消えた痕跡
「まさか、成果なしとは。」
初日の活動を終えて宿に戻った彼らは、現状に困惑していた。感染者たちは皆亡くなっているか完治しているかで、脅威は既に去った後のようだった。
「しかし、このまま終わって良いのでしょうか。」
兄さんに問いかけられ、最初の発言から瞑していたディークリフトは目を開ける。ややぼんやりとしていて、ここではないどこかを見ているようだった。
「気になることがあるようだな。」
一点を注視しながら言う彼に、「ええ。」と兄さんは頷く。
人々が、何かを隠しているーーそのことに、皆気付いていた。
それは、放っておいていいものではないのだろうという事も。
「何かが、あるはずです。それも、今回の伝染病に少なからず関係している。」
「ああ。」
ゆっくりと、ディークリフトは息を吐く。霞んだ青い瞳に、強い光が見えた。
話をしながらも別の思考をしていたのが、まとまったらしい。
「病原だけははっきりさせておきたい。感染者がいないなら、違う方法で病原を特定するしかないな。」
ーーー
次の日。
兄さんとキットは、昨日訪れた家々を再び巡っていた。
「息苦しいにゃあ……」
「こればかりは仕方ありませんよ。」
うんざりと言う少年に頷きながらも、穏やかな声で答える。感染防止のために、目以外はほとんど露出がない格好をしているのだ。
普段は軽装であるキットには、苦痛だろう。
ただ、獣人特有の耳や尻尾が見えないので、周囲からの奇異の視線はない。
平和ではあるが、人族と獣人族の溝は未だに残っている。例外はあるものの、獣人への差別の風潮は消えていないのだ。
「にーちゃん、また難しいこと考えてるにゃ?」
「貴方のことを考えていたんですよ。」
「わしゃのこと?にゃ、にゃんか、照れるにゃあ……」
嬉しかったのか、跳び跳ねるように前を行くキットを、ほんわかとした気持ちで見る。
「……あ、キット!通りすぎてますよ!」
少年を呼び戻しながら、兄さんは目の前の家の扉を叩いた。
出てきた住民に再び調査の協力を求め、勝手口の方へと向かう。一般的に、生活していく中で出された廃棄物は、そこから棄てられる。二人は、それを収集していた。感染者がいない現状で、その痕跡を見つける為だ。
廃棄物の、表面に堆積している部分を除き、やや古い方を瓶に入れる。
「これでよし、にゃ!」
キットは瓶の封をすると、肩から提げていた鞄の中にしまった。まだ容量には余裕がある。
「今度は私が鞄を持ちましょうか。」
「大丈夫にゃ。これくらい重くにゃいにゃ!」
元気よく答える少年に、兄さんは少し困ったように眉を下げる。
「ええ、そうですが……」
歩くたびにガチャガチャと瓶が音をたてているのを、不安に思いながら聞くのだった。
ーーー
サーシュは一人宿に戻り、単純な作業に勤しんでいた。感染者を三つの分類に分けて、印をつける作業。
治った者、命を落とした者、そして、もうひとつはーー
(サーシュ)
「……うん?」
頭の中に響く声に答えると、珍しく柔らかい口調で尋ねられた。
(もう休まなくてよいのか?)
「うーん……そうだね……」
曖昧に言った後で、ふっと頬を緩める。
「煌、もしかして……気をつかってる?」
(魔力を使いすぎてしもうたからのぅ。怠いじゃろう?)
「うん……眠っていたい、けど……たくさん休むと、余計に……疲れる。」
サーシュは先程まで、この町の墓地で調査を行っていた。遺体に手掛かりが残っていないか調べるためだ。魂を視るルイには劣るものの、彼も魔力を使ってそれに近いことができたので、任されたのだ。
(結局、実行したのは妾だがのぅ。)
呆れたような声が聞こえたが、返す言葉もない。いくら埋葬されている状態とはいえ、遺体を調べる勇気は無かったのだ。
サーシュは説教の気配を察して、首を竦める。
(なにも、墓を掘り返したりはしないのだぞ?いつかの日にディークリフト達にしたように、魔法を使うだけじゃ。お主はもうちいっとしっかりせんか。)
「……努力、します……」
結局、いつもの調子に戻った煌に、欠伸を噛み殺しながら答える。
「……」
印で埋められていく地図を眺めて、サーシュは違和感を感じていた。
ーー何だろう……何か、変だと思ったけど……
じっと見つめてみるものの、瞼がだんだんと重くなってくる。魔力を消耗した倦怠感は、思ったより大きかったようだ。
ーーやっぱり、もう少し……眠っておこう……
作業を中断し、サーシュはそのまま眠りに落ちた。
ーーー
『なにも、みえないよー』
目を擦りながら、ルイは力なく首を振った。
「今日は、このへんにしましょう。」
『うん……』
「……その様子じゃ、歩きながら眠ってしまいそうですね。」
どこかおぼつかない足取りの少女を見て、ラスカは背中を向けてしゃがむ。
『……おんぶ、するの?』
「嫌ですか?抱き抱えてもいいですけど……」
『おんぶにする』
さすがに抱き抱えられるのは恥ずかしかったのか、大人しく身を任せるルイを、ラスカは軽々と背負う。
少女の柔らかな髪が首筋に当たり、少しくすぐったかった。
落ち着かないのか、最初はもぞもぞと動いていたが、それもすぐに治まる。
眠ったのかな、と、ラスカは背中の温もりに意識を向ける。ルイ曰く、魂を視るという使徒特有の感覚は、人の姿のまま使うととても疲れるらしい。
ーーまだ早いけど……
穏やかな午後の日差しを尻目に、宿へ戻ろうとしていると、通りの反対側の方にディークリフトとレイが見えた。
向こうの方も気がついたようで、二人の元へと近づいて来る。
「何か分かったか。」
『……なにも、みえなかったの』
ディークリフトの声に、ルイが顔を上げて答える。突然少女が動き一瞬動揺したが、ラスカは穏やかな声で尋ねた。
「ルイ、起きてたんですか?」
『うん』
調査が進展しないことを気にしているようで、ルイは珍しく項垂れている。
『なにか、おしえてくれるひと、いないかなぁ……』
そう言って、行き交う人々を眺める。
感染者や、その家族は、何かを隠している。
おそらく、重要な手がかりをーー
「っ……ととっ!ルイ?どうしたんですか?」
突然上体を起こした少女を危うく落としそうになり、ラスカはたたらを踏んだ。ルイは反応を返さず、ただじっと何かを見つめている。
『あっち!』
「え?」
『ついていくの』
ラスカの背中からするりと降りると、少女は興奮ぎみに小さな路地を指差す。レイがその手をとり、なだめるように言った。
「ルイ、落ち着いて。何を追いかけるの?」
『おにぃちゃん』
一瞬少年の方を見て答えた後、再びその路地に目を向ける。
『しろいおにぃちゃんなの』




