第3話 突拍子もないお願い
「えっと、その、貴方と、は駄目でしょうか……?」
僕がそう言った途端、少女の動きが止まった。
今まであんなに喋っていたのに、黙って震えて顔もみるみる赤くなっていく。
まずい、怒らせてしまったのかも知れない。何か弁明しなくては。
「あ、あの、知り合いには好きな人、というかそもそも女性の知り合いがいなくて……。アイドルとか有名人もよく分からないし。それに死神さん、仕事とはいえ気さくに話してくれて嬉しいし、あと可愛いし、女の子らしい服を着たらもっと素敵になるのに」
「うるさい!この服、楽だし気に入ってるの!」
「ごめんなさい!」
逆効果だった。少女の眉間にはしわが寄っていて、こちらを睨みつけている。
いきなりデートの申し込みは失礼だっただろうか?恋愛経験が0なので判断がつかない。
どうしよう?早くも手詰まりだった。とにかく、別の願いにしなくては……。
「ほ、本当に私とデートでいいの?」
「え、あ、あれ?良いんですか?」
「駄目とは言ってないわよ、びっくりしただけ。まさか初対面の人にデートを申し込むなんて思わないわよ、しかも最後の一日だっていうのに」
「確かに突拍子もないお願いかもしれないけど……、それがいいです!」
もう半ば自棄だった。デートの仕方も正直分かっていない。
しかし今まで話をした印象は悪くないし、うまくいくのではないかという根拠のない自信もある。
最後の一日だという実感は全くない。そもそも死んだのだって、運ばれる自分の死体を見なければ理解できていなかっただろう。
もっとやるべき事、叶えるべき願いがあるのかもしれないが長考しても申し訳ないし、何よりこの不思議な少女ともっと話をしてみたい。
これはいわゆる一目惚れなのだろうか。
「了解。じゃあ真大くんの最後の一日、盛り上がって行きますかー」
「あ、ありがとうございます!でも、その表現はなんだか盛り上がらない……、って僕、自己紹介したっけ?なんで名前を……」
「死神様だもの、そこのところは把握済みよ。鷹谷真大、19歳、大学一年生。追試を受けに大学へ向かう途中、子供を助けて事故死。所謂コミュ障で、友人は一人、彼女歴0。ついたあだ名は」
「ももももういいです!やめて!プライバシーの侵害!」
流石というべきなのだろうか、死神様なだけあって大抵のことは知られているらしい。まさかあだ名までばれているなんて……辛すぎる。
「そういえばこっちの自己紹介がまだだったわね。赤神一華よ、よろしくね」
「よろしくお願いします、赤神さん」
「ちょっと、デートだっていうなら丁寧語はやめて、下の名前で呼びなさいよー」
「なっ、それはハードルが高いです……」
デートを申し込んだはいいものの、緊張しまくりだし、人の下の名前なんて幼馴染以外呼んだことがない。
「初対面デートなんて、真大くんにはハードルというよりそびえ立つ壁の連続なのでは?」
全くもってその通りです。これは頑張って慣れるしかなさそうだ。
「えっと、じゃあ、一華……さん……?」
「さん付けだし何故疑問形……まあ、そのうち慣れると期待しましょう。さて、どこに行きましょうか?」
行くところは実は考えがあった。案内できるくらい知っているし、多分デート場所として間違ってないだろう施設。
「動物園でいいかな?電車で数駅の所にあるんだけど」
「あ、場所は分かるわ。でも行ったことないし、楽しそう!じゃあそこで決定ね!」
気分が良くなったのか、ニコニコし始めた一華さん。正直とても可愛い。今までデートを申し込んだ人がいないというのが不思議なくらいだ。
一華さんに見惚れていると、突然手をがっちりと掴まれた。
何を隠そう、同年代の女性との初ボディータッチである。僕の体はあっという間に硬直してしまった。
「もしもーし、大丈夫?顔真っ赤にして。あ、もしかして手繋いだこと無かった?」
「そうでっす……」
「この経歴なら仕方ないわね。でも掴まってないとテレポート出来ないし、移動楽な方がいいでしょ?このまま行くわね」
「はいっ」
グイグイくるので、僕は頷くことしか出来ない。
「この先不安だけどなんだか面白いわ、デートも楽しくなりそうね」
小悪魔な笑みを浮かべた一華さんに、僕はまた見惚れてしまう。
一華さんがもう一度手を握りなおすと、音もなくあっという間にテレポートし、そこには青空だけが残った。
僕の終わったはずの人生は、こうしてもう一日だけ始まったのであった。