正義ども、中東へ
・影響を受けた作品はあるけど、二次創作物ではありません。
・フィクションです
叫び声が月夜を裂いた。カラシニコフの伴奏とともに。
「〇〇〇〇、〇〇〇〇!」
欧米の都市であったならば誰もが震え上がったであろうその聖なる者を讃える言葉もこの街では挨拶のようなものだ。古き教えを守り、死を恐れず、異教の侵略者たちを退けてきた戦士の雄叫び。それは常に自信に満ちているが、今宵はどうも違うらしい。
「剣一本で部隊が壊滅!奴は悪魔か⁈」
豊かに髭を蓄えた、しかし若さの残る男はうめく。偉大な指導者を守る最後の部隊を任されていた彼は決して無能ではない。戦士として世界最強とも言われる異教国家の兵を屠ること20人、指揮官として異端の者どもから村々を解放すること3つ。この聖戦に身を投じて以来あらゆる作戦に参加し、常に質も量も勝る敵に対して一度たりとも遅れを取らなかった。今、この時を除いて。
「おい!弾を持ってこい!ありったけだ‼︎」
黒パーカーの悪魔を倒すには銃弾が足らない。彼は幼い部下を呼んだ。その部下は信頼できる男である。暴走しがちな少年兵たちのなかにあってその部下だけは彼の命令を忠実に守った。そうして今回も鉛玉は確かに届けられた。
「うぐっ⁉︎」
背中にぶつけられた弾倉に驚き、彼は敵を見失う。部下が彼の邪魔をしたのか?そうではなかった。振り返った時、部下の少年はすでに天国にいた。
そして、悪魔がいた。
男は謎めいた敵も自分の死も恐ろしくはなかった。だが、かつて部下であったものの存在が、彼に砂漠の戦いにおいて最も貴重とされるものを2つ浪費させる。それはほんの僅かであった。
けれど、十分な量であった。AK47は彼の腕ごと叩き落された。何も感じさせない、ただ殺すためだけの影の剣技。彼の戦友たちを奪った技。
「悪魔め!」
彼は知らなかったが、彼の敵は異教の魔術師だった。幻影を見せ、それによって生まれた隙をついて背後に回る。それが魔術師の得意技。
「〇〇〇〇、〇〇〇〇!」
聖なる言葉を彼は叫ぶ。それまで彼の信じるものは彼に試練を与えるばかりであったがこの時は違った。仲間を失い、武器と片腕を失い、もはや死を待つのみとなった彼に聖なるものは最後の力を与えた。
伸ばされた手が悪魔が深く被っていたパーカーのフードを引きちぎる。青い目の異教徒か、それとも復讐に燃えた異端か。相打ちの覚悟を決めた男の五感はしかし、この世のものとは思えない甘い香りとともに桃色の絹糸が、長く美しい髪がひるがえる様を捉えたのみだった。
「女、か⁈」
敵を道連れにすることなく、男は心臓を貫かれた。冷たくも美しい、月明かりに包まれて。
「あまり感心せんな、倭国から来た者よ。」
戦いの中で崩れた髪を直し、剣先から滴る赤い雫を振り払う女に月が語りかける。なんと不思議なことかと平凡な人々ならば驚いたであろうが、魔術師にとっては日常茶飯事だ。だから彼女は無言で歩き始める。一刻も早く虐殺を命じる指導者をぶっ殺したい。
「正義の味方はただ前へと進む。いつの世でも変わらぬものじゃな。」
闇夜を照らす月は女との会話を諦め、そっと呟いた。遥かな時を生きる女王は魔術師という人種が余程のお人好しでもなければおしゃべりに付き合ってくれないことを知っていた。仕方ない、お節介な金星かあるいはやんちゃな火星とでも話そうか。
「私は、正義の味方なんかじゃない。」
しかし、女は答えた。星々までも驚きにまたたき、月とともに興味深く地上を見つめる。
「ほう、ならば悪党か?絶えることの無い流れと枯れ果てることの無い山々を離れ、こんな荒れた土地にやってくるのはそのくらいじゃろう。」
「イライラしたから来た、ただの気まぐれ。」
瓦礫の中を女は進む。時折コンクリートの塊や自動車の残骸が行く手を阻むが彼女は何もかもを軽々と持ち上げて道をひらく。その姿まるで神話の怪物のように見えた。
「きっかけくらいはあるじゃろう?」
「……この国を追われたある家族と、たまたま知り合った。その家の小さな子たちが故郷に帰りたい、そう言った。」
「なるほど、そして君には力があったというわけだ。子供たちに故郷を取り戻してあげられるだけの力が。」
興奮した火星が飛びつくように言う。火星は強い者が好きなのだ。
「そんな力は持ち合わせていない」
少しだけいらだちを感じさせる、しかし死んだような声で魔術師は答えた。腰から下げた魔法の剣がカチャカチャと鳴る。まるで何かを訴えるように。
