彼らの仕事
調子にのって連続で投稿しました!
書き貯めしている話が増えてきたので、更新のペースを早めます。そのうち、また週一のペースに戻る予定です。
「ところで、しごとって、なにをしているんですか?」
いつもよりやけに多い人混みを掻き分けながら、ラスカはレイに尋ねる。
「え?前に見たことあるでしょ?魔物討伐だよ。一応、あいつもギルドに入会しているんだ。まあ、あいつの仕事は特殊なんだけどね。」
あいつ、とはディークリフトのことらしい。魔物討伐は他の冒険者もできる仕事だ。それがなぜ特殊なのかが分からない。
「魔物にも、普通の魔物と、特殊な魔物がいるってことだよ。」
「なるほど……」
「あと、私語は慎んでよ。君は今、謎の剣士ってことになっているんだから。もちろん、名前も呼ばないように。」
ディークリフトとレイは、個人を特定されないようにかなり徹底しているようだ。
「今回は、当たりのようだね。奴らの匂いがする。」
神殿に向かって走りながら、レイはディークリフトにそう言う。情報のあったその上空には、黒いシミのようなものがあった。
ゴゴゴゴゴゴ……
轟音と共に、空にあったシミは塊になって地上に落ちてきた。誰かの悲鳴がその場に響く。
異変を聞き付けて駆けつけていたであろう兵士達は、混乱する人々を制しきれずにいた。
「ちっ……役立たずばかりだ。」
ディークリフトが舌打ちしつつ、騒ぎの中心に無理矢理突っ込んでいく。中では、暴れる黒い塊と戦う兵士や冒険者らしき人達がいた。
ラスカはその中に見知った顔の者を見つけると、彼を庇うように剣を振るった。
「な…何が起きたッスか……?」
魔物の攻撃から身を守ろうと防御の姿勢になっていたのは、いつかラスカと共に魔物討伐に出掛けたスーだった。
「ボヤッとしているんじゃないよ!スー、あんた、死ぬ気かい?さっさとそこから離れなっ」
少し離れたところから彼とパーティーを組んでいるエレンの声も聞こえる。この二人も魔物と戦っていたようだ。
「はいッス!あ、助かりましたッス、白マントさん。」
スーは魔物から距離をとるために駆けていく。ちらっとラスカの持つ大剣を見たが、そのまま離れていった。
ーーー
時は、ディークリフト達が駆けつけるほんの少し前。魔物に応戦していた兵士達は、その異常な力になすすべがなかった。
攻撃が、まったく通用しないのだ。まるで煙を切っているように手応えがなく、そのくせ、相手は人から人へと乗り移っていく。
乗り移られた人は狂ったように暴れまわり、力が尽きると別の誰かに乗り移る。身体を求めて、黒い煙が憑依していく。その繰り返しだった。そしてそれは、あちこちで同時に起こっているのだ。
「隊長、このままでは……っ」
一人の男が、魔物に憑依された仲間から受けた傷に顔を歪めながら、苦しそうに叫んだ。
「もうすぐ援護が来るはずだ!」
隊長も必死な様子で叫んだ時、彼らの耳に、パンパンッと注意を引くように手をたたく音が聞こえてきた。
「ここは彼らに任せたほうが良いでしょう。怪我をされた方は手当てをいたしますので、どうぞこちらへ。」
見ると、異国風の黒髪の青年が魔物から離れたところに立っていた。その姿を見た彼らを率いる隊長が、嬉しそうに声をあげる。
「来てくれたか!よし、お前達、ここは引き上げるぞ。」
「隊長?!」
「見ろ、奴らが来てくれたんだ。このままいても足手まといになるだけだぞ!」
兵士達が見ると、今この王都で有名になってきている黒マントが飛び込んできたところだった。
「月夜の魔導士?!」
「百剣士もいる!」
魔物と戦っていた男達が、歓声をあげる。
「あれ?一人増えてないか?」
彼らはすぐに、今まで見たことのない白マントの人物に気がついた。見たことのない人物なら百の顔を持つ百剣士だと思っていたのだが、あきらかに使っている武器が違うのだ。
「なんだ、あの白マント……」
自分達よりも小柄な人物が、見たこともないほどの巨大な大剣を振るっている。まさに、異様な光景だった。
☆★☆★
ーーなに?このまもの……けむりみたい!
