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廃病院の久川さんは諦めない  作者: くろぬか
2/4

久川さんとその結果


 お話を聞かせて欲しい、なんて険しい顔で言われた時は何があったのかと驚いたが、どうやらスーツの彼は警察の人らしい。

 警察手帳を見せられた時は「あ、これがおはよう逮捕ってやつですか?」なんて言ってしまったが、どうやら本当に話を聞きに来ただけらしく、慌てて事情を説明された。


 なんでも昨日夜遅くに病院から「男が数人の女の子を病院に担ぎこんだ。 本人は無関係だと言い張ったが、一名やけに衣服が乱れているので怪しい」との通報があったらしい。

 その男性は道に転がっていた私たちを保護しただけだと言っている為、連絡先だけ教えてもらって解放したらしい。

 今の所全員の事情聴取が終わったら、もう一度顔を合わせる予定になっているとの事だ。

 多分、というか間違いなく昨日最後に目にした男性だろう。

 これは悪い事をしてしまった……


 「あぁ、えっと。 その人は本当に無関係です……助けてくれただけで、むしろお礼を言わないといけないくらいでして……」


 「本当かい? 草加という名前に聞き覚えはない? ここへ連れてきた男がそう名乗ったんだけど。 何かある様なら、隠さず教えてくれると私たちとしても——」


 「——ホントに、本当にその人は無関係です! 名前に聞き覚えもありません、ただ通りかかった所を助けて頂いただけですので!」


 「そうか、ならこちらからも彼に謝罪しておかないとだな……それで、君たちは何故そんな所に? まさか女の子三人で歩いてあんな場所にまで行った、なんて事はないんだろう?」


 「あーえっと、それは……」


 信じて貰えるかは怪しい所だけど、上手い事誤魔化せる自信もない。

 というか急に言われても、嘘だの何だのと思いつくほど頭の回転は早くないので昨日あった事をそのまま話した。

 先輩達に誘われて、友人たちと共に心霊スポットに向かった事。

 そして彼等の様子がおかしかった事、”久川さん”が現れた事。

 あの病院から逃げ出して、どうにか道路に辿り着いた経緯を。


 全て話し終わると目の前のスーツの彼が、難しい顔で顎に手を置いていた。

 流石にまあ、こんな話をした所で信じられないだろう。

 それはもう当然の反応であり、全部信じてもらう事なんて初めから諦めている。

 だというのに、彼は予想外の事を口にし始めた。


 「話は分かった。 怖い思いをしたって言うのに、色々と聞いてしまって申し訳なかったね」


 「え、あ、いえいえ。 っていうか、あれ? 信じてくれるんですか? こんな話」


 静かに頭を下げた彼に対して、こっちがびっくりしてしまった。

 もしかしたらこういう場合は、は? 何言ってんのコイツ? とか思ってもとにかく穏便に済ませる警察ルールでもあるのだろうか?

 だとしたら日本の警察って凄い。


 「まぁその、正直に言うと。 ”久川さん”云々に関しては、ちょっと判断に困る」


 「で、ですよね」


 良かった、どうやらその点に関してはまともに判断してくれていたようだ。

 ん? まて、その場合私としては良くなかった、と言った方が良いんだろうか。


 「とはいえ、その話は君の友人の”三上さん”とほぼ同じ内容なんだ。 だからこそ、判断に困っているんだ」


 「あ、唯からもう話聞いてたんですか。 唯もこの病院に?」


 「あぁ、君より少し早く目が覚めたんでね、少し話を聞かせて貰った。 ちなみに”陣野さん”も、もう目が覚めてる。 皆無事だよ」


 「そうですか……良かったです」


 とりあえずは一安心、と言った所だろうか。

 ほぅ……と息を溢すも、未だ険しい顔をしている彼が気になった。

 何かあったのだろうか?


