送り主を探して
ーーー
朝。
夜が残した涼やかな気配を纏っていた太陽が、それをすっかり脱ぎ捨てて、照り輝く本来の活力を取り戻した頃。
ようやく、それぞれが行動を開始する。
いつもと比べると遅い時間帯なのだが、ラスカはふわりと欠伸をしていた。
昨夜はよく眠れなかったのだ。言葉には出さないものの、他の皆も同じらしく、僅かに顔色が沈んでいた。
「……」
通りを歩いていた彼女は、すっと脇に剃れる。一歩足を踏み入れれば、そこは細い路地だ。
地図を持ってはいるものの、それにはほとんど目を向けずに、変わらぬ歩調で進む。
複雑に絡む路地裏は、周囲を建物で囲まれている為、あまり日が差さない。表の通りに比べるとひんやりと湿っぽかった。昨日と雰囲気が違うのは、時間帯によるものだろう。
夕方にあったじっとりとした感じが、夜の間に露で洗われて、日の光に浄化されたかのような。
朝の清々しさは、このような場所でも感じられるものだ。
「着きました。」
そう、声をかける。
「……ここ、が……そうなんだ……?」
彼女の後ろをついてきていたサーシュは、顔をあげた。同じように地図を見ながら歩いていたようだが、現在地も分かっていなかったらしい。
調査をするなら、協力的な人を頼った方がいい。
そういう理由で、この小さな家を訪ねて来たのだ。
「ラスカおねぇちゃん!」
二人が玄関までたどり着かないうちに、扉が勢いよく開いて白い少女が飛び出してきた。
「あそぼうよ!いっしょにあそぼ!」
「ハンナちゃんは、今日も元気ですね。」
顔を綻ばせるラスカの手を、少女は力強く引く。溢れる喜びに弾けるように、跳びはねながら。遅れて出てきた母親が声をあげた。
「まぁ!いらっしゃい、ラスカさん。ごめんなさいね、この子ったら……。」
「落ち着きなさい」と娘を嗜めつつ、二人を中に招き入れる。
「驚いたわ、また来てくれるなんて。ここは、そう簡単には来られない場所だから。」
女性の声には、ハンナと同じような喜色が滲み出ていた。見るからに来訪者は少ないだろうし、その反応は当たり前なのかもしれない。
ハンナにせがまれてラスカが遊び相手になっている間、サーシュが女性にここを訪れたことの顛末を話す。
「それなら、心当たりがあるわ。」
話を聞いた彼女は、あっさりと言った。
「一つだけ、花束が届けられたのよ。送り返そうとしたんだけれど、送り主が分からなかったから、それもできなくて。」
「……なんで……送り返そうと……?」
「ここに郵便物が届いたことはないからよ。間違いだと思ったの。」
配達員でさえもこの辺りは迷ってしまうことがあるらしく、迷惑をかけないようにと、郵便物は夫の経営する飲食店に届くようになっているらしい。ここの住所は誰にも教えていないという。
「やっぱり、そう簡単に送り主は分かりませんか。」
ラスカは少女と遊びながらも話は聞いていたのか、サーシュの方に一瞬視線を送って言った。
「……でも、変な花束が……送られていたのは、分かった。……これは、重要な……事実。」
「そうですね。」
ここに来る前に郵便局でも調べたが、不審な物は無かった。
ーーということは……
送り主は、直接花束を配ってまわったのだろう。
ーーー
「君か……。もう、驚いたじゃないか。」
「…………えっと、ごめんなさい?」
その人物のあっさりとした物言いに一瞬戸惑った後で、レイはとりあえず謝罪する。
「……あ。」
少年の目の前の人物ーー神官は、はたと動きを止めた。
ややあって、こほんと一つ咳ばらいをする。
「……突然背後に気配がしたので、驚いてしまいました。」
何事もなかったかのように、柔らかい微笑を浮かべたいつもの神官がそこにいた。
傍らで、星詠みが淡々と話す。
「……素が出てましたよ。『神官モード』に切り替わっても、たぶん遅いすよ。」
「『神官モード』?星詠みはおかしな事を言いますね。私はいつもこうですよ。」
「そうすね。」
神官の言葉を受け入れているのか、聞き流しているのか。おそらく後者だがーー星詠みは、それっきり閉口する。
本題に入るために、意図的に会話を絶ちきったのだ。
レイはそれに気がつき、改めて二人を見上げた。
「本来なら然るべき手順を踏んで来なければならないんですけど、」
「構いません。」
少年の言葉を途中で制し、神官は真っ直ぐな眼差しを向ける。
「用件は何ですか?急いでいるのでしょう?」
見抜かれている、と少年は神官の目を見つめ返した。
ぞんざいな性格と聡明さ。一見異なる性質をあわせ持つこの人の人格の根底は、レイにも分からない。
ーーそれはともかく
「神官様に、確認したい事があるんです。」
いくつかの質問をするだけだ。
ただ、レイにとっては、その答えだけが重要な訳ではない。
何気ない会話の中で、仕草、表情、僅かな目の動き、質問に答えるまでの間ーーあらゆる情報から相手の心理までを見極めるのだ。
答えの信憑性を、確かめるために。
観察とは注意深く見ることだが、その対象に悟られてしまっては意味がない。
あくまで自然に。
だから、相手は分からない。
狩られる直前まで。
狩られても、理解していない。
なぜ、捕まったのか。
なぜ、狩人がいるのか。
ーーいつから、観られていたのか。
ーーー
ーーお願い、目を覚まして
ぐったりとしているキットを、ぎゅっと抱きしめる。
弟のような存在だから。家族のような、大切な仲間だから。
だから、もう失いたくない。
顔を上げると、少年の姿は消えていた。その代わりに、不安そうに私を見上げていたのは、見覚えのある子供達。
ーーあぁ。
いつのまにか、場所が変わっていた。
檻の中。大きくて狭い、あの場所。
何もかもを失った私に、与えられた場所。
足を見る。鎖で繋がっている。
ーーなぜ?
これは、かつての私。
『ここから出ようと思わないのか?』
古風な着物を着た少年が、私の顔を覗きこんできた。
この光景を知っている。
この少年と入れ替わるようにしてマスターがやって来て、私と子供達をここから出してくれた。
そう、私はここを出たはず。
これは、私の過去の記憶。
『そうじゃ。』
少年が、あの時とは違う事を言った。
『これは、そなたの夢ーー
ーーー
「よかった、気がつきましたね。」
いつのまにか、紅茶色の目の少女が側にいて、私は彼女をぼんやりと見ていた。
彼女が誰なのかを脳が認識するまでに、少し時間がかかった。
「……ラスカ様?」




