261 虫歯
ピピンを連れて、客用の風呂場に来た。
なぜ風呂場なのかというと、この浴槽には現在たっぷりの聖水が入っているから。
アリアのダンジョンへ行く時に、巾着二つ分の中身を全部浴槽に入れたんだ。
巾着にも聖水は入ってるのだけれど、やっぱり古い方から使いたいからね。
「しくしくしくしく」
「怪我しても平気な顔してるくせに、虫歯には弱かったんだな?」
「虫歯がこんなに痛いと思わなかったんだもん!」
「ってことは初めての虫歯か。他にも歯が痛い人っている?」
「いぎぎぎぎ!わ、わかんない。昔は何人もいたよ?小烏丸が軍に現れる前」
ってことは、俺が飲ませた聖水でみんな一旦は治ったって感じかな?
いや、俺が来る前に戦死した人達のことを言っている可能性もあるな。ミスフィート軍にとってデリケートな部分だから深く聞けないけど。
「さて、どうすっかな?たぶん虫歯くらいならば、少量で治ると思うんだよね」
スプーン一杯くらいにすっか?・・・いや、飲ますのは簡単だ。
いい機会だから、どれくらいの量を飲めば虫歯が治るのかを見極めるべきだな。
今は聖水が大量にあるとはいえ、戦争が始まれば一気に無くなるだろうから。
ちっちゃいスプーンに半分くらいにしとくか。
・・・いや、ここは最小から攻めてみよう。まずは一滴で行く!
マジックバッグから、前にガチャで手に入れたスポイトを取り出した。
浴槽から聖水をちょっとだけ吸い取る。
「ピピン、口を開けて痛い場所を指差してくれないか?ハイ、あーーーん」
「あーーーん」
ピピンが痛い場所を指差した。
そこか!あー、たしかにこれは虫歯だな。
ピピンの虫歯に聖水を一滴垂らした。
さすがに一滴じゃ足りんかな?まあ足りなきゃ増やしてくだけの話よ。
「ハッ!?痛みが消えたかも!!!」
「マジで!?一滴しか垂らしてないのに?もっかい見せてくれ」
さっきの虫歯を見ると完璧に治っていた。
「うおおおお!聖水スゲーーー!!一滴で虫歯を治しやがった!」
「いひゃいいひゃい!」
「ああ、悪い!いやー、しかし虫歯に直接聖水をかけたのが正解だった感じか?」
「あたしの歯って、元の白い歯に戻ってたの?」
「そうだぞ。虫歯を確認してすぐだから一目瞭然だ。まあ小っちゃい虫歯だったから一滴で足りたんだろうけどな」
「聖水すごい!!」
「あー、でもまだちょっとほっぺが腫れているな。どうせだから完璧に治しておくか」
ちっちゃいスプーンに一杯聖水を汲んだ。
「はい、あーーーん!」
「あーーーん」
ピピンにスプーン一杯の聖水を飲ますと、すぐにほっぺの腫れも治った。
「おおおっ!完璧に治ったああああああ!」
「良かったな」
「でも結局スプーン一杯飲むなら、最初からこっちで良かったんじゃ?」
「まあそうなんだけど、虫歯を治療するのにどれくらいの聖水が必要かを試したかったんだ。その結果、虫歯だけなら一滴でも治ることが判明したわけだ。今は聖水が大量にあるからいいけど、少なくなった時に少しでも節約したいだろ?」
「そっかー!まったく無くなったら困るもんね!」
実験の成果は大きいぞ。
虫歯だけなら一滴で十分だったわけだから、これは切り傷とかで使用する時なんかにも応用が利く。指先をちょっと切っただけで刀を振るのに支障が出たりもするから、一滴単位のギリギリを攻めるのがこの先重要になるかもしれない。
ただ虫歯によって炎症を起こした所までは治らなかったから、余裕がある時は小さいスプーン一杯にしよう。スプーン半分でも良いかもしれんけど、浴槽にたっぷり聖水がある状態だから、そこまで節約するのもどうかと思うし。
でも症状によって最適な量を把握するのは大事だな。
ちなみにこの浴槽って、銭湯の浴槽クラスの大きさだぞ。
「他にも虫歯の人がいたら治してやりたいんで、みんなに聞いといてくれ」
「わかったー!」
「それと、歯を磨く時にもう少し時間をかけてやった方がいいな。虫歯になった原因はたぶん磨き残しだ」
「なるほどー!うん、次から気を付ける!」
ピピンは跳ねるように風呂場を飛び出して行った。
しかし俺も人のことは言えんな。歯はしっかり磨かんと。
ピピンが出て行ってから、5名ほど虫歯の患者がやって来た。
念の為風呂場に待機していて正解だったよ。
しかし聖水を誰にでも飲める状態のまま放置してるのはちっと拙いかな?
これを売れば間違いなく大金持ちになれるのだから、金銀財宝以上に価値があるんだよね。
城内の連中に悪いヤツはいないし、これがウチらの生命線だってことは皆よく知っている。しかし、つい魔が差して盗んでしまう可能性は十分あるのだ。
『仲間達は皆善人だから大丈夫だ!』なんて甘い考えをしてたら、いずれ痛い思いをすることになるだろう。
「そういや虎徹さんが、ダンジョンで鍵を作ったって言ってた気がするな」
虎徹さんのことだから、子供騙しの鍵は作らんと思うんだよね。
頑丈でデカいのを1個売ってもらおうかな?
・・・・・
「どうよ?それは昔ダンジョンの部屋の扉に付けてたヤツだ。かなり頑丈に作ったから、そう簡単には破壊出来ないと思うぞ?」
「素晴らしい出来じゃないですか!しかも思った通り、かなり本格的な南京錠ですね。作るの大変だったんじゃないですか?」
「結構めんどくさかったぞ。アニキが持ってた南京錠をバラして参考にした」
「あんなのよくバラせましたね?何にしても十分な鍵だ!わざわざ来てもらってありがとうでした!」
「じゃあそろそろ帰るぜ。信濃が手強くてな」
「信濃?三河や遠江の北の国ですよね」
「そこだ。あの国の大名がクッソつええんだよなあ・・・」
「マジっすか!?虎徹さんが強いって言うからには、よっぽどの相手ですね」
「むっちゃ強烈だぞ!まあとにかく行くわ。じゃあな!」
しかし信濃にそんな強烈な大名がいたとはな。こりゃあ援軍も考えておかんと。