ラスカは自分の剣が空を切るのを、怪訝な表情で見ていた。当たってはいるのだけれど、相手は身体を持っていないようなのだ。
「……どうやら、まだ実体化していない魔物のようだね。それにも関わらずこんなに攻撃的とは……実体化した時が恐ろしいよ。」
レイの考察によると、まだ魔物になりきっていない魔物、ということらしい。
魔物に憑依されているであろう冒険者からの攻撃を防ぎつつ、ディークリフトはめんどくさそうに目を細めた。
「おい、こいつめんどくさいぞ。どうにかしろ。」
その時、黒い煙が彼に乗り移ろうとその身体に飛び込んだ。
「う……っ」
「まずい!月夜の魔導士の中に入ったぞ!」
「お前達も離れろっ」
ラスカは周囲からの男達の声を無視してディークリフトの方に駆け寄る。
「……ちっ」
かなり不機嫌な舌打ちと共に、彼の身体から黒い煙が弾かれたように出てくる。
「誰に憑こうと思っているんだ。あいにく俺は、これから喰おうとしている相手に、喰われる愚か者ではない。」
何ともないディークリフトに、ラスカも唖然とする。その前に、今この青年は奇妙な事を言っていなかっただろうか?
「だいじょうぶ……なんですか?」
「当たり前だ。あんなのに乗っ取られてたまるか。」
「す、すごいですね……」
気合いで身体に入った魔物を外に出せるのだろうか。ディークリフトは苛つきながら、数ヶ所で起こっている騒ぎに目を向けた。
「はぁ、最初は一つの塊だったはずだが。分散して、あちこちで暴れているじゃないか。」
「ひとは、きずつけられないです。」
「うーん……じゃあ、いっぺんに人から追い出して、さっさと倒せばいいんだよね?」
レイが不敵な笑みを浮かべる。普段のレイはこんな表情をしないのだが、変身している影響で性格も変わってしまっている。
「できるんですか?そんなこと。」
「まあ、力づくでいってみるよ。あ、でも一回だけだよ?俺も初めてだし、どれだけ力を使うか分かんないから。」
「でも、どうやってこうげきするんですか?」
「……俺が、無理矢理固める。」
氷の魔法を得意とするディークリフトなら出来そうだが……この二人、けっこう強引なところがある。
「じゃあ、この作戦でいこうか。頼むよ、月夜の魔導士?」
「ああ。」
レイは細い剣を地面に突き立てると、目を閉じて意識を集中し始めた。
彼を中心に地面に銀色の線が伸びていき、戦いの場全体に魔法陣が広がっていく。ディークリフトやラスカの足元にも銀色の光がほとばしった。
「むぅ……」
眉間に皺を寄せるレイに、兵士が斬りかかろうとする。すかさずディークリフトが氷の檻でその男の動きを封じ込めた。
「ありがとな、魔導士。《対黒魔》!!」
レイの声が響き、魔法陣が強く輝きを放つ。何人かの男達の身体から、黒い煙が空に上がっていき、一つにまとまっていく。
それを見て、ディークリフトは右手を魔物に向けた。広げていた掌をグッと握りしめた途端に、煙状の魔物は氷の殻に閉じ込められる。さらに、ディークリフトはそれを凝縮し小さくしていく。
「ねぇ、魔導士……もういいと思うなぁ?」
レイがひきつった笑顔でそっと声をかける。現在、ここら一帯に猛烈な魔力が伝わっているようだった。魔法が全く使えないラスカでさえ威圧感を感じる。ふと見ると、魔法使いと思われる人のなかには気絶寸前の者もいた……スーもそのうちの一人だ。魔法を扱う者達にとっては濃い魔力はキツいらしい。
そんな中、怪我人を介抱している異国風の青年がラスカの目に映る。青年はこんな状況でも作業の手を止めず、ちらっとこっちを見た。
目があった気がしてラスカは何故かドキッとしたが、側にいたディークリフトが動き出したため慌てて戦闘に意識を集中させる。
ディークリフトは上げていた右手を降り下ろす。その動きに合わせて魔物が地面に叩きつけられた。どうやら、今の彼は少々機嫌が悪いようだ。魔物が憑こうとしたときから苛ついている。そこに、レイが剣を突き立てた。
「散れっ!」
いつかと同じ言葉と白い閃光と共に、魔物は粉々に砕け散る。
はっ、と最初の誰かが気がついた時には、魔物も、月夜の魔導士一行の姿もそこにはなかった。