ソコウ、トチをくばる
高校生仲良し四人組の太田・鈴木・早川・里中は、学校の修学旅行で北海道に来ていた。
三泊四日の日程で、三日目の今日は一日中自由行動だ。
四人は、札幌の時計台やクラーク像の前で写真を撮る。すすきのへ行こうと太田が言いだしたが、「繁華街には教師の目が光っている」という理論から、その案は却下となった。
「ねぇ、大自然に行かない?」
里中がみんなに提案する。突然の提案に戸惑う三人。
「何ポカーンとしてんだよっ。北海道だぜ?デッカイドーだぜ?どうよ?」
「里中ぁ。大自然って、ちょっと遠すぎやしないか?」
意見を却下された太田が難色を示す。が、里中も食い下がる。
「先生から乗り物のフリーパスをもらっているじゃん。使わないともったいないぜ。二人はどう思うよ?」
「うーん、そうだな。お土産はその後でも遅くは無いと思うし、都会より空気おいしいと思うぞ」
「み、みんなが良いなら、俺も賛成」
鈴木、早川が次々と賛同する。
「で、太田。お前はどうする?嫌なら、来なくてもいいけど」
「ま、まぁ。北海道なんてそうそう簡単に来れる所じゃないしな。ただし、見たらさっさと戻ってお土産買うぞ」
「へいへい―――。じゃあ、行くか」
田舎方面に向かうバスに乗り込み、一時間ほど揺られる。到着が近くなるにつれ、田園風景が多くなってくる。バスを降りると、そこはもう別世界だった。
「すっげぇー!辺り一面小麦色だー!」
「そりゃ小麦畑だからな」
決して都会では見られない光景。まるで、オランダかどこかの外国に来たみたいだ。
「来てよかったなぁ。うーん、空気がうまい!」
「ホント。東京に帰りたくなくなるよ」
「じゃあずっとここにいろよ」
「じょ、冗談だよ。ジョークの通じねぇ奴だなぁ」
「おっ。おめぇら、どこから来ただ?」
突然後ろから声を掛けられた。振り返ると、麦藁帽を被り、Tシャツにステテコ姿、リュックサックを背負っている爺さんが鍬を持って立っている。
「ここら辺じゃ見ねぇ顔だな。札幌のモンか?」
「あぁ―――僕たち、その、東京から修学旅行で―――」
里中がシドロモドロに説明する。
「自然を見てみたいなーって……。おじいさんは、ここの人ですか?」
「んだ。おめぇらが今見ていた小麦畑と、あすこにある田んぼの主だぁよ」
「へぇ。でも、方言から察するにここの人じゃないですよね?」
「うんにゃ。わしゃ生まれた時から道民だべ」
「えっ?だって、あきらかに言葉が―――」
「うるさい!」
突如キレだす老人。
「わしが道民言うたら道民じゃあ!分かったかぁ!」
「は、はい。すいません」
反射的に謝る四人。
「お、おじいさん、若いですねぇ。背筋もシャンとして」
早川が話を変える。「お幾つなんですか?」
「今年で八十になるべ」
「八十歳!へぇー、全然見えないです」
「そうか?」
まんざらでもない様子。
「これでも昔は、北の裕次郎と言われてたんだべ」
「裕次郎?」里中が首を傾げる。
「今の若者は石原裕次郎も知らんのか!情けないのぅ」
「ほら、この人だよ。テレビとかで一度は見たことあるだろ?」
鈴木がケータイを差し出す。
「あぁー、この人ね……」
と、ここで芸能界通の太田が疑問を口にする。
「あれ?でも確か、石原裕次郎も育ちは北海道の小樽のはず。だから、北の裕次郎ってことは裕次郎が二人いるってことに……」
「うるせぇぞ、ガキィ!」
あ、またキレた―――。
「裕次郎が二人いようがいまいが関係ない!わしが昔、北の裕次郎と呼ばれていたことに変わりは無い!それに、裕次郎の出生地は兵庫じゃろ!」
「すいませーん」
平謝りする四人。短気なジジイだ。さっさと話題を変えることにする。
「おじいさんは名前は何ていうんですか?」
「名前?香島勝だぁよ」
「香島さんは、座右の銘みたいなものってあるんですか?」
「うーん。しいて言うなら、晴耕雨読、かな」
「晴耕雨読ってことは、本を読まれるんですか?」
読書家の鈴木が食いつく。
「ん、まぁな」
「へぇー。あの、参考までにどんな本を読んでいるか教えてくれますか?」
そう言って生徒手帳とペンを取り出す。
「本の題名を言えばいいのか?」
「はい。お願いします」
「まずは―――」
次々と本の題名を挙げていく香島。だが、四人はどの作品も聞いたことが無い。
「これでも読書はしてきた方だけど……全部知らないなぁ」
メモを見ながら早川が呟く。鈴木も渋い顔をする。
「うーん。ひょっとしたら、世界文学の類なのかも。世界文学だったら、俺らはあまり読まないから知らないのも無理ないな」
「世界文学?何だべそれ?」
香島が尋ねる。