 「正直に言うとね、判断に困っているのはソコだけじゃないんだ。 流石に幽霊に襲われたと言われても、警察としては動けない。 今回の件で動くとすれば、同行していた彼等を強姦未遂という形で動くことになるだろう。 しかしそれも、君たち次第となる」


 「は、はぁ……そこは直接被害にあった沙月に訪ねて頂ければ……私は直接被害に合った訳ではないので」


 正直怖いと言えば怖いが、もし訴えを出して逆恨みされる方が何倍も怖い。

 だとすれば何事もなく終わらせて、もう彼等とは顔を合わせない様にするほうが、私としては不安に怯えなくて済む気がするのだが。

 でもコレってやっちゃいけないパターンの一つだって、どこかで聞いた気がする。


 「問題はその”陣野さん”なんだよ」


 「というと?」


 「ちょっと正常な判断が出来る状態ではないというか……もしかしたら薬物を仕様していた疑いまで出てきている。 何か心当たりはあるかい?」


 「はぁ!?  それは絶対あり得ないです!」


 何がどうしてそうなった? 訳が分からない。

 今まで普通に私たちと過ごしていたし、昨日だって今まで通りの彼女だった。

 何を根拠にそんな事を言っているのか、思わず目の前の彼を睨みつけてしまった。


 「うん、三上さんも同じ反応だった。 だからもしかしたら無理矢理薬物を注射されて、集団幻覚の様な事態が起きたんじゃ、なんて思ったんだけどね。 どうやらこの線は外れみたいだね」


 「どういう意味ですか?」


 「簡単に言うとね、陣野さんの腕には注射器を刺した後があったんだ。 だからこそソレを疑ったんだが、医者の話では君と三上さんにはその跡が見当たらない。 ”久川さん”というのが、君たちの妄想の一種ではないかと私は考えた訳だが……どうやら外れみたいだ。 一応薬物検査も受けて貰うよ? 他の二人からはそういった反応は出なかったけど」


 あの恐怖が幻の類だったと言われて少しだけ腹が立ったが、それ以上に彼の言った”注射器を刺した跡”という言葉に背筋が冷えた。


 ——少シ、チクットシマスケド、大丈夫デスカラネ。


 彼女の言葉が事実だとすれば、皆は何を注射されたのか。

 そして久川さんの話は、誤った薬を患者に与え死に追いやったというモノである。

 だとすると注射を打たれた沙月は、本当に大丈夫なんだろうか?

 そんな不安が、徐々に駆り立てられる。


 「とにかく、何か思い出したらこの番号に連絡して。 また彼等から連絡が来たから助けて欲しい、とかでもちゃんと駆け付けるから」


 そう言って彼は電話番号の書かれたメモを差し出してきた。

 なんだろう、何か妙に違和感がある。

 内容としてはよくわからない事件の通報があって、とりあえず来てみたら当事者は訳の分からない事を言ってる。

 だが私たちが被害届の一つでも出さない限りは、警察は動けないよって所までは分かったんだが……彼の目は、他の何かを聞き出そうとしている気がした。


 「あ、あの……昨晩一緒に居た彼等は、どうなったんですか?」


 正直、こんな事を彼に尋ねるのは筋違いなのかもしれない。

 私たちが吊るし上げない限り、彼等は他と変わらない一般市民だ。

 だというのに、どうしても気になってしまった。


 「神田君、嵐山君と言ったかな。 彼ら”は”無事だよ、話を聞こうにも取り乱して聞けない状況ではあるけどね」


 「二人”は”、っていうのはどういう事なんでしょうか? 石田さんは、彼は何て言ってるんですか?」


 「彼はもう、喋りたくても喋れないよ。 唯一君たちに直接手を出した彼が居たなら、もう少し話がまとまったんだろうけどね」


 「え?」


 「自殺だったそうだ、今朝自室で首を吊った彼の姿が発見された。 葬儀に参加するなら、他の二人には気を付けなさい」


 そういって、彼はベッドの周りに設置されたカーテンを開けて出ていった。

 は? え?

 昨日一緒に居た彼が、死んだ?

