第15話 願いと決意
夜ご飯は結局、一華おすすめのラーメン屋さんで食べることになった。お洒落なカフェやレストランなど、雰囲気のよさそうな所を考えたりもしたのだが、
「いいのよ気にしなくて、そういう店だと大人が多くて気になっちゃうし……それよりさっき話してたラーメンにしましょう!」
と一華に押されて、先程遊んだゲームセンターの近くにある店に連行されたのだった。
「アクセスいいでしょ。たまに夜ご飯いらないって連絡してここで食べてたのよね、辛味噌がおすすめよ!」
熱く語りながら、一華は流れるように辛味噌ラーメンの食券を購入して店員さんに渡した。
「え、昼カレーだったのに夜も辛い物食べるの?」
「いいじゃない、最後は好きな物食べなきゃ!」
「そうなんだけどさ、うーん味噌か、好きなのは醤油なんだよな」
席につく一華を横目に僕はメニューを見つめ暫く悩む。三周も見直してから、醤油ラーメンにチャーシューと味玉を追加することに決めた。
店員に食券を渡して、一華の隣に座る。カウンター席なので、麺を茹でる様子がよく見えた。
「我ながらトッピングを奮発したなあ」
「普段なら一つでも贅沢した気分になるものね」
「大盛りにするかどうか悩んだんだけど、食べ過ぎて気持ち悪いまま終わるのは嫌だと思ってやめたよ」
「やけに悩む時間が長いと思ったら、そんなことまで考えてたのね。いいなあ、私は大盛りとか替え玉とかしたくても一杯で満足しちゃうのよね」
短い会話を交わす間にラーメンが出来上がり、目の前に到着した。いつもならこのスピーディさが有難いのだが、今日はむしろ邪魔に感じてしまう。
「ご飯に早く来ないで欲しいなんて思うの初めてかも」
「あら、食べたくないの?じゃあ貰っちゃうわよー」
独り言のつもりが一華に聞こえていたらしく、追加分のチャーシューを奪われてしまった。
「ええ!?返してよ、最後の晩餐なんだからー!」
「ほう、醤油味もなかなか……分かった分かった、辛味噌のチャーシュー返すから、泣かないで!?」
「うう……泣いてないよ」
最後のご飯だと分かっていながら横取りするのはかなり意地悪だと思うのだが、返してもらったチャーシューが美味しかったので許すことにした。
そこからは、普段よりゆっくり食べながら他愛ない話をしたり、途中で一口ずつ交換したりして、それでもあっという間に食べ終わってしまった。
きっちりスープまで飲み切って、僕らは店を出た。
「一華、ラーメン食べてる途中から気になっていたんだけど」
「何?」
「僕らの手、透けてきてない?」
一華に向かって差し出した僕の手は、輪郭は判別できるものの地面がはっきり見えてしまうくらい透けていた。
「そろそろ時間切れね……あと2時間もないかしら。最後はどこに行きましょうか?」
「もう終わっちゃうのか……」
未練を無くすための一日だったはずなのに、楽しすぎてむしろやりたいことが増えてしまっている。ただ、そんなことを言っても無理なのは分かっているのでせめて心残りなことを減らしたい。
思い浮かんだのは、公園で渡し損なったアネモネの花束。あの時は命(?)が最優先だったが、花が散ってしまったのは悲しかったし、一華が凄く凹んでいたのが心に引っかかっている。
しかしもう一度渡そうにも花屋はもう閉まっているし、それでは何か違う気がしたので別の方法を考えなくてはならない。
「花といえば……うーん」
「花?もしかしてあの花束の事気にしてるの?」
「だって渡せなかったのと、一華が残念そうにしてたのが……」
「本当の最後だっていうのに私の事気にしてたなんて、脳内お花畑なのかしら……」
「花畑!それだ!」
呆れ顔の一華が発した一言で閃いた僕はすぐにスマホで花畑を検索する。もうすっかり暗くなったのでライトアップしている所がいい。
「ここ!ここに行こう!」
検索にヒットした場所を一華にも見せる。
「行ったことある場所なの?」
「ない!」
女兄弟がいたなら家族でのドライブの選択肢に挙がったかも知れないが、男一人っ子ではまず花畑なんていかないだろう。
検索した所以外にもどこにも行ったことが無い。
「本当にいいの?」
一華は念を押して確認してくる。
「うん、元々の最期は公園脇の道路だった訳だし、それより綺麗な所で一華と過ごせたらそれが一番だよ」
「……もう!分かったわよ、付き合ってあげる!」
一華は僕の手をガッチリ掴んだ。
「これだけ実体化が解けてるならテレポートできるから、それで行くわよ」
もう何度も繋いだ手だけれど、改めて繋ぐとやっぱり緊張する。が、流石に硬直はしなくなったのでなんとか頷いてみせた。
移動はやはり音もなく一瞬。瞬きする間に場所が変わって、僕らは暗闇に淡く浮かび上がった花畑の中に到着した。