「アンデルセンやトルストイといった、世界の文豪の作品のことです」
「活字か?活字は好かねぇなあ」
「えっ?」
鈴木が香島のセリフに引っ掛かりを覚える。
「ってことは、今まで挙げていたのはいったい何だったんですか!」
「漫画」
こともなげに言う。唖然とする一同。
「ま、漫画って。小説とかは読まないんですか?」
「無茶言っちゃいけねぇ。この年になると細けぇ字は目に負担なんだ」
「あぁ、なるほど。それじゃあ、昔はよく小説を?」
「うんにゃ。わしゃあ、昔からあぁいう活字本の何が面白いのかよう分からん」
「それ晴耕雨読って言わないでしょ!」
「本なら何でもええじゃろ」
い、言い放ちやがった……。
「いやぁ。孫娘が小さい頃読んでいたのを拝借したら、見事に嵌ってしまってのぅ」
「へぇ、そうなんですか。孫娘さんが―――って、ん?」
全員、ある一つの答えにたどり着く。鈴木が恐る恐る口を開く。
「あの……それってつまり……その、少女漫画ってことですか?」
「ん、そういうこっちゃな」
「……」
「あー、おめぇら!今心の中でキモいジジイとか何とか思ったじゃろ!顔に出とるぞ!」
「い、いえ、とんでもない」
「わしが何読もうがわしの勝手じゃろ!女が男のマンガ読むのは良くて、男が女のマンガ読んじゃいけないって、そんなこと誰が決めたぁ!」
「じ、じーさん……。おさえて、おさえて……」
「男が女の漫画を好きで何が悪い!そんなの世間の偏見じゃろうがぁ!そういう差別が、いらん偏見を生むんじゃあ!」
激怒のあまり饒舌になる香島。鬼のような表情で四人に詰め寄る。
「か、香島さん、血圧上がって死にますよ!」
「お、男が少女漫画を読んで良いと思いますよっ!俺は」
「い、今の時代は、お、男が少女漫画を読む時代ですよ!うんっ!」
「そ、そういえば、俺も、幼稚園の時に姉貴のヤツ読んでたわぁ―――。あはははは……」
四人がかりでなだめすかして、ようやく機嫌を戻す。
「ふぅ……。ところで、香島さんにとって人生とは何ですか?」
大学で哲学科を専攻したいと考えている太田が質問する。
「人生?急に難しい質問だなぁ―――。ま、でも、他人に迷惑を掛けない、ってのを信条にしてきたかな」
「へぇ、それはどうしてですか?」
「結局自分のことしか考えねぇ奴は、人から嫌われるからな。それは、昔も今も変わらねぇだろ?」
「なるほど。さすが人生の先輩!」
みんなが感銘を受けたその時、ロールスロイスが市街方面から走ってきて五人の手前で止まった。途端、香島の顔が蒼ざめる。
「あの、香島さん―――?この車って誰の―――?」
早川が尋ねるのと、車のドアが開くのはほぼ同時だった。
降りてきたのは、白髪頭にロイドメガネを掛けて、白い髭をはやし、豹柄のコートを着た派手な年配の男性と、まだ三十代くらいの少し大人しめの男性の二名だ。
「こんにちは、お久しぶりです」
若い男性が口を開く。
「あ、あぁ―――。北島さん、どうもご無沙汰しています」
「用件は、分かってますよね?」
「は、はい。借金のことですよねっ」
ヘコヘコと頭を下げる。四人は小声で言葉を交わす。
『借金ってことは、金貸しかな?あの二人』
『多分―――。香島さん、借金抱えているのかぁ』
『……てことはあの二人、よくドラマなんかで見る怖ぁ~い人たち、ってこと?』
『恫喝したり?うわぁ、なんか面倒くさいことになったなぁ……』
四人の密談をよそに、二人の話は続いている。
「―――金を返さにゃいけないっちゅうことは、充分、分かってますって。だから、もうしばらくお待ちを……」
「だーかーらーっ、待てないって言ってんの!今日は、本社から社長がわざわざ来てくださったんですから」
「えっ?社長?」
驚きの表情で、豹柄コートを着た男性を見る香島。
「まいど、金本です。いつもウチを贔屓にしてくだすって、ありがとうございます」
コテコテの関西弁だ。それが逆に圧迫感を人に与える。
「か、香島勝です。北島さんにはいつもお世話に―――」
「香島さん。あんた、借りたもん返さへんって、それは人間としてどうかしていると思いますよ。うちらはね、きちんと返してくれさえすりゃあ、何も言いまへん。せやけどね、借りたくせに期日までに返さなくて、もう少し待って下さいってほざく奴が私は一番キラいなんですよ。ふざけるなと、自分の立場分かってんのかと、思うわけですよね」
「それは、本当に分かっています。ただ、先月漫画本を一気に十冊も買ってしまったもので―――」
「聞きましたよ。少女漫画をお読みになるそうで。でもね、香島さん。あんた、他人にどんだけ迷惑かけていると思ってんの?そういう自己中の考え方は嫌われまっせ。さっさと金返しなはれや」