 その言葉を脳みそが理解するまで、私はベッドの上で唖然としたまま過ごしていた。


 ————


 その後唯と沙月の二人と合流した。

 二人とも疲れた表情をしていて、目元には隈が残っている。

 心配していた沙月だったが、今では普通に喋れるくらいには落ち着いたらしく、とにかく一度家に帰ろうという結論に行きついた。

 ちょっと懐を痛める結果となってしまったが、タクシーを使って自宅に帰る。

 きっとこれから二人は両親からお説教タイムが始まるのだろう、お疲れ様です。

 そういう意味では私の家は結構気楽だ。

 両親共々出張ばかりで忙しく、殆ど家には帰って来ない。

 だからこそ大変という面もあるが、そこは出来た妹が家事一切をやってくれる。

 大変ありがたい事に、私はほぼ苦労することなくその生活を満喫していた。

 すまんな、二人とも。


 なんて思いを胸に玄関を開けると、そこには妹が仁王立ちしながら険しい表情をこちらに向けていた。

 まだ中学生だと言うのに、とてもとても怖い顔をしていらっしゃる。 


 「た、ただいま……巡」


 「警察と病院から連絡がありました、ある程度の事情も聞きました。 何やってるんですか姉さん」


 「あ、いや。 まさか私もこんな事になるなんて思わなくて……」


 「馬鹿なんですか阿呆なんですか? 姉さんの軽率な行動の末、私は深夜に警察署に呼び出されそうになった挙句、この家の事情を説明したら警察の方がわざわざ来て下さりましたよ? 流石に中学生を深夜に呼び出す訳にはいかないと、この家のリビングに警察が上がってきましたよ? しかも深夜にです。 ご近所にどう説明するつもりですか!?」


 大変、ご立腹なされているご様子です。

 こればかりは私が一方的に悪いので頭を下げるしか無い訳だが、どうしてこうなった。


 その後数時間妹にお説教された挙句、やっと解放された私は痺れる足を引きずりながらベッドに転がった。

 昨日の出来事と先程の妹からのお説教で、疲れはピークに達していた。

 そのまま目を瞑り、昨日の出来事を思い出した。

 それぞれ『患者リスト』に名前を書いた私たち。

 1階に3人、2階に2人、そして最上階に1人。

 ”久川さん”は、きっと記入された場所へ一階から順に回ったのだろう。

 だが男性陣3人はすぐさま部屋を飛び出し、私たちの部屋へと向かった。

 石田さんは同じ階の沙月の部屋へ、嵐山先輩は最上階の唯の部屋へ。

 そして神田さんは、一つ上の階の私の部屋へ移動した訳だ。


 しかし私は唯に誘われ、一つ隣の部屋に身を隠していた。

 そのお陰で助かったと言えるわけだが、結果的に男性3人の部屋は空室。

 唯一沙月の部屋だけが、予定通りの訪問となった訳だ。

 そして電話越しに聞いたあの声と、壁越しに聞こえてきた”彼女”の台詞。

 

 ——陣野サン、オ薬ノ時間デスヨ? イラッシャイマスカ?

 ——黒家サン? イラッシャイマスカ? オ薬ノ時間デスヨ。

 ——三上サン、オ薬ノ時間デスヨ。


 結果的に呼ばれたのは、私たち3人の名前。

 とはいえ被害にあったのは、部屋に残っていた沙月のみ。

 多分”久川さん”は部屋に残っていた男性陣を私たちと勘違いして猛威を振るったんだろう。

 だとすると、少なくとも私と唯はもう悩まなくて済むのだろうか?

 残る沙月だけどうにかすれば、私たちは普通の生活に戻れるのだろうか?

 男性陣2人の事も気になるが、あんな事があった後では、流石に連絡を取ってみようという気にはならない。

 なら、とりあえず沙月と唯に連絡を……なんて考えた、その時だった。


 ——コンコンッ。


 部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 妹か弟だろうか?

 いや、弟はないな。

 あの子ならノックなどせず、そのまま部屋に入ってくる筈だ。

 だとすると妹がまたお説教の一つでも……


 ——黒家サン? コチラデスカ? オ薬ノ時間デスヨ。


 背筋が凍った。

 何故だ? 何故ここで”彼女”の声が聞こえる?

 ここは私の家だ、あの廃病院じゃない。

 しかも”久川さん”は、神田さんを私と勘違いしたんじゃないのか?

 ならば彼女に”黒家”という名前の人間を追う理由はない。

 だとしたら、何故……


 コンコンッと再びノックの音が部屋の中に響く。


 「い、いやぁぁ!」


 思わず悲鳴を上げて、ベッドの隅まで転がる様にして移動する。

 どうしよう、どうすればいい?

