第8話 夢
大体の展示を見終わったところで昼を過ぎたので、園内の小さなレストランで食事をとることになった。
僕はすぐにハンバーガーセットに決まったのだが、一華はかなり悩んでいるようだった。
「決まりそう?」
「うーん、カレーライスか、ホットドックか……それに……」
「それに?」
「ううん、このままじゃ決まらないし、真大が決めて一緒に頼んでくれない?私席とってくる!」
勝手に決めてしまっていいのか、と聞く前に一華は注文の列を離れてしまった。
なんとなく、一華が突然不可解な行動をとるタイミングが分かってきたような気がする。窓口に行きたがらなかった時、飼育員さんに話しかけられた時、そして今、注文を任されたこと。すべて、動物園の職員と話すのを避けているのだ。
お店で物を選んでる時に店員に話しかけられるのが嫌だとか、そういう感じなのだろうか?だが、それにしては避けすぎている気がする。
「ううん、考えてもしょうがないかあ。注文遅くなったら怒られちゃうしな」
一旦考えるのをやめて、僕はカレーライスとハンバーガーセットを注文した。
会計を済ませ、しばらく待っていると料理がトレーに乗せられて出てきた。二人分持つのは大変だったが、なんとか落とすことなく席まで運んだ。
「お待たせー、席取りありがとうね」
「いえいえ、カレーライスにしてくれたのね。こういうところのカレーって不思議とおいしいのよね、いただきます!」
「分かるなあ、ちょっと特別な感じがするよね。いただきます」
歩き疲れたのと空腹もあり、半分程はお互い無言で食べ進めた。
もぐもぐ、という擬音が聞こえそうなくらい口いっぱいにカレーを頬張る一華も可愛い。
「一華さんも楽しめてるみたいで良かった」
「ええ、動物園なんて久しぶりだから。って、貴方が楽しめないと意味ないのに!」
思ったよりも素で楽しんでいたらしい。僕は嬉しくて堪らない気持ちになった。
「ははは、僕も楽しんでるよ」
「よ、よかった。そういえば、クマ館ではかなり興奮してたものね」
「あ、あれは忘れて……」
クマ館に訪れた時、ちょうど飼育員さんに質問できるイベントが開かれていたので、矢継ぎ早に質問してしまったのだ。あれは一華はおろか、周りの客全員に引かれていたような気もする……。
そういえばあの時も、一華はずっと僕の陰に隠れていた。飼育員さんの視界に入らないようにしていたのだろうか?
「本当に動物好きで詳しいのね。それを生かした道に進もうとは思わなかったの?」
「あ、大学の専攻文系だってばれてるんだっけ。もちろん、本当は獣医学とかを学びたかったけど勉強できる方じゃないし、今の大学だって合格ラインギリギリだったしなあ」
「そっか。将来の夢、あったんだね」
「うん、まあ無理なのは分かってたし、もう叶わなくなっちゃったけど」
「……」
気まずい沈黙が流れた。一華はなんだか悲しそうな目でぼんやり遠くをみている。その表情からは、何故か羨ましさが感じられた。
叶わなくても、夢があったことが羨ましい?
この不自然さが、踏み込んだ質問を躊躇っていた僕の気持ちを弱まらせた。
「一華さんには将来の夢、ないの?」
「……夢?死神の私に?」
「あ、無理には聞かないけど……せっかく友達になれたから、もっと一華さんのこと知りたいなって。
それに、一華さんって死神ぽくないし、むしろ凄く人間味があるし……?」
言ってから、自分の言葉に気づかされた。そういえば、怒ったり笑ったりするのがまず死神のイメージからかけ離れているし、一華には人間らしいところがたくさんある。というよりも――
「あれ、一華さんってもともと人間だったりする……?」
「なんでそう思ったの?」
強い口調で返してきた、一華の顔は驚きを隠せないでいた。目も口も丸くなっている。
「大学出てるとか、動物園が久しぶりだとか、思い出があるような響きだったし」
「……私、自分の事話してたのね。もう思い出すことはないと思っていたのに」
そう呟くと、一華は残っていたカレーを一気に食べきって、何かを決心した顔になり立ち上がった。
「私の話、してもいいけどあまり楽しい話じゃないわよ?せっかくの時間を無駄にしちゃうかも」
「大丈夫だよ。それに一華さんは僕の事何でも知ってるんだから、このままじゃ不公平じゃないか」
「死神様でも全部は分からないものよ、こんな事になるのも予想外だったし」
冗談のつもりだったが、苦笑いで返されてしまった。今までになく不安そうな顔をしているので、話を聞くべきなのか迷ってしまう。
「ここじゃ話しにくいから、外のベンチに行きましょうか」
しかし、先にそう言われてしまっては僕も心を決めるしかない。ハンバーガーセットについてきたジュースを飲み干して、僕も席を立った。