「か、金は必ず用意します。用意しますから、今日の所は―――……」
「チッ。まぁ、返してくれるならええわ。けど、あんまり北島くんを困らせんといて下さいね。後生やさかいに」
金本はそう言って北島と共にロールスロイスに乗り込み、その場を後にした。
後に残された五人の間に微妙な空気が流れる。
「ち、ちょっと事情があってな。借りたのは数百万ほどなんだが―――。いやぁ、安易に借金するもんじゃねぇな!」
「バリバリ人に迷惑掛けてるじゃないですか」
「自己中って言われていたし」
「ダメダメじゃん」
「だ、黙れ、黙れっ!おめぇらにわしの気持ちが分かってたまるかぁ!」
顔を真っ赤にして喚き散らす。これ以上いるとまたややこしい事態になる、と判断した四人はテキトーに理由をつけて帰ることにした。
「もう、そろそろ時間なので―――」
「もうか?まだ、来て一時間も経ってないじゃろ?」
「……計っていたのかよ―――」
「いや、もう充分です。今年一番カロリー消費したので……」
「おじいさんも長生きしてくださいね」
それじゃ、と背を向けて歩き出した四人だったが、すぐに呼び止められる。
「おい、おめぇら!ちょっと待てぃ!」
「もう!何ですか?」
「ん。ここで巡り合うのも何かの縁じゃけん。体験していがねぇか?」
「体験って、何を?」
「稲刈りだぁよ」
そう言って、小麦畑の隣にある田んぼを指差す。熟した稲が風に揺られている。
「稲刈りって……。俺ら、稲に触れたことすら無いですよ」
「だから、やるかって聞いているんだべ。やるか?」
「うーん。せっかくですけど、本当にそろそろ帰んないと、お土産買う時間が……」
早川が渋る。他の三人もそれに賛同する。
「また機会があったら―――。お元気で」
そんな機会は二度と無いと思いながら再度背を向ける四人だが、香島もあきらめない。
「じゃあよ、稲刈りはやんなくてええよ。おめぇらに、ある遊びを教えちゃる」
「遊び?」
遊びに反応する高校生四人。
「あっ。でも、遊びってベーゴマとかメンコとか、そういう昭和臭いのだったら御免ですよ」
「うんにゃ。おめぇら、『ミステリーサークル』って知ってっか?」
「『ミステリーサークル』だって⁉」
オカルト系の話が大好物な四人は、即座に反応を見せる。『ミステリーサークル』とは、イギリスのとある平原で最初に発見され、世界中で話題となった謎の模様のことだ。
「知ってます!『ミステリーサークル』!」
「ロマンがありますよね!」
「そうじゃろぉ?実は、その『ミステリーサークル』の作り方があるんだぁよ」
「ほ、本当ですか!ぜひ知りたいです!」
「教えちゃる。階段あるから気ぃつけろよ」
四人を田んぼにエスコートして、ロープと杭と鍬を渡す。
「おめぇら、コンパズって使ったことあるか?」
「コンパスですか?そりゃあもう」
「一応学生なので」
「ロープを付けた杭を田んぼの真ん中に立てて、まるでコンパズを使うかのように円を描く。そんで、円の内側の稲を全部取り除く。そうすりゃ、円形の『ミステリーサークル』の完成じゃ。取り除いた稲はそこの台車にでも入れといてくれ。ほれ、やってみい」
四人はノリノリで言われた通りに行動する。稲を取り除くのに時間がかかったが、なんとか『ミステリーサークル』を作るのに成功した。
「完☆成!」
形こそ不格好だが、それでも達成感は清々しい。
「いやぁ、この体験は北海道ならでは!東京じゃなかなか味わえないよなぁ」
「ホント、ホント。なんか、ここ来てよかったな」
四人がベラベラ話していると、香島が人数分の湯呑みに入ったお茶を持ってきてくれた。
「おめぇら!喉、かわいてねぇか?ほれ、飲めやぁ」
「ぼ、僕らの為に?」
「タダ働きさせるほど、わしゃあ鬼じゃない」
「ありがとうございます!」
やがて、別れの時。
「北海道来たら気軽に遊びに来いやぁ!おめぇらは家族も同然じゃけぇ」
「必ず来ます!絶対来ます!」
「それまで、お元気で!」
みんな、別れが惜しいようだ。鈴木に至っては、涙を流している。
四人は、走ってきた上り方面のバスに次々と乗り込み、外にいる香島と向き合う。運転手が発車のアナウンスをする。
「おめぇら!達者で暮らせぇーよぉ!また来るの待ってるけん!」
「おじいさんこそー!」
「さよーならー!」
ドアが閉まり、バスが走り出す。
香島はバスが見えなくなったことを確認してから背を向けて自分の田んぼへ向かう。
ペットボトルの容器を片付け、稲でいっぱいになった台車を引くと、悠々と自分の家へ消えていった。




