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LASKA  作者: 朝舞
第一章 はじまり
8/55

遭遇

「まったく……ラスカは世話がやける。」


歩きながら、その青年はぶつぶつと後ろを歩く少女に文句を言う。


「ごめんなさい……」


ラスカは彼の表情をうかがいながら、小さく首をすくめた。その様子に、青年の固かった表情が緩む。二人が人目のつかない路地に入った瞬間、青年の姿はパッと、ラスカの見慣れた姿に戻った。


「あんまり目立つことはしないでよ?」


つん、とした態度で言うきらめく金髪の小さな少年は、もちろんレイである。ラスカは、彼が巷で噂の百剣士であることに気付いていた。


というよりも、月夜の魔導士を見たときに、すぐにディークリフトだと気がついたのが最初だ。彼の毎朝の訓練を実はいつも見ていたから、魔法の使い方で分かった。

そして、彼と一緒に行動しているならこの少年しかいないだろうと何となく思っていた。


まさかレイにどんな姿にもなれるという能力があったとは思わなかったが、最初にこの少年と話したときも念話とかいうものを使っていた。

レイもかなりのハイスペックの持ち主なのだろう。


「はぁ、とりあえず、街に馴染んできているようで良かったよ。ただし、最初の目的は忘れないでね?」

「…………はい」

「……今、間があったのは気にしないでおくよ。」


ギルドに入会し、冒険者としてディークリフトの仕事仲間に認められ、彼らの管理する情報網を使って、自分に関する情報を集める。


ーー……うん、すっかりわすれていた。


ラスカは心の中で苦笑する。それほど、最近の生活が楽しくて仕方がなかった。

日中は王国の城下町で働き、時にはギルドの依頼も受けて、それ以外は聖域に戻り屋敷で過ごしている。ディークリフトが研究中のある試作品のおかげで、ラスカは一人でも聖域に戻ることができる。聖域からこの世界へ移動するにはディークリフトかレイの力が必要だが、ラスカにはそんな力はないので仕方ない。


レイが先に屋敷に戻ると言うので、ラスカはもう少しここにいることを彼に伝えた。まだ聖域に戻るには早いだろう。


少年が路地から立ち去るのを見届け、ラスカは再び歩き出す。一度は表通りへ戻ろうとしたが、そのまま小さな路地を進んでいく。


ーーこんな道を知っているだけでも便利だよね。


時と場合によっては、人通りの多い道よりもこういった小さな路地のほうが移動に便利だ。人目につかない分、危険なこともあるのだろうが、ラスカは気にせずに散策をする。


迷路のような道を突き進み、気がついた時には何やら不穏な空気を肌に感じた。彼女は、敵意や害意、殺意等、穏やかでない空気に敏感な面がある。


ーー何だろう……最近、厄介事に巻き込まれるようになっている気がする……


今日のように、何かから誰かを助ける、といった出来事は、今に始まったことではなかった。


だが、それを放っておけないのがラスカである。彼女はその厄介事の匂いの元へと足を向け、走り出した。



☆★☆★




数回角を曲がっただけで、その場にラスカは出くわした。男が数人と、今にも泣きそうな女性と、全身が黒い人影が見えた。


それを認識した時、彼女は咄嗟に女性の元へと駆け寄り、身体を引き寄せてその場から離そうとする。

その瞬間、女性の一番近くにいた男が膝を折った。


「……?!」


ヒュンヒュンッと何かが空を切る音と同時に、その場にいた男達は力を失ったように倒れていく。予測していなかった事態に驚きながらも、ラスカは一人佇む黒衣の人物に目を向ける。倒れた男達と比べると身体の線が細く、身につけているのはかなりの軽装に見えた。悠然としている様子から、この状況を生み出したのはこの人に違いなかった。


件の人物は倒れた男達を一瞥すると、ラスカに目を向ける。顔を隠している布の隙間から漆黒の瞳が見え、二人の視線が交差した。


ただ、それも瞬く間で、黒い人物の姿は目の前からかき消えた。


「……追わないのですか?」


声が頭上から降りかかり、ラスカは上を仰ぎ見る。いつの間にか建物の屋根の上に、消えたと思っていたその姿があった。

男のような、女のような、若いような、年期のはいったような……判断はし難いが、落ち着いた声だった。見るからに怪しい人物が、ラスカに向かって追跡はしないのかと問ている。


ラスカはその黒い瞳を見つめ、キッパリと言った。


「いいえ。」


追う必要はない。ラスカに庇われた女性は安心した表情を浮かべているし、彼らの間で何が起こっていたのか経緯を知らない。黒い人物からは敵意のようなものは感じず、仮に悪人だったとしても後から追跡すればいい。

だから、へたに首を突っ込む必要はない。


そんなことよりも、女性や、倒れた彼らの方が心配だった。


ラスカの答えを聞き、スッと目を細めると優雅に一礼をする。ラスカがはっとした時には、屋根の上の人物は今度こそ本当に姿を消していた。


ーー笑った……の?


