#1 「賢者との出会い」
Happy Life Story #1 「賢者との出会い」
あれは今から10年近く前のことだ。
裕太は中学生で、荒れに荒れた生活を送っていた。
学校では問題を起こし、家庭では暴れ、外では喧嘩ばかりだった。
自分で自分をコントロールできていなかった。
自分だけじゃなく、周りも、裕太のことを誰も止められなかった。
裕太は暴走していた。
身体的なことではなく、精神的に、暴走していた。
ある日、あまりにも問題だらけの裕太のことを、耐えきれなくなって母が発狂した。
父はそんな母を怒鳴りつけ、家庭はまさに崩壊していった。
そんな状況を見るに見かねた親戚が、裕太の家族にとある人を紹介した。
その人の名前は、平林と言った。
親戚の恩人で、どんなことにも助けになってくれる人だ、と言った。
裕太は毎週30分だけ、その平林という老人に会って話をすることを義務づけられた。
両親も、裕太と違う日に、老人と30分会って話をすることになった。
とにかく、訳が分からないまま、裕太の家族は平林という老人に会うことになったのである。
*
初めて老人の家に行った時のことを、裕太ははっきりと覚えている。
あんなにも大きくて綺麗な家を、初めて見たからだ。
一瞬にして、自分とは違う、裕福な人間なんだ、ということ悟った。
玄関をあがるなり、裕太はますますイライラしていた。
世の中は何て理不尽で、不公平なんだ。
自分はこんなにもつらい思いをしてるのに、一方で何の苦労も無い、こんなお金持ちの人がいるなんて。
ぶつぶつと独り言のように文句を言いながら、案内された部屋へ入った。
その部屋には、ソファーとテーブルしかなかった。
クラシック音楽がかかっていたように思う。
ソファーから立ち上がった老人は、70近いはずなのに、背筋がまっすぐで、いかにもお金持ちそうなダンディな人だった。
老人はにっこりと笑って、
「こんにちは。初めまして」
と言った。
裕太は下を向いて口を尖らせたまま、
「こんにちは」
と小さな声で言った。
「まあ、そこに座りなさい」
老人にそう言われ、裕太はソファーに座った。
一体何が始まるのだろうか。
全く想像も付かなかった。
老人に年齢と名前を聞かれたので、裕太はそっけなく答えた。
何でそんなことを答えないといけないのか、といった口調だった。
しばらくして、老人はゆっくりと話を始めた。
「君は何かに腹を立てているんだね。
それは学校の先生かもしれないし、周りの友達かもしれないし、お父さんやお母さんかもしれない。
とにかく、君は、君の周りの環境が気に入らないんだな。
分かるよ。
うん。
君のように、何もかもが気に入らないときも、人生にはある。
頭に来て、腹が立って、何もかもを壊してやろうなんていう悪意が湧いてきてね。
ワシもそんな時期があったよ。懐かしいもんじゃ。
ワシには良くわかるよ。
君は頭が良すぎるんだ。
周りの子よりも、君は頭の回転が早いから、色んなことが分かってしまうんだ。
だからイライラしてしまう。
思春期の少年には、なかなか厳しい現実だ。
こう考えてごらん。
これは、神様が君に与えてくれた試練なんだ、と。
毎日面白くなくて、腹が立って、イライラしてしまう。
神様はこんな状況で、一体どうしろと言っているんだ。
そう思ってるんだろう?
さて、じゃあこの試練をどうやって克服すれば良いのだろう?
学校の先生や、両親や、友達に八つ当たりしていても、何も解決しない。
そのことは、君が一番よく分かっているはずだ。
だからこそ、じゃあどうすれば良いのかってことが問題になる。
さあ、分かるかな?
ふぉっふぉっ。
答えたくなければ、無理に答えなくたって良い。
今からワシが答えを言うから、ちゃんと聞いておくんだよ。
神様からの試練は、いつも同じ方法で解決できる。
どんな形の試練であれ、どんなに違った試練であれ、解決方法はシンプルなんだ。
答えは、楽しむってことさ。
今の君の状況を、楽しむんだ。
どんな風に楽しんだって良い、やり方は自由だ。
とにかく、楽しめるようになったら、君はこの試練を克服できたことになる。
何で俺の気持ちが分からないんだ、バカやろーと考えたらダメなんだ。
ああ、自分の気持ちを分かってくれない人もいるんだな。
世の中にはいろんな人がいて、いろんな考えがあるんだな。
そう思いながら、人間を観察していると、なんだか楽しくなって来ないかい?
考え方を変え、ものの見方を変えることで、どんなことも楽しくなる。
それが楽しむってことだ。
分かるかな?
まあすぐに分からなくても大丈夫さ。
君は頭が良いから大丈夫だ。
冗談で言っているんじゃないよ。
ワシはその人の顔を見たり、波動を感じることで、その人がどんな人か分かるんだ。
君は純粋で頭の良い人間だ。
ワシが保証する。
今日はここまでにしよう。
またいらっしゃい」
老人の話が終わると、裕太はぼそっとお礼を言って席を立った。
何が何だか分からない話だった。
自分のことを頭が良いなんて言ってくれた人は、生まれて初めてだ。
頭の中は混乱したまま、裕太は家に帰った。
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賢者の教え #1
神様の試練は、いつだってシンプルなんだ。
その状況を楽しむことで、全てが解決できる。