいてくれれば学校でひとりでも構わない。
周りが敵ばかりでも、家で話せて、この子のために動ければ回復する。
「……私が悪かったんだからさ」
「だからって悪口を言っていいの?」
「だからって暴力を振るっていいの?」
「いえ……あなたの言う通りだわ、良くないことだもの」
「うん……私のためを思って動いてくれたのはありがたいけど、謝ろ?」
決して愛子に諭されたからではない。
一応それなりに悪いとは思っていたから、あの子のところに行ってしっかり頭を下げた。
「ごめんなさい、先程は叩いてしまって」
「別に……」
「その……できる限り平和にやっていけたらと考えているのだけれど……」
「わかったって……私も悪かった……ごめん」
「あ、いえ……えっと、も、戻るわね」
「うん……」
ああっ、凄く恥ずかしい!
こんなスラスラ言葉が出ない自分なんてらしくないしっ。
「「「好きよ、愛子のことは大好きよ」」」
「……もしかしてそれ、私の真似のつもり?」
こくこくと頷くクラスメイト3人。
「ふふ、面白いことをするのねー」
「「「ひぃ!? す、すみませんでした……」」」
「いいのよ? 愛子のことを好きなのは変わらないもの」
必要なら神様の前でだって悪魔の前でだって言ってあげよう。
私から愛子を取ろうとする人間がいたら許さない、悲しませる人間もそうだ。
「い、いつも目つきだけで人を斬り殺せそうな愛葉が笑みを浮かべている、だと?」
「こ、殺されるわ!?」
「に、逃げろー!」
「まったく……笑みを浮かべたくらいで大袈裟なんだから」
大切な人の話をする時は大体こんな感じではないだろうか。
もちろん、どんな種類の笑顔だったかは見えないのだからわからないけれど。
「愛子――って、いないじゃない……」
はぁ、嫌われてしまったのだろうか。
もしそうなら少し――いや、かなり傷つくわけで……。
「あの」
「ん? ああ……えっと」
「大日南橘花です」
なるほど、大日南さんと。
「あの、愛葉さんと呼ばせてもらってもいいですか?」
「ええ、呼びたい人は呼んでいるもの、気にしなくていいわ」
それにしてもこの子、同級生に敬語を使うぐらいなのによく話しかけてきたものね。
私なんか周りの子になに考えているのかわからないって敬遠されることが多いのに。
自分の方から友達になってくれと言ってこられたくらいだし、本当は強いのかもね。
「先程はなにかあったんですか?」
「少しね。あなたは休み時間にどこかに行っているの?」
「はい。みなさん悪い方ではないということはわかっているんですが……その、賑やかな場所はあまり得意ではなくて。話しかけてもらっても上手く対応できず申し訳ないので……それならいっそのこと、教室になるべくいない方がいいのかななんて、あはは……ちょっと自意識過剰ですけど」
「そんなことはないわよ。私はあなたが話しかけてきてくれて嬉しかったわよ」
嫌われることはあっても、興味を持たれるということは全然ない。
あと単純な理由を言わせてもらえるなら、彼女は静かな子だからだ。
グイグイ来られるのは愛子だけで十分。
「え゛……でも、愛葉さんは即断ったような……」
「それはごめんなさい。ふたり暮らしだから家事とかしなければならないのよ。中途半端なことをするぐらいなら最初から関わりがない方があなたのためにもなると思ったの」
「あの、気にしないでください! 私はあなたとお友達になりたかったんです!」
「ふふ、ありがとう」
物好きな子もいるんだな、それが正直な感想なのだった。