表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ―多分アイドル

元騎士の女の子達がトップアイドルを目指すお話です。

 職人の手によって綺麗に舗装されたレンガの歩道は美しかった。

 しかし、綿密に計算された並びと色の配置に感嘆する余裕は無い。


 ほんの少し少女の面影を残した女性は、美しい横顔を億劫そうに上げて、建物の看板を一つ一つ確認していく。


 腰まで伸ばした見事な銀髪が、さらりと風になびいた。


「通りを一つ間違えた?」


 女性は靴屋の錆びた看板の住所を読み取って、手元の地図と照らし合わせた。

 この辺りは同じような通りばかりで、迷路のように彼女を悩ませる。

 地図を逆さにしたり、角度を変えてみたりと色々試していると、すぐ近くで急ブレーキがかかったような耳障りな音が響いた。


 咄嗟に周囲を見渡したが、それらしき物体はまだ見当たらない。

 音の元凶が、猛スピードで近づいてくる。

 余程焦っているのか、入り組んだ道にもかかわらず、アクセルを緩める素振りが無い。

 思わず、反射的に身構える。


 すると、女性の右手側の通りから、元凶たる黒の大型魔動車が飛び出してきた。


「あっ」


 小さく上がった悲鳴に、彼女は弾かれるようにして駆け出していた。

 タイヤが削れるのも構わず、猛スピードで左折した車の前に少年が立っていた。

 少年の父親らしき男性が必死に手を伸ばしながら、目を剥いて絶叫する。

 向かいの歩道で立ち尽くす男性も、もう間に合わないと絶望するように悲鳴を上げている。


 次の瞬間、ドォン! と落雷のような轟音が響いた。


「あ、あぁ」


 少年の父親は顔を蒼白にさせて、曲がりきれずに向かいの建物に突っ込んだ魔動車を凝視した。

 魔動車は衝撃吸収の魔術を展開させていて、衝突の痕跡すらない。

 しかし、一瞬で瓦礫と化した建物の壁を見れば、どれほどの衝撃であったのかは一目瞭然だった。


 あの車の先に、或いは車の下敷きとなった少年がいる。

 愛する我が子の変わり果てた姿を想像して、父親は全身を激しく震わせ、涙を流した。


「そん、な。あぁ、ディミトリ……っ」

「あの、息子さんはここです」

「っ!?」


 背後から上がった声に、男性は飛び上がり、慌てて振り返った。

 声を掛けた女性もまた、つられたように肩を跳ねる。

 その腕の中には、姫抱きの状態で女性にしがみつく我が子の姿があった。


「お父さん!」

「え、あ? ディミトリ!?」


 女性がゆっくりと少年を降ろすと、少年は丸く白い頬を涙で濡らしながら、父親の胸に飛び込んだ。

 目を丸くしていた父親の顔に、徐々に安堵の笑みが浮かんだ。


 あの一瞬の間に、一体どうやって。


 浮かんだ疑問は、腕の中の温もりを抱き締めた瞬間に流されてしまった。

 女性は、涙ながらに抱き合う親子に怪我が無いことを確認すると、魔動車の運転手に視線を走らせた。

 衝撃吸収の魔術が発動しているおかげで、運転手への被害も少なかったのか、黒い覆面を被った運転手は、打ち付けた頭を覆面越しに摩っている。


「オイ、出て来い」


 女性の声が、凛と力強く響く。

 だが、覆面の運転手は下品に笑うと、指で首を横切った。


「やれるもんならやってみろ」

 