「私、貴女のことをもっと知りたくなっちゃった!」
金星の言葉を皮切りに、星々は魔術師の過去を見た。それは言うまでもなく魔法の力。たくさんの小さな親切、それからひとつの大きな後悔がぼんやり見えた。
「……君はずいぶん多くの人の手助けをして来たようじゃな。ふむ、感心感心。」
「さっき感心しないと言ったばかりなのに、ひどい手のひら返し。信用性皆無。」
「永遠の輝きをもつ星も完璧にはなれんのじゃ。会話をするうちに相手への印象が変わる、それが自然じゃ。」
納得いかないという意思を魔術師は態度で示した。先ほどは容赦無く兵士を殺した時とは打って変わり、可愛らしく腕を組んでぷいっと月を睨む姿は年相応の少女のものに見え、幼い星たちをまたたかせた。火星は調子に乗って心に踏み込む。
「なあなあ!さっきの殺した男のこと、どう思ったか聞かせてくれよ!君ほどでは無いがこの辺じゃかなり強い奴だったんだ!」
「……なんとも思わない。」
赤く輝く惑星に魔術師は冷たかった。数多の星々が火星の失敗と軽薄さを笑ったが、月だけは笑う気になれなかった。魔術師が小さく震えたことに気がついたためである。また剣が鳴いた。
「……弱い奴は嫌い。」
魔術師はフードを深くかぶり直し、先を急いだ。間も無く夜が明ける。他人に手を汚させるばかりの指導者を、守られてばかりの卑怯者を、ぶっ殺してやるには急がないといけない。
「暴力はなにも解決しないわ。そんなことより私とおしゃべりしましょうよ!貴女は何か好きなものはあるの?」
金星はゆったりと話しかけた。けれど、魔術師は早口に答える。強い言葉が吐き捨てられ、大きなガレキが宙を舞う。
「今はもう無い。けど、死んじゃえばいいと思える奴をぶっ殺すのは好き。」
「そんな!」
金星はどうにか彼女をたしなめようとしたが、その輝きは人の生み出した閃光にかき消された。硝煙の香りが目にしみる。遠い国々の軍隊がやって来たのだ。
「正義の味方か、それとも悪党か。」
化学の光に星々が神秘を失う中で、月が呟いた。聞いていたのは魔術師ただ1人。でも彼女は何とも答えなかった。
こうして、とある国の悪しき指導者は理性的な人々によって倒された。長き迷妄のために荒れたこの土地も科学の力で蘇るだろう。正義を愛する人々はこの結果に満足した。そしてすぐに忘れ、そのまま思い出すことはなかった。
空は高く、青い。
雲の上を飛ぶ旅客機、そのさらに上。ずっと高い空を魔術師は箒を使って飛んでいた。東の故郷に帰るのだ。偏西風にあおられて魔法の剣がカチャカチャ鳴った。暖かい光が彼女に微笑む。
「YOYO、お嬢さん!欲求不満みたいだね!良ければ僕と遊ばない?」
「……タイプじゃない。」
彼女は冷たくあしらったつもりだったが、ポジティブな太陽は脈アリと捉えた。なにせ普通の魔術師は彼はの声など聞こえないし、聞こえても返事をしない。
「そんなことをさ、言わないで、YO!君の素直な気持ちを教えてYO!」
「……むかつく。」
「よく言われるYO!」
魔術師は太陽を一発殴ってやろうと思い、箒の高度を上げた。無論、そんな程度では太陽に届かない。魔法の剣を抜こうにも風が強くて上手くいかない。
「私は、無力。」
彼女は強い魔術師だ。しかし、伸ばした手も振り上げた拳も、いつだってあと少しのところで届かない。届かないならば、はじめから無いものと同じではないか。魔術師が憂いの色を見せたので太陽は口笛を吹いた。ナンパ師はチャンスを逃さない。
「そんなことはないYO!君は今、どこにいるんだYO!目下に広がる大雲海!地上にいたら、僕から見えない!僕からも、君は見えない!そしたらナンパもできないYO!」
「……?」
魔術師は首をかしげる。そんな動作なためか、フードから高空の風にあおられた美しい髪がこぼれた。陽に照らされて輝くそれは、どこか色っぽい。
「わからないなら、それでもいいYO!僕はスキ!君がスキ!高高度での出会い!マジ感謝!YO!」
「……久しぶりに、聞いた。」
「YO?」
太陽はちょっと気になったが、別に大したことではなかった。彼女はかつて彼女のことを好きだと言ってくれた人を思い出した。ただそれだけであった。
そして気まぐれに、なんとなく、礼を言った。
「……ありがとう。」
彼女の笑顔があんまりにも眩しかったものだから、太陽はちょっと照れ、偏西風は大いに揺れた。
勢いで書きました。可愛いは正義。