絶体絶命
「ほっほっほっ、見事でしたな。我輩は結局三匹ですぞ。」
「あたしはたった一匹だよ。」
「残りはラスカさんが仕留めたっスからねー」
「いいえ。」
ラスカは首を横に振る。
「みなさんの、おかげです。」
「ラスカ、あんたいい子だねぇ。」
「でも、防護壁をあんな使い方するなんて、思いつかなかったっスよ。」
ドラクレイオスがふと真顔になり、顎に手を当てる。
「しかし、今回は本当にラスカ殿に助けられましたな。魔物が六匹になった時、三匹は我輩に、三匹はエレンとスーに別れたんでしたな?」
「ああ。」
「そうだったっスね。」
「一人に対し相手が複数というのは普通は分が悪いんですな。それに、二人は周りを囲まれ攻撃も脱出も、我輩の援護もできない状況になってしまった。」
「「……」」
実力のない冒険者だったら最悪の状況だった。
「そこへ、ラスカ殿が三匹のうちの一匹を吹き飛ばし、残りの二匹に自分の存在をアピールしたんですな。奴らの意識を、二人から自分に向けるために。」
あのとき、ラスカは魔物からかなり距離をとった。二匹のうち一匹でも向かってくるなら一匹ずつ、向かってこなければまたアクションをかけるつもりだった。
結果、二匹同時に突進してきたので、スーに一匹を足止めしてもらい、やはり一匹ずつ倒したのだ。
「なるほどねぇ。あの二匹の意識があたしたちから外れれば、あたし達も脱出して背後から攻撃できるからね。」
「あの状況でここまで考えていたなんて……頭がいいっス……」
「ほっほっほっ、二人もいい勉強になったようですな。」
満足そうに笑うドラクレイオスを、ラスカはじっと見上げている。
「むむ?どうかしましたかな?」
「しがい、ふえてました。」
エレンとスーに聴こえないように、ラスカは声を潜めて言う。
「む……」
「ちかくに、べつのむれがいたんですね。それが、さんせんしてきたんでしょう?」
「……バレてしまいましたな。」
同じ種類の魔物の死骸が増えていた。それらは全てドラクレイオスが一人で倒していたらしい。素手で、だ。一匹だけラスカのいる方に逃がしてしまったのだが、あの短時間であれだけの数を倒せるとは、なかなかの実力者のはずだ。
キラキラキラキラ……
ラスカの瞳が輝いている。
「ドラクさん、でしにしてください!」
「……ほ?」
「ししょうってよんでいいですか?」
キラキラキラキラキラキラキラキラ……
「む……まあ、いいですぞ。暇があればいろいろと教えますぞ。」
ドラクレイオスはラスカの尊敬の眼差しに耐えきれなかった。
「ありがとうございます、ししょう。」
「ドラクでよいですぞ、ラスカ殿。」
「はい、ドラクししょう!」
ドラクレイオスは「参りましたな。」と言いながら、ほっほっと笑う。
「ラスカ殿は、なぜそんなに強くなりたいのですかな?」
「わたしは、どうしてもぼうけんしゃとして、みとめてもらわないといけないんです。」
ディークリフトに、彼の仕事先の者達に認められるほど強くなるように言われているのだ。その人達に認められれば、ギルドの幅広い情報網を使いラスカに関することを調べることができる。
ディークリフトがそんなギルドの上層部の人達と繋がりがあるとは驚きだが、彼もそれなりの実力者なのだろう。
「でも、ぼうけんしゃはかっこいいです。みんなのためにたたかって、すごいです。わたしも、そうなりたいです。」
「ラスカ殿……その気持ち、忘れないでくださいですぞ。」
ドラクレイオスが感動したのかジーンとなっている。
ぎゅるるるる………
「これ、感動をぶち壊さないでほしいですぞ。」
「め、面目ないっス!」
ペコペコと頭を下げるスーの隣で、なぜかエレンが赤くなってうつむいている。ラスカもよく身体を動かしたので、お腹が空いていた。
……ごごごごご……
今のは、お腹の音にしては………
「むむ?」
「……!」
ドラクレイオスの顔つきが険しくなり、ラスカはエレンとスーの手を握る。
「走るんですぞ、皆の衆!」
ドラクレイオスが叫んだときには、ラスカは既に二人と駆け出していた。突然のことで彼らは戸惑っていたが、なぜ急に走り出すのか、その理由はすぐに分かった。
四人の足元の地面が突然崩れ始めたのだ。固いはずの地がみるみるうちに細かくなり、砂になる。
「間に合いませんぞ!」
ドラクレイオスはガシッとスーを掴むと、彼の身体を勢いよく投げ飛ばす。細いスーの身体は簡単に宙を舞った。
「ひゃぁあああっ?!」
咄嗟に防護壁を張り、地面に叩きつけられる。衝撃はある程度吸収されたがそのエネルギーで壁は壊れ、そこにエレンが降ってくる。