「わあ……!」
一面に広がる赤いアネモネの花畑。これなら花束の代わりになるだろうかと、探して見つけた場所に間違いなかった。
よく見ると、花畑は木々で区分けされていて、遠くの方にはチューリップなど別の花も咲いている。
溢れんばかりに咲きほこるそれらを、邪魔にならない程度の明るさのライトが照らしている。おかげで日が落ちた今でもしっかり見ることができた。
「凄く綺麗……」
「しかも物凄い数だね、圧巻だよ」
花々が織りなす絶景に圧倒されて、僕たちはしばらく無言で見惚れていた。
風に吹かれてアネモネの花が揺れた。
「こんなに素敵な景色を作れて、呼んでもらうと嬉しいって感じることができるようになって……少しだけ自分の名前、好きになれたかも」
沈黙を破ったのは、一華のそんな呟きだった。
「本当は生きてるうちにこうなりたかったわ、来るのが遅いんだから」
「ご、ごめんよ、でも僕が天国に行く前に間に合ったから許しておくれよ」
「ギリギリセーフというか、アウトというか」
互いに目を合わせて笑い合う。人に聞かれていたら説明するのが大変なやり取りだが、すっかり暗くなり肌寒くなったからか、周りには誰もいなかった。
逆に僕は寒いことは理解できてもまったく気にならなくなっていた。実体化が解けかけているせいなのだろう。
一華も同じ状態なのか、時折風が吹いても何ともなさそうにしている。
「僕、死んだ時に何を心残りにしていたか、なんとなくわかった気がするんだ」
「あら、もしかしてデートじゃ無かったの?今から変えるのは困るわよ」
「いや、それで間違ってた訳じゃなくて、もっと深い部分というか……寂しかったんだと思うんだ」
両親は健在だが兄弟はおらず、まともにできた友達は日中に出会った律だけ。その律とも学校がバラバラになり遊ぶ機会が減り、大学では連絡先を交換した人すらいなかった。
内気で臆病なのが原因だが、人付き合いが嫌だった訳ではない。要するに『チキン』だったのだ。
「あの時は混乱と緊張で自棄になってたけど、それでも思いついた一日デートっていうのはやりたかったことなんだなって思って……それを叶えてくれた相手が一華で良かった、ありがとうね」
「お礼なんていいのよ、仕事だし」
「でも友達になってくれたし、告白も……」
「あら、私OKしてないわよ?」
「え゛!?」
驚きすぎて変な声をだしてしまった。この流れでそんなことあるだろうか?
しかし、よくよく思い返すと互いに好きだとは言ったが、恋人になるとかそういう話まではしていない。
「えー、えー、そんなことある?」
「今恋人になったところで、もうすぐお別れじゃない」
「そうだけどさ……現実的だなあ」
どうやら僕の人生は、延長戦を含めても彼女歴0で終わってしまうらしい。せっかくここまできたのに、と僕は肩を落とした。
「あ、だけど、駄目だとも言ってないわよ?」
「???」
もう何だっていうんだ。
混乱する僕をよそに、一華は少し考える素振りを見せた後、右手をあげて指先をくるくると回し始めた。
「使うの最後だし、大目に見てもらおうっと」
その指先に赤い光が集まりだす。朝使った実体化の魔法に似ているが、あの時は指先にちょこんと乗る程度の大きさだったはずだ。
それが今は拳より大きくなり、まだまだ膨張していく。
「こんなものかな、それ!」
やがて顔の大きさまで膨れ上がった赤い光の玉を、一華は右手で握り潰して辺りにばら撒いた。
その光は花畑を区切っていた木々に集まり、赤色からピンク色へ――
桜が次々と咲き乱れ、辺りを一層華やかにしていった。
「この木、桜だったのか!でも、もう時期は過ぎてるのに」
「うん、だからちょっと無理矢理だけど返り咲きさせてみたの。本当はこの力、人の願いを叶えるためにしか使っちゃいけないから内緒ね?」
桜が咲いたことで、この辺りの生命力は溢れかえっていた。既に死んでいる僕らなど簡単に飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「でも、どうして急にこんな事を?」
「私の決意表明の為にね」
何かを決心したような顔。しかし、生い立ちを話そうとしていた昼間とは違い、深刻そうな印象はない。むしろこの桜に負けないくらい輝いていた。
一華は一歩僕から離れ、真っ直ぐに僕の事を見つめてきた。
「私、もう一度、生きてみようと思うの」
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
次回、最終話です。投稿は月曜日を予定しています。
どうか最後までお付き合いください。




