伝染病の調査
「もうすぐ到着いたします。」
ディークリフトと交代で御者をしていた兄さんがそう声をかける。
ラスカはもう一度、資料に目を通した。伝染病の感染者、死者の数、症状……記されている情報は細部に至るまで既に記憶している。
やがて馬車が止まり、一行はこの町のギルド支部へと向かう。町の中では目立つ方だが、やはり支部と言うだけあって、王都のギルドに比べると規模は小さかった。
貼り出されている依頼書や、中にいた冒険者らしき人々も、少ない。
「本部の方々ですか。お待ちしておりました。」
受付嬢は口調こそ丁寧だったが、物珍しげに一行を見て言った。マスターの元へ案内します、と、二階への階段を上がっていくのを、少し緊張しながら後から続く。
通された部屋には、きっちりとした服に身を包んだ女性がいた。整えられた髪に、ちらほらと白髪が見える。
「ようこそ、ギルド支部へ。」
素早く何かをメモし受付嬢に渡すと、彼女は挨拶をした。はっきりと聞き取りやすいその声は、年齢よりも若く感じさせる。
「私は、ここのマスター。ヴィクトリアと申します。」
そう名乗った彼女は、新たな資料を手渡しながら、簡単な説明をする。
「追加の発病者の情報。それからこちらが、名前と住所の一覧と地図です。」
本部に依頼をまわしたものの、念のため個人情報は送らなかったとの事だった。
「個人情報まで公開してもいいものなのか。ずいぶんと信頼しているんだな。」
ディークリフトに、ヴィクトリアは真剣な表情で頷いてみせる。
「もちろんですとも。それに、依頼をまわしたとはいえ、これは我々が解決出来なかった案件です。貴方達には最大限の協力をするつもりです。」
それからいくつかの確認をし、依頼を受ける手続きを済ませた。用を終えた彼らが再び受付の前を通りすぎようとすると、「お待ち下さい」と呼び止められる。先程と同じ受付嬢だ。
メモを差し出しながら、一行に告げる。
「滞在中の宿泊場所です。先程手配しましたので、後でご確認ください。ヴィクトリア様の名前を伝えるとすぐに通してもらえますよ。」
気がきくのは、女性ならではの細やかさによるものだろうか。彼女が言っていた最大限の協力は、どうやらあてにできそうだ。
☆★☆★
一行は一度宿へ行き、そこから別れて行動を開始した。ルイとラスカは病人の治療の担当となっていた。実際に治療をするのはルイなので、ラスカは付き添いだ。
「まずは、情報が必要だな。状況をみる限り、感染症だとは思うが。」
この町での活動について宿で話し合った時、ディークリフトはそう言っていた。
「病人がまだいるのなら、ルイに診てもらった方が手っ取り早い。病原体は分かるはずだ。感染経路はそこから推測すればいい。」
この世界のすべてのモノには魂があり、ルイにはそれらを『視る』ことができるという使徒特有の感覚がある。それを利用し、病原を特定しようということだろう。
感染者が続出したのは、この町の北西にあたる地区。もちろん、宿からは離れた場所だ。
「えっと……この辺りですね。」
しばらく歩いて着いた場所には、窓に黒い布を掛けてある家がちらほらあった。黒い布は、その家に不幸があったことを示す。
喪中なのだ。
「最初の情報から、死者が増えているようですね。」
現状をそのまま口にしたラスカは、隣でしょんぼりと肩を落とすルイを見て、はっと口を閉ざした。
そうして生まれた沈黙が、かえって良くない雰囲気を作り出す。
「あの、ルイ。まだ、できることはありますから。」
ラスカが慌てて暗い空気を変えようとする。一度はうつむいたルイだったが、その言葉にすぐに顔を上げた。
『びょうきなら、なおせるの。るーは、くるしいひと、たすけるの。』
大きな瞳には、温かくも力強い光があった。泣いてはいない。そういえば、ルイが泣いているのをラスカは見たことがなかった。
「そうですよ。まだ始まったばかり……いえ、始めてすらいませんから。落ち込むには早すぎます。」
『うん!』
頭を撫でられて嬉しそうに笑う様子は、いつもの子供らしさで溢れている。それを見ていると忘れてしまいがちだが、使徒であるルイはラスカよりも長い年月を生きている。幼いようでいて、実はしっかりしているのだ。
「とりあえず、人の集まりそうな場所で情報収集しましょうか。」
ーーー
サーシュは資料を見ながらも、前を歩く少年の背中にちらりと目を向けた。
低い背丈、小さな肩幅。そんな子どもらしさを感じさせない、しっかりとした迷いのない足取り。
「……レイ。」
周囲の景色と地図を見比べていたその少年は、サーシュの声に振り返る。
「何?」
「ちょっと……気になること、あって……」
どこか素っ気ない言葉だが、ちゃんと話に耳を傾けてくれているのを、サーシュは分かっていた。
「……あの人達、何か……隠してる。」
彼が言っているのは、調査で聞き込みを行った人達の事だ。
少しでも新たな情報が得られないか、二人は感染者の元を訪ねては、その現状を調べていた。
「うーん……サーシュさんも、そう思う?」
レイもまた、彼らの態度に違和感を感じていたようだ。
「でも、後ろめたさとか悪意というより……何かを守ろう、庇おうとしている感じなんだよね。」
そういう場合は、強引に聞き出そうとしても口を割らない事が多いのだ。
彼らが隠している事の中に、必要としている情報があるーーレイはそう直感していた。
「なんとか話を聞けたらいいんだけどね。」
「……うん。」
相槌を打ったサーシュは、レイがまだ自分を見ている事に気がつき首を傾げる。
「……えっと……どうしたの?」
「サーシュさん、まだ何か気になることがあるんでしょ?」
この少年の観察力は優れているようだ。サーシュは躊躇いがちに告白する。
「その……レイが、敬語だと……なんか……緊張する。」
「……へ?」
深刻そうな雰囲気が一転、レイは思わず呆けてしまう。
「敬語?……あ、聞き込みの時?」
サーシュはこくりと頷く。調査には関係のないことだが、気になって仕方がないのだ。
普段のレイの態度に慣れているので、この少年が他人行儀に丁寧な言葉を使っている方が緊張してしまう。
「だって、これだとあまりいい印象じゃないし。第一印象って大事でしょ?」
「印象……」
随分と子供らしくない理由である。
「それなりに親しい人だとこのままでもいいんだけどね。」
「……そう。」
つまり、敬語が抜けている相手は、彼が気を許しているということ。
サーシュに対しても。
「……オレ、何かおかしい事言った?」
嬉しそうに頬を緩めているサーシュに、レイは一人困惑していた。