「うぐ……っ……ぅ。」
「うわっ?!……って、スー!気絶するんじゃないよ!」
エレンはパッと立ち上がると、つい先程までいた場所に目をやり、青ざめた。
「えっ……」
巨大な穴が地面に空いている。その縁にしがみついている少女の姿を見つけ、エレンは急いで駆け寄ろうとした。
「だめ、です!」
ラスカが必死に彼女を止める。見れば、わずかな振動でも土がポロポロと崩れていた。エレンもそれに気がつき、慎重にラスカに近づく。
「ラスカ、あたしに掴まりな!」
そう言って穴を覗きこみ、エレンは絶句した。
ラスカは、片手でドラクレイオスの手を掴んでいたのだ。そして、鉢状になった穴の底には、蜘蛛のような姿の巨大な黒い魔物がいた。
「エレンさん、ラスカさ……」
復活してエレンのもとへ来たスーもこの光景に震えあがる。
「だめ、早く、一緒に逃げるんだよ……っ」
エレンは涙目になりながらも、ラスカの身体を引き上げようとした。スーもそれを手伝うが、二人が力を込めて引き上げようとすると彼らの足元が崩れそうになった。
「っく……!」
ラスカのしがみついているところも崩れ始め、彼女の身体が傾く。
「ラスカ殿、手を離すんですぞ。ラスカ殿だけなら、まだ……」
「いやです!」
「ですが、このままだとそこも崩れますぞ。」
ドラクレイオスのいう通りだった。穴は鉢状で側面に身体は付いているのだが、中は細かい砂になっているので踏ん張ることができない。もがいてももがいても、砂の中に埋もれるだけだ。
ーーうごけば、うもれる……?
穴の底では、長い手足を動かしながら獲物を待つ魔物の姿が見える。
「……」
ラスカはドラクレイオスをじっと見た。彼はラスカの視線をどう受け取ったのか、小さく頷く。
ぱしんっ
ラスカの手が一瞬緩んだのを見て、ドラクレイオスはその手を振り払った。
「「ドラクさんっ!!!」」
エレンとスーが彼の名を叫ぶ。
「エレンさん、スーさん!」
ラスカの声に、二人はハッとして彼女を見る。少女は二人を見上げると、にっこりと笑った。
「かえりましょう、みんなで。ここはあぶないので、もっとはなれてください。」
そして、ラスカもぱっと手を離した。
「「ラスカ(さん)!!!」」
穴の中腹部でなんとか落ちまいとしていたドラクレイオスも、砂に埋もれながら驚愕の表情を浮かべていた。
「ラスカ殿?!」
ラスカは流れ落ちる砂に一切抵抗することなく、背中で滑っていく。魔物も予想外だったのか、スピードを上げながら迫ってくる少女にギョッとしていた。
ッシュッッッ……ッッ!!
魔物の身体が勢いよく切り裂かれる。
ラスカは魔物の身体に飛び乗ると、そこを足場にして次々と手足を切り落としていく。
「助太刀ですぞ!」
ドラクレイオスも彼女の背後から伸びてきた魔物の手を切り裂いた。
「二人共、そいつの頭から離れるんだよ!」
エレンの矢が、魔物の頭部に集中して襲いかかる。先程よりも動きが鈍くなってきた時、スーが眼下にいる二人に向かって手を招いた。
「こっちに向かって、思いっきり飛び上がってくださいっス!脱出するっスよ!」
「あんた、この距離では届かないだろ?」
「試してみないと分からないっスよ。あ、タイミングは二人同時にお願いしますっス!」
ドラクレイオスはスーの顔を見て、ニカッと笑った。ラスカも頷くと、ドラクレイオスの手をしっかりと握る。
二人は顔を見合わせると、力強く魔物の背中を蹴った。
常人とは比べ物にならないほどの跳躍力だが、穴の中腹にも届かない。
二人の身体は限界まで高く上がり、その後落下を始める。
「ウォール!」
トンッ
「ほ?」
「なに?」
すぐに、二人の足の裏には固い感触があった。頭上では、スーが小さくガッツポーズをしている。
「成功っス!今度はそこを足場にしてくださいっス。」
スーは、二人が落下する前に、彼らの足元に壁を生み出したのだ。それを2、3回繰り返し、二人は無事に脱出できた。
「早くここを離れよう。ギルドにも報告して、部隊をつくってこいつを倒しに来ないと。」
「エレンの言う通りですな。こいつは厄介ですぞ。」
「ひいいぃっ?!もう動いてるっス!」
魔物はうねうねと蠢き、切断面からは黒い何かが漏れ出ていた。その黒い粒子は、傷痕を塞いでいるように見える。
慌てて王国へと戻ろうとするなか、ドラクレイオスだけが「おおっ」と嬉しそうに声をあげる。
「三人共、あれを見……」
「ドラク、今はそれどころじゃないよ!」
ぴしゃりと話を遮るエレンに、ドラクレイオスは後方を差して言った。
「月夜の魔導師と百剣士が来ておりますぞ。」