ラスカは立ち去る間際のあの黒い瞳を思い出し、しばらくその場から動けずにいた。




ーーー




ラスカが黒い人物に出会った翌日、彼女はディークリフトとレイにその事を話した。

聖域の屋敷で朝食を摂りながら、彼らはその話を聞いて顔を見合わせる。


「どういうことだ、レイ。」

「オレも分かんないよ。ディークこそ何か聞いてないの?」

「知るか。でも、向こうが接触してきたってことは……お前も目をつけられたって事だ。」


ディークリフトが疲れたようにラスカに言った。


「めをつけられた?どういうことですか?」

「はっきりとは分からん。今はまだ何とも言えんな。」

「でも、ラスカにとっては都合がいいかもよ?」


ディークリフトとレイの反応はまるで正反対だ。あの黒い人物に目をつけられたというのは、良いことなのか悪いことなのか分からない。

そこでふと、ラスカは疑問に思う。


「ふたりは、あのくろいひとと、しりあいですか?」

「まあな。」

「うん。知ってるよ。」


ということは悪い人ではなさそう……かもしれない。相手からは敵意のようなものは感じなかったし、それどころかどこか品があるように思えた。


三人は朝食を済ませると、ラスカとレイは後片付けや掃除に取りかかる。それが一段落すると、剣の稽古や、言語や歴史などの勉強をするのだが、この日は違った。


「二人共、急いで集まれ。」


魔道具により、ディークリフトの声が屋敷中に響く。二人はすぐに居間へと向かった。屋敷の中心にあるので、集まるのはいつもそこなのだ。


「よし、来たか。」


すでにそこにいたディークリフトの身に付けている腕輪が、青白い光を放っている。

その光が集結し、掌程の大きさの人影が浮かび上がった。


「わぁっ……すごいです!」


ラスカはディークリフトの腕輪に顔を近づけ、その小さな人影を注視する。ぼんやりとしか見えないが、青年のようだ。彼はディークリフトの方を真っ直ぐ見ていた。


『上空に異変。場所は……』

「しゃべるんですか!」


レイがさっと唇に人指し指を当て、ラスカは慌てて口を閉じる。


『……私も向かいます。では、後程。』


光の中の人影は流れるような仕草で一礼し、そのままかき消えた。その品のある動きに、ラスカの脳裏にあの黒い人物が思い浮かぶ。

あの時の人物とは服装も違うし顔も隠していたが、やはり似ているところがあった。


「仕事だ、二人共。」


ディークリフトはさっさと自分の部屋へと向かう。


「わたしも……?」

「そうみたいだね。二人共って言ってたから。あ、ちょっと待ってて。」


レイはパタパタとどこかへ行くと、すぐに戻ってきた。


「これ着てよ。ディークと一緒にいる以上、ラスカも正体を隠さないといけないから。」


そう言って、白いフード付きマントを押し付ける。ラスカはそれを受けとると、服の上から羽織った。

ちょうどそこへ、同じく黒いマントを身に纏ったディークリフトが現れる。


「準備できたようだな。レイ、後はお前だけだぞ。」

「あ、忘れるところだった。」


レイがその場でくるっと回ると、光と旋風の後に、そこには一人の冒険者風の青年が立っていた。


「うん、こんな感じでいいや。」


姿を変えたレイが自分の身体を確認して、ディークリフトも頷いた。


「行くぞ。目的地のすぐ近くに扉を繋げる。」


ディークリフトが世界と聖域を繋げ、空間に空いた穴に三人は飛び込んだ。




☆★☆★




「お前に、聞きたいことがある。」


穴を通過しながら、ディークリフトはラスカを見据えて言った。


「お前は、俺が月夜の魔導士だと薄々気が付いていた。そして今、それが確信となった。」


確かに、ディークリフトがその姿になるのを目の前で見たのは初めてだ。

でも、ラスカは彼が何を言いたいのか分からない。


「……お前は、月夜の魔導士としての俺を初めて見た時、何とも思わなかったのか。」


それは、ドラクレイオスとパーティーを組んでいた時に見た、あの日のことだろう。あの時、ラスカは何を感じたのか……


「うーん……かっこいいと、おもいました。」

「……無垢というか、なんというか……」


ディークリフトは呆れたように目を細め、さっさと歩いていってしまった。



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