毒と花
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「この子も、熱が出たのよ。」
しばらくして、女性は少女の白い髪を撫でながら話し始めた。
「そこに、あの御方が……」
口ごもるのを見て、ルイがそっと僅かに震えているその手を握る。
『だいじょうぶ。なにも、しんぱいしないで。』
柔らかく微笑む少女は、それだけで人々を魅了してしまう。女性の心も、春の陽気に包まれた雪のように、ゆっくりとほどけていく。
「ーー!」
ルイの胸元のブローチを見て、女性は瞠目する。ブローチは淡い輝きを放ちながら、神殿の紋章を浮かび上がらせていた。
「称号者……?」
「一応な。」
苦々しく答えるディークリフトに、女性の表情が少し和らぐ。
「でも、それなら……あの御方の意に反さないはずね。」
ゆっくりと深呼吸をして、女性ははっきりと言った。
「あの御方ーー神官様が、現れたのよ。」
ーーー
「騒がしいな。」
宿へ向かう途中、何やら人々がざわついていた。四人が顔を見合わせていると、彼らに気がついた数人が慌てた様子で呼び止める。
「あぁ、いいところに!ちょっと来てくれ!」
「急いで診てほしい人がいるんだ!」
ルイが勢いよく飛び出し、ラスカも少女の後に続く。ディークリフトとレイは状況の把握に努めた。
「熱で倒れた人がいるらしい。この辺りの人じゃないみたいだけど……」
「ディーク、まさか……」
レイが緊張した面持ちで青年を見上げる。
少年に対して何も答えず、ディークリフトはその民家の中に足を踏み入れた。
「ディークリフトにぃ!」
部屋にいた人の中で、小柄な影が声をあげる。すっぽりと身を包んだ外套に、顔も分厚い布で覆われているが、すぐに誰か分かった。
「キットか。」
荒い息で眠っているのは兄さんだ。漆黒の髪の毛は汗で肌に張り付いている。こちらは、いつもの普段着だった。
「にーちゃんが、にーちゃんが!」
「落ち着け、キット。」
「うにゃ……」
「……ルイがいるから心配するな。」
半泣きの少年に戸惑いつつ、少女を指し示して見せる。
ルイは落ち着いた様子で頷いた。
『だいじょうぶ。げどく、した。』
「解毒、ですか?」
予想外の言葉に驚くラスカに、「そうだ。」とこの家の主人が答える。
「毒を摂ってしまったと言っていた。最初は、その少年の方がぐったりしていたんだが、こっちの方が重症だったらしいな。」
医者を呼ぼうとしたが止められ、ディークリフト達を探して呼んできてほしいと頼まれたようだ。
「あと、これも。渡してくれって。」
受け取った資料をレイがパラパラと捲るのを見て、男性は安堵の息をついた。
「これで、頼まれていたことはやったよ。……全く、心配させやがって。」
ベッドに向けて穏やかな口調で言った後で、気を遣ってか家の奥へと姿を消す。
「流石だね。」
資料に目を落としたまま、レイは感心していた。
「兄さんは、ちゃんと手がかりを残してくれたみたい。」
ーーー
宿にいたサーシュに兄さんを任せ、キットを含めた5人は再び町に出る。レイは、兄さんが残した資料から地図を取り出すと、キットに見せる。一ヶ所だけ、印がされている家を指し示した。
「この家、覚えている?キットと兄さんが最後に行った場所なんだけど。」
「もちろん、覚えている……にゃ?」
首をひねるキットに、レイはゆっくり確認するように話す。
「キットの記憶は、途中で途切れているはずだよ。」
「そういえば、気がついたら、さっきのおじさんの家にいたにゃ。」
ラスカは、『少年の方がぐったりしていた』と、あの家の主人が言っていたことを思い出した。
「この印がされている家の調査をしている時に、キットは眠ってしまっていたんだよ。」
「……にゃっ!」
思い出したのか、小さく声を漏らす。
「確か、あの時……にゃんかいい匂いがしたにゃ。随分と雑草が生えている場所で……気持ちよくて、とろーんと……」
「って、眠っちゃだめですよ!」
本当に眠りそうになるキットの肩を慌てて揺すりながら、ラスカは少年の様子に既視感を持っていた。
前にも、同じような光景を見たことがある。
そう、たしか、初めて会った時ーー
「そういえば、前に薬草で酔っていたことがありましたよね。」
「そうだね。キットは特殊な感覚をもっているから。」
レイ相槌をうち、続ける。
「ただ、今回は薬草じゃなくて、毒草だったみたい。」
兄さんはそれに気がつき、茂みからキットを連れ出した。その時に外套がどこかに引っ掛かり、袖が捲れて、腕に葉で切り傷をつけてしまったらしい。
そこから毒が入ってしまったのだろうということだった。
「一応、応急措置はしたみたいだから、症状は軽減しているはずだよ。」
「にゃ……」
「キット。」
落ち込んでいる少年に、レイが少し大きな声で注意を向ける。項垂れていた彼がびくりと顔を上げたのを確認すると、いつもの静かな声で尋ねた。
「この家で合ってる?」
目的地に到着したようだ。キットがしょんぼりと頷くのに対して、レイは苦笑した。
「別に、誰も責めてないし、怒ってないよ。兄さんと一緒にいたのはキットなんだから、頼りにしてる。」
「……分かったにゃ。」
いくらかしゃんとしたキットは、家の裏手へと続く細い通路を指差した。今は空き家になっているこの家と、隣の家との距離は狭く、人が一人通れる程度だ。
「奥の方だにゃ。」
「壁まで蔓が伸びているな。ーーちょっと待ってろ。」
ディークリフトが一人で進んでいくのを、慌ててキットが追いかけようとする。レイがその腕を掴み、何とか引き止める。
「ちょっと!今行っても危ないよ。」
「でも、ディークリフトにぃは?」
「何か策があるんだよ。」
その間に、ディークリフトは奥まで進んで行く。
「凍てつけ」
たった一言で、右手の指輪が光を放った。
カツ、カツ……
彼が近づくと草花は凍りついていき
カツン、カツン……
通り過ぎた後には氷に閉じ込められた空間が広がった。
一番奥まで進んだところで、くるりと後ろを振り返る。
「ルイ。どれが毒草か視てくれ。」
『はーい』
呼ばれた少女は、慎重に、その氷のトンネルに入る。じっと周囲に目を凝らすと、すぐに青年に手招きした。
『これ!このはなのどく、にぃにといっしょ。』
「この青い花か。」
氷ごと花を折り、持ってきた瓶へ入れる。
「戻るぞ。」
「あれ、そのままで大丈夫なんですか?」
表へ出てきたディークリフトに、ラスカは氷漬けになった通路を指す。
「簡単には溶かされない。それなりに魔力は込めたから、半月はもつ。……これから、じっくり調べないとな。」
カラリと、瓶の中で冷たい音がした。




