第9話 死神の生い立ち・前編(一華視点)
私は赤神一華。未練ある魂の願いを一つ叶え、浄化して天国へ送る仕事をしている。
そして今は仕事中。対象にはできるだけ楽しく、幸せな思いをして貰わなければならない。
なのに今まで、一人で勝手に動物園を楽しんでしまった節があった。幸い向こうも楽しんでいたらしいが。
更に、今から私の生い立ちを語ろうとしている。決して楽しい話ではない。何故やるべき事と正反対のことをしているのだろうか?
(それに、こんな話をなんで聞いて欲しいと思ってるんだろう……?)
今回の対象者、鷹谷真大という少年はものすごく変な人だ。初対面でデートを申し込んでくるし、かと思えば恥ずかしがる態度を見せる。話をしている間に笑ったり落ち込んだり、ころころと表情を変える。素直な性格なのだろう。
事前に得た情報から、もっと大人しい人物だと思っていたのだが、よく喋るし反応も面白い。たまに思考の読めないことがあって驚かされる。
それに、こんなに私の事を気にしてくれる人は初めてだ。転んだ時絆創膏をくれたのは嬉しかった。恥ずかしくてつい意地悪してしまったのは後悔している。
(だから応えようとしてる……のかな?ううん、自分の事なのによく分からないわ)
いろいろ考えたが結局まとまらず、そのうちベンチに到着してしまった。
(さっさと話して、すぐにデートの続きに移らなきゃ。折角友達になれたんだし、もっと楽しませてあげたい)
「さてと……、なんでそんなに緊張しているの?」
隣に座った真大は、背筋をピンと伸ばし、肩も上がって見るからに緊張していた。
「だってさっきの感じ、やっぱり話したくないのかなって……でも言い出しちゃったし、気になるし」
「そんな大層な話じゃないわよ、楽しくないのは確かだから聞き流してくれて構わないんだから」
「そんなこと!ちゃんと聞くよ!」
真大はより一層背筋を伸ばした。あまりに素直で可愛らしいので、思わず笑ってしまった。
「心遣いは有難く受け取るから、ほらリラックスして。そのままだと気になっちゃうわ」
なんとか真大の緊張を解かせた所で、私はこんな問いかけから話を始めた。
「アネモネって知ってる?」
「アネモネ……名前は聞いたことあるけど、どんな花かは分からないな」
「薔薇とか百合ほど有名じゃないからねー。ググったらすぐ出るわよ」
「まさかここでググれと言われるとは……。おお、赤くて可愛い花だね」
渋りながらもあっという間にスマホで検索するあたり、現代の若者という感じである。真大のスマホには、全体的に丸みを帯びた、赤いアネモネの花が表示されている。
「これの和名がね、牡丹一華とか花一華っていうの。そう、私の名前の由来。さっき真大が言った通り、私も昔は人間だったの」
私の両親は学生結婚だった。在学中に私ができ、家族の反対を押し切って出産。一年近くはバイトでやりくりし、卒業後は共働きをしたが、それでも家計は厳しかったらしい。私が物心ついた頃には仲も冷えて、喧嘩ばかりするようになっていた。
教育も厳しく、勉強は常に監視され、外出も周りより制限されていた。テストで満点を取っても褒められず、つまらないミスをすれば叱られ、一ヶ月は外出禁止にされた。
家はとても窮屈だったので、体調不良でも学校に行く方がマシだと思って無理矢理登校した日も多い。しかしそれに追い打ちをかけるように、中学校時代の担任がとても厳しい先生に当たってしまった。自分が叱られることは無かったものの、クラスメイトが大声で怒鳴られたり、(この頃はまだ体罰に厳しくなかったので)叩かれたりしているのを見て、私はすっかり大人の事が怖くなってしまった。
「それで、今日も大人を避けていたんだね……」
「あら、それもばれちゃってたか、まあ不自然だったものね。中学生の頃、親には禁止されてたんだけどこっそりファストフード店に行ったことがあるのよね。でも注文しようとして店員さんを見たら怖くて泣いてしまったの。大学まで行く頃には泣くのを堪えることはできるようになったけど、恐怖心はむしろ大きくなって……」
将来の夢も持てず、大人への恐怖心がある中就職など出来る訳がなく、逃げるように大学まで進学した。
が、バイトも不可能で、サークル活動は親に禁止された。反抗しようにも恐怖心が勝り、窮屈なまま時が流れていった。
就活の時期になり、親から院に行くのを禁止されたため、いよいよ追い詰められた。震えながら面接を受け、途中で倒れてしまうこともよくあった。
奇跡的に内定は手に入れたが、ここから40年近く大勢の大人に囲まれて過ごすなど耐えられるはずが無かった。
「外出制限されてたからなかなか友達とは遊べなくて、相談できるくらい親しい人はいなかった。倒れた時も親には甘えてるって言われたしね」
「で、でも大学は卒業した……んだよね」
話の流れで結末を察したのか、真大は恐る恐る質問してきた。
「ええ。卒業した、次の日に自殺したの」
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