 きっとアレだ、付いて来てしまったというヤツだ。

 何で私に、私は反対だったんだ、あんな事するつもりも”久川さん”に近づくつもりも無かったんだ。

 だというのに、何で私の元に。

 そんな自分勝手な思考が飛び交う間も、ノックの音は続く。

 コンコンッ、コンコンッと、返事を待っているかのようにその音は響いた。

 もう止めてくれ、来ないでくれ。

 両目から涙は溢れ、体はおかしくなったんじゃないかという程震えあがっていた。


 ——黒家サン、イラッシャイマスヨネ? オ薬ヲオ持チシマシタ。


 再度”久川さん”の声が部屋の中に響いた。

 ダメだ、もう逃げられない、私もここで終るんだ。

 心が折れたその時だった。

 ガチャッと音を立てて、ドアノブが回った。


 「い、いや……来ないで……」


 もうこれ以上下がる場所はない、逃げる場所なんてない。

 だというのにゆっくり、ゆっくりと扉は開いていく。

 止めて、お願いだから来ないで!

 グッと瞼に力を入れて、頭からブランケットを被った。

 視界は遮られても、扉の開く音は続く。

 そして何者かが部屋の中に入ってくる足音が聞こえ始める。

 その音は徐々に私に近づき、ベッドの前で立ち止まった。

 そして——


 「姉さん、何してるんですか? そんな反省ポーズ、猿でもしませんよ?」


 「……巡?」


 「それ以外に誰が居るんですか。 貴方の大好きな弟なら今リビングでゲームしてますけど」


 妹の声がした。

 ブランケットから少しだけ頭を出して、見慣れたその顔を視線に収める。

 本当に妹だ、それ以外には誰も居ない。


 「あ、あのさ……他に誰も居なかった? ”久川さん”とか」


 「久川さん? 姉さんの友達ですか? まさかこんな状況で友達呼んだんですか? 止めて下さいね、今日は大人しくしている事」


 「ち、違う! 呼んでない! 呼んでないから!」


 「……ふぅん? なら、まぁいいですけど。 ご飯出来ましたよ、早く降りてきてください」


 それだけ言うと、妹は部屋を後にした。

 何だったんだ今のは。

 間違いなく妹の悪戯とか、そういうモノじゃなかった。

 声だって昨日聞いた”ソレ”だったし、妹ならあんなにゆっくり扉を開くような真似はしないだろう。

 だとすれば、この部屋に”久川さん”が?

 そこまで考えて、ブルッと体が震えた。


 私たちはまだ、彼女から逃れた訳じゃない。

 ”久川さん”はまだ、残った私たちを追っているんだ。


 「どう……すればいいんだろう……」


 こんな事今までに経験がない。

 解決しようにも、何をすればいいのかまるで分からなかった。

 皆と相談するべきなんだろう、私一人じゃとても解決の糸口なんて掴めそうにない。

 だとしても、だ。


 「ちょ、ちょっと待って! 私もすぐ行くから! おいてっちゃ嫌!」


 とにかく一人にはなりたくなかった。

 私は急いでベッドを飛び降り、妹の後を追った。


 ————


 「ね、ねぇ巡? 今日は一緒に寝ない?」


 「絶対に嫌です。 昨日そんなに怖い思いをしたなら、もう二度と心霊スポットなんぞ行かないと誓いを立てた上で一人で寝てください。 いい薬です」


 そんな冷たい言葉を受け、現在は一人ベッドで丸くなって震えていた。

 ちくしょう、妹ちゃんが反抗期だ。


 現在はブランケットを頭から被り、その内部でスマホの画面を凝視している。

 傍から見れば夜更かしまっしぐらな女子高生の出来上がりだ。

 とはいえ望んでこの状況になっている訳ではないと、声を大にして言いたいが。


 ——二人とも聞いたよね? 石田さん自殺したって。


 ——自業自得、あんな奴。


 ——沙月からすればそうだろうけど……そうじゃなくってさ、久川さんの件。 これで終わったと思う?


 三人グループでのメッセージのやり取り、その最後の唯の言葉にドクンッと心臓が跳ねた。


 ——多分まだ終わってないと思う。 今日家に帰ってきてから、多分来た。 久川さん、私の部屋に。


 ——やっぱりか……実は私の所にも。 扉は開けなかったけど、もし会っちゃったら石田さんみたいになっちゃうのかな?


