白い子供達
ルイの言う『しろいおにぃちゃん』は、他の三人には見えなかった。
「魂、ということか。」
ディークリフトがすぐに察する。つまり、もう亡くなっている子なのだろうか。
先頭を進んでいたルイは、彼を見失わないようにすることに精一杯なようで、躓きそうになったり壁にぶつかりそうになったりしている。見かねたディークリフトが、そんな少女をひょいと抱き上げた。
『?』
「ルイ。危なっかしいから、方向だけ教えてくれ。」
『わかった』
今度はディークリフトに背負われて行くのだが、徐々に疲れが出始めた様子で、目をしぱしぱさせている。
『あれ?おにぃちゃーん!』
しばらく進んだところで、ルイは周囲を見回しだした。
「見失ったか。」
『うん……あ、いた!あっち』
呼ぶと戻ってきてくれたらしい。『彼』は、先導者としての役割をしっかりと果たしているようだ。
「ねぇ、ラスカ。」
いつのまにか、路地は複雑に入り組んでいる狭い道になっていて、レイは既に道順を覚えていないようだった。ラスカを見上げた瞳は、どこか不安そうに見える。
「これ、案内がないと絶対に迷うよね。帰り道も教えてくれるのかな?」
「どうでしょうか……?でも、帰りは大丈夫ですよ。」
大きな通りに出てしまえばいいからだ。
その過程の複雑な路地は、道順が違ったって構わない。
そんな会話をしていると、案内人を探す少女の声が再び響く。
『おにぃちゃん、おにぃちゃん』
ラスカも立ち止まり、周囲を確認する。
ーーあれ?この家……
ひっそりと隠れるように建つ小さな家。見落とされてしまっていたのか、地図にもその姿はない。
該当する位置に小さな印をつけていると、件の家の扉が開いた。
「……大丈夫?誰かを探しているみたいだけど。」
ルイの声を聞きつけたようで、心配そうな顔をした女性が声をかける。彼女は、目以外には露出のない奇妙な格好をした四人を見て、戸惑いつつも遠慮がちに尋ねた。
「もしかして、迷子かしら?」
『しろいおにぃちゃん、さがしてるの。』
そう答えるが、残念ながらルイの言葉の意味は正確には伝わらないだろう。レイは女性に首を振り、迷子ではないことを示す。
「大丈夫です。心配しないでください。」
「…………」
「……?あの、顔色が悪いけど……」
女性の顔は、血の巡りが突然途絶えてしまったように、青白くなっていた。心配して駆け寄ろうとするレイに、彼女ははっと息を飲むと、少年を拒絶するように手を振り払う。
ぱしんっ
その僅かな音は、流れていた時を割ったように、一瞬の静寂を生み出す。
「……あっ、ごめんなさい!」
女性は我にかえった様子で、動きを止めているレイを見た。
「私は大丈夫よ。ちょっと、ぼんやりしてたみたい。」
少年の頭を優しく撫でると、女性はそそくさと扉を閉めようとする。
その直前、駆け寄ってくる足音が家の中から響いてきた。
「ーー駄目よ、部屋にいなさい。」
「いや!」
女性の押し殺した声とは対称的に、元気な少女の声が聞こえた。
扉が僅かな開閉を繰り返し、押し問答をされていたが、開いた瞬間に小さな影が隙間をすり抜けてくる。
「おにぃちゃん!」
飛び出してきたその少女は、真っ直ぐにディークリフトに駆け寄ると、彼にしがみついて顔を擦り寄せた。
ルイを背負ったままの青年は為す術がなく、されるがままだ。
「ハンナ、家に入って!」
「いやー!」
いやいやと首を振り、より強くしがみつく少女を見て、女性はため息をつく。
そして、扉をゆっくりと開けると、まだ強ばった顔で四人に目を向けた。
「もし時間があるなら、少しだけでもあがってくれるかしら?」
☆★☆★
「さっきは、ごめんなさい。あの子、自分の兄だと勘違いしてたみたいで。」
「そうか。」
ディークリフトは短く答え、少し離れた場所で遊んでいる二人の少女を眺める。
「ハンナ、だったか。愛嬌があって、元気だな。」
「ええ。」
ディークリフトの言葉に、女性は静かに頷く。
「あなた達は、あの子を見ても驚かないのね。」
女性はどこか遠い目で、娘を見る。肌はもちろん、髪の毛や、睫毛の一本一本まで、少女は新雪で出来たかのように真っ白だった。
「そうだな……」
改めて少女を眺め、表情を変えずに答えた。
「雪の精のようで、綺麗だな。こうして見ると普通の子供だが。」
「……っ!」
目を見開き固まる女性に、彼は怪訝そうに眉を寄せた。
「どうした。」
「いいえ。」
慌てて視線をそらせると、何でもなかったように、すぐに穏やかな表情を繕う。
「……そういえば。あなた達、少し前に流行った病気の調査をしているんでしょう?最近、噂になっているのよ。」
「オレ達のこと、知ってるんですね。」
話を切り出すタイミングをみていたレイが、落ち着いてその流れにのった。
「実は、情報の提供者を探しているんです。その……」
少し言い淀んで、言葉を続ける。
「白いお兄さんが、ここまで案内してくれました。」
「まさか……」
女性の瞳には、畏怖の影が落ちていた。レイの手を振り払った時と同じく、明らかに怯えている。
少年は安心感を与えるために、穏やかな口調で彼女に語りかける。
「ここの人達は、何かを隠しているでしょう?何を守ろうとしているのか、知りたいんです。」
「知りません、何も、知らない。」
震えるように首を振り、女性はガタリと椅子から立ち上がった。突然の大きな音に、ルイとハンナが驚いて寄ってくる。
「どうしたの?」
「何でもないのよ。」
彼女は、娘を守るようにそっと抱き締めた。
「そうなの?」とハンナは女性の表情を確かめようとしたが、何かを思い出したらしく、ころりと無邪気な顔になる。
「……あっ、おかあさん、みてみて!ルイちゃんが、かいてくれたの!」
少女がにこにこと母親に紙を見せる。同じ笑みを浮かべる、彼女とそっくりの顔が描かれていた。
もうひとつあるよ、と見せられたそれに、女性は硬直した。
「おにぃちゃんだって!」
その特徴から察してはいたが、ここまで導いてくれた案内人は、やはり、ハンナの兄だったようだ。
「……そう……あの子が、ここに……」
彼女は、口元を押さえて座りこんだ。
後に続く言葉はなく、ただ小さな嗚咽が漏れるだけだった。