 覆面男はケラケラ笑いながら、ぐっとアクセルを踏み込んだ。

 車は街灯を曲げ、店の看板を破壊しながらスピードを上げる。


 上質の魔石を使用し、魔術に守られた特別性の車は、例えミサイルが飛んで来ても耐え抜くほどの性能だと言われている。

 それなりの魔石を使用したこの車に、そこまでの耐久性は無くとも、男にとっては十分だった。


 誰もこの車を止めることは出来ないのだから。

 笑いを堪えきれずに、口の端が持ち上がる。


 ふと男の視界を、銀色が掠めた。


「なぁ、今――」


 後部座席の仲間に問い掛けた男の言葉は、ドゴォ! という鈍い音に遮られた。天井が大きく凹んでいる。


「おぉ!?」

「なんだ、なにかいるのか!?」


 男の仲間達は反射的に身を屈めて、さり気なく窓際に張り付いた。

 覆面男はルームミラーでその瞬間を目撃し、額に大量の脂汗を浮かせた。


 有り得ない。先程の衝突でも傷一つつかなかった車体が、一瞬で凹むなんて。


 男の動揺がハンドルに伝わり、ぐらりと車体が大きく揺れる。

 それでも、天井に乗った何かが振り落とされることはなかったが。


「やれるもんならやってみろ? そうさせてもらうよ」


 頭上から、ぞっとするほど冷たい女性の声が聴こえた。


「さ、さっきの女か!?」


 返事の代わりに、天井から鋭い剣先が生えた。


「ぎゃあっ」

「やめろっ!」


 後部座席の男達は悲鳴を上げて、深々と侵入してくる刀身から逃れるように、必死に身を縮めた。

 青白い電流を纏った剣が、ギリギリと不快な音を立てて車体を斬り裂いていく。


「こ、こいつ『騎士』だ!」


 剣先に触れないように、痩せた体を丸めて男が叫んだ。


 魔術と剣術、その両方を学び、ライセンスを取得して初めて名乗ることを許されるのが”騎士”だ。

 中でもダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドのいずれかの階級を取得している騎士は、国内での剣所持と魔術の使用を認められている。


 それでも、この状況は有り得ないと、覆面の男は唇を噛み締める。


「そこらの騎士が、魔術防壁を破れるわけがねぇだろっ! 無理に突破しようってんなら、逆にてめぇが木端微塵にぶっ飛ぶぜ!」

「関係ないな」


 耳を塞ぎたくなるような不快な音を立てて、車の天井が見事にめくれ上がった。

 侵入者を排除しようと発動し続ける、透明の壁のような魔術を、彼女は目に痛い程の電気を纏って跳ね返している。

 女性は氷のように冷ややかな青い瞳で、ぐるりと車内を見渡した。

 何でもないような顔で膨大な魔術を発動し続ける女性に、男達はすっかり怯んでいた。


「まさか、『エデンの騎士』なのか!?」

「ば、化け物っ」


 途端、静かだった青い瞳に電流が走る。

 男達の悲鳴は、激情を宿した雷に呑まれて、掻き消された。




 魔石を破壊し、かろうじて原形を留めている車の傍に、ベルトやテープで拘束した男達を並べた女性は、窓から顔を出して様子を窺う住民達を見上げて言った。


「もうすぐ騎士団が到着して、この人達を連れて行ってくれると思います。騒がしくて、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる女性に、住民達は困惑した様子で顔を見合わせる。

 すると、車が来た方角から、二つの足音が近づいてきた。


 女性が顔を上げると、先ほど助けた少年とその父親が、息を切らしながら手を振っていた。


「お姉さん! よかった、追いついた!」

「まだお礼を申し上げておりませんでした。息子を助けて下さって、本当にありがとうございますっ!」

「そんな、私は」


 目に涙を浮かべて、何度も頭を下げる父親に、女性は困り果てたように眉根を寄せた。

 喜びと、安堵。そして切なさが入り混じった複雑な表情だ。


 子供を助けたという言葉に、警戒していた住民達の眼差しが緩んだ。


「お嬢さん、怪我は無いかい」

「さっきの雷の魔術、すごかったよー!」


 打って変わって称賛を浴びた女性は、照れくさそうに小さく会釈をする。

 少年は彼女の複雑な胸中を知らず、憧憬の混じった眼差しで見上げた。


「お姉さんは、エデンの騎士様ですか?」


 無垢な問い掛けに、女性は躊躇った素振りを見せて、ゆっくりと頭を振った。


「私は……違う。まだ正式に決まってないけど、多分アイドル」

「アイドルですか?」

「そう」

「アイドルって強いんですね! 格好良いです!」

「……えっと。どうかな」

「あの、何かお礼を」


 女性は困ったように笑って、もう一度頭を振る。


「いえ、受け取れません。それでは、私はこれで」

「あ、あのせめてお名前をっ」


 そう咄嗟に声をかけなかったら、今頃彼女の姿を捉えることは叶わなかっただろう。

 一つ瞬きする間に、彼女の背中は遥か遠くにあった。

 いつの間に? と親子揃って目を丸くする。

 姿を見失った住民達は、窓から身を乗り出して、あの美しい銀色を探していた。


 彼女は、銀髪を揺らして振り返った。


「プラズ」


 その姿は随分と遠いのに、凛とした声がはっきりと耳に届いた。


 銀髪の騎士プラズは、今度こそ振り返ることは無く、入り組んだ道の先に消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