 ——ちょっと待って!? 二人の所に来たの!? いつ!? だって茜も唯も直接久川さんに会ってないんでしょ? 何で!?


 そんなのこっちが聞きたい。

 凄い速さで流れていく通知を見ながら、私なりに精一杯考えてみた。

 久川さんは、彼等を私たちと勘違いして襲い掛かったんじゃないのか?

 これでもし我が家にやってきた時に、彼等の名前を呼ぶようなことがアレばその可能性も捨てきれなかった。

 だというのに、彼女は間違いなく私の名前を呼んだのだ。

 一体何が起きてると言うのか……


 ——とにかく、茜も沙月も絶対に扉は開けないようにね。 特に今晩は寝ないで居た方が安心かも。


 ——まって


 さっきまで長文ばかり送ってきていた筈の沙月から、変換もしていない短文が送られてきてドキッとしてしまった。

 もしかして、今現状彼女の元へ”久川さん”が……


 ——嵐山先輩からグループ通話きた、皆と話したいって。 どうする? 神田って人も居るみたい。


 どうやら最悪の事態ではないらしい。

 ふぅ、と一息つくものの、とてもじゃないが歓迎出来る事態ではない。

 そもそもの原因を作った人たちな訳だし、彼等の目的も……まぁアレだった訳だし。


 ——いいよ、繋ごう。 向こうの情報も仕入れておかないと、どうなるかわかんないし。


 ——わかった、茜は? それでいい?


 正直、乗り気はしない。

 しないが……何も知らないでいるというのも、それはそれで怖いモノだ。


 ——わかった、話しだけでも、聞いてみよ。


 返事を返して数十秒くらいだろうか。

 グループ通話の通知が届き、4人の名前が表示された。


 「も、もしもし……」


 『あ、もしもし? 皆大丈夫? ごめんね急に』


 『急って訳でもないだろ、石田の奴があんな事になった後だし』


 男性二人の声がスピーカーから響く。

 正直、久川さんとは別の意味で少し怖い。


 『それを貴方達が言いますか、下らない目的であんな場所に連れ出しておいて』


 『あ、いやそれは……』


 『……』


 強い口調の唯の言葉と共に、彼等は黙ってしまった。

 どうしよう、これじゃ話が進まなそうだ。


 「あ、あの。 お二人の元にはアレ以降”久川さん”が来たりしましたか?」


 多分声が震えていたと思う。

 だとしても今の空気では情報交換どころではない。

 思い切って声を上げてみたが、しばらく無言の返事が返ってきた。

 これは、どう捉えたらいいのだろうか?


 『何言ってんの茜ちゃん、来る訳無いじゃん。 ”久川さん”が来るのは病院内だけだぜ? 何? 俺らの事脅してる訳?』


 「あ、いえ。 決してそういう訳では……」


 『石田の奴が何を考えて自殺したのかなんて分かんないけどさ、そういうのってちょっと無いんじゃない? ねぇなんなの?』


 「だから、私は別に……」


 嵐山先輩から明らかに不機嫌な言葉が返ってきた。

 どうやら彼の元にはアレ以降”久川さん”が訪れていない事は分かったが、あまりにも良くない雰囲気に、思わず涙目になる。


 『そもそも茜ちゃんと唯ちゃんさぁ、自分の書いた部屋に居なかったでしょ? そんな事したからあんな変なのが——』


 『——じ、実はさ!』


 嵐山先輩の言葉を神田さんが遮った。

 ある意味ホッとしている自分が情けないが、今は気にしても仕方ないだろう。


 『石田の奴が持ってたカメラ、俺の手元にあるんだよね……いつの間にか車の中に置いてあってさ。 それで、今のところ俺が持ってる』


 『だからなんだよ』


 あれか、石田さんがずっと持ち歩いていたビデオカメラ。

 最初から最後まで録画していそうな雰囲気だったソレだが、何か重要なモノでも映っていたのだろうか。


 『えっと、その。 先に謝っておく、ゴメン。 録画してあった映像見たらさ、沙月ちゃんが石田に襲われる所も映ってた。 本当にごめん』


 『っ! ……最低』


 沙月が聞いたこともない様な低い声でボソリと呟くと、再び数秒の沈黙が訪れた後、彼は喋り始めた。


 『それでその後、”久川さん”に襲われた時の映像もあったんだよ。 なんか黒い霧っぽく映っててさ、そこの部分だけ他の奴に見せてみたんだけど……皆何も見えないって言うんだよね』


 『……本当にそこだけですよね?』


 『も、もちろん! 沙月ちゃんの映ってる所は絶対見せてないから!』


 『なら、いいですけど』


 どう声を掛けたらいいのか分からないまま会話が進んでいく。

 だけど黒い霧ってなんだ? しかも他の人には見えないって、どういう事なんだろう。

 分からない事ばかりが増えていき、何一つとして解決に繋がりそうな内容が出てこない。


 『それでさ、最後ってか”久川さん”が部屋を出ていく時なんだけど……』


 『んだよ、勿体ぶってねぇで早く言えよ!』


 やけに気性の激しい嵐山先輩が、捲し立てる様に叫ぶ。

 電話越しにでも皆が体を震わせているのが分かりそうな程、それぞれの荒い息遣いが聞えてきた。


 『”また明日お伺いしますね”って、そう言ってから出てったんだよ……』


 『はぁ!?』


 二人が言葉を終えたその時だった。


 ——コンコンッ。


 電話越しに、その音が響いて来た。


 『お、おい。 今のって誰の所から聞えた? 俺じゃねぇぞ!?』


 『私でもない、もう今日は来たし……』


 『わ、わたしも違う……』


 「えっと、私の所でも、ないです」


 ということは……


 『お、俺の部屋だ……』


 神田さんの震えた声が、スピーカーから響いた。

 そしてすぐ後に、”彼女”の声も。


 ——神田サン、イラッシャイマスカ? オ薬ノ時間デスヨ?


 昨日今日で、何度その声を聞いただろうか。

 擦れた様な、聞くだけで不快になるその声を。

 そして聞くたびに、ゾッと背筋が冷えて体温が奪われていくのが分かる。


 『神田さん! 絶対に扉を開けちゃダメですよ!? わかってますよね!?』


 唯が叫ぶ。

 もう相手をどう思っているとか関係ない。

 このまま放っておいたら、間違いなく悪い事が起きる。


 「あ、あの! 私の部屋では向こうから入ってきました! だから扉が開かないように何か手を打ってください!」


 影響された訳ではないが、私も必死になって言葉を紡いだ。

 少しでも力になれば、そんな想いと共に経験した内容を叫んだ。


 『あ、あはは……ありがと二人とも、でも俺の部屋って和室でさ、襖なんだよね。 だから、多分無理』


 「つ、つっかえ棒とか!」


 『ベッドでも机でも何でもいいから! 入り口塞ぐとか! ホラ早く!』


 私と唯で必死に案を上げるも、どうやら上手くはいかないらしく、彼は諦めた様な笑い声を漏らしていた。


 『ほんと、二人ともいい女だな。 こんな事なら馬鹿な事しないで普通に口説けば良かったわ』


 『お、おい神田?』


 『いいかよく聞け、俺が聞いた話じゃ”久川さん”は二回目の投薬で失敗したって噂だ。 だから多分俺や嵐山、それから沙月ちゃんはまだ無事なんだと思う。 でも多分二回目を打たれたら——』


 ——神田サン、オ待タセシマシタ。 今日ノオ薬デスヨ。


 さっきより、随分と近くからその声は聞えた。


 『……おい神田?』


 嵐山先輩の呟きに、応える声は無かった。

 ただただ静寂が続き、他のメンバーからは息を飲む様な呼吸が聞えてくる。

 彼の身に、何が起こった?


 『神田! おいコラ! ふざけてねぇで返事しろよ!』


 その声に応える様に、スピーカーからはガラスの砕ける音が響いた。

 そして数秒後には、随分遠くから鳴り響く悲鳴が聞えてくる。

 ”神田さん 通話中”とだけ書かれたモニターの文字が、やけに鮮明に瞳に映った。


 まだまだ続きます。

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