ヴァルクとアンジェリカ
「あぁ~、間に合わなかった……☆」
遠くまで見渡してみても、既に馬車の姿は見えなくなっていた。荷物を降ろしてへたりこむヴァルクの周りを、光の尾を引きながら妖精が回る。
『ゴメン、ゴメン』
「アンちゃんのせいじゃないよ☆気にしない、気にしない☆」
微笑する青年は、たしかに、それほど気落ちしていないようだ。
「伯爵のおじさんは、アンちゃんと別れるのが寂しかったんだよ☆あんなに……その、えっと……大切に、想っているからね☆」
おじさんが涙ぐみながら駄々をこねる光景を思いだし、ヴァルクは微妙な表情を浮かべる。
あれだけは、見ない方が良かったのかもしれない。
あの時、ヴァルクは妖精から借りていた力を消し、すぐに視力を切った。魔力を通じて『視た』二人は、美しかったのだが……。
「『見る』のと『視る』のとでは、時には全く印象が違うんだってことが学べたよ☆アンちゃんも、嫌がっているように見えたけど、照れ隠しだったんだって分かったし☆」
からかうように言うと、妖精は赤くなってぷいっとそっぽを向いてしまった。
☆★☆★
急ぐ必要もないから、と、ヴァルクはのんびりと歩いて移動していた。
『アトスコシ、アトスコシ』
正確に表現するならば、今は登っていた。
そこは、小高い山の中。最初は道らしい所を進んでいたのだが、どこを間違えたのか道無き道を進むはめになっている。
目的地の方向は何となく分かるので、強行突破しているのだ。
「っよいしょ……ふぅ☆」
ちょっとした崖を登りきり、仰向けになって寝転がる。じめじめとした地面が、火照った身体に心地良かった。
「着いたみたいだねー☆」
仰いだ空が少し開けているのを見て、ヴァルクは呟く。起き上がって周囲を確認すると、質素な墓を見つけた。
「前領主と、もう一人のアンちゃんの眠る場所だよ☆」
視てみたところ、偽アンジェリカの魂は残っていなかった。全く未練はなかったようだ。
「手掛かりがあると思ったんだけどね☆」
ここまで綺麗さっぱり無いと、拍子抜けしてしまう。
『テガカリ?テガカリ?』
「ソフィーさんの事だよ☆彼女は、アンちゃんは別荘で亡くなったと聞いたって言っていたんだ☆伯爵のおじちゃんでさえ真実を知らなかったのに。」
言い聞かせる、というよりも確かめるように、一人で話している。
「そもそも、アンちゃんとすり代わって犯罪を犯すなんて、簡単にできることではないよね?変装したって、身近にいる屋敷の者にばれるでしょ?まぁ、ほとんど辞めさせられたって聞いたけど。そこは前領主も関わっているだろうね。」
いつのまにか、明るい雰囲気が真剣なものへと変わっているが、ヴァルクはつらつらと続ける。
「でも、前領主も偽物のアンちゃんも亡くなった。二人が共謀した事なら、真実を知る者はいないはずなのに、ソフィーさんは誰から話を聞いたんだろう?」
落ち着かない様子で歩き回っていた彼は、ふと足を止めて妖精に目を向けた。
『?』
「つまりね、ソフィーさんは、アンちゃんが別荘にいた形跡を消すために、誰かに利用されたと思うんだ。『本物』がいた証拠が無くなれば、『偽物』は『本物』になれるから。」
そして、真実は闇に消える。
しかし、それは失敗に終わった。ヴァルクとラスカの話を聞いたソフィーは矛盾に気がつき、悟ってしまった。
自分は、犯罪の証拠隠滅をさせられているのではないか、と。
それがきっかけで、『絶望』に伝染してしまったーーー
「まぁ、所詮は推測だけどね☆」
とにかく、ソフィーの絶望の原因を解決しなければならない。浄化したので彼女の魂は残っていないのだが、ヴァルクは、遺志は最後まで引き継ぐようにしている。
死してなお残る遺志は、どれも強い思いなのだ。
視てきたからこそ分かる。
『最期にあれが食べたかった』という遺志には、その料理を供え、
『あの人に会いたかった』という遺志には、相手を訪ねて、亡き人がどれだけ慕っていたかを伝えた。
実にさまざまある遺志を継いでは、代わりに果たしてきた。そうして初めて、魂は救われると思っている。
「行こうか、アンちゃん☆やるべきことが、たくさんあるんだ☆」
負の感情の暴走があったあの場所で、魂達と約束したことが、引き継いだ遺志がかなりある。
ーー彼らの代わりに、やり遂げないとね。
ヴァルクにとって、これは義務でもなんでもない。聖職者でもないのに、なぜここまで魂のことを気にするのか、と、今まで何度も言われてきた。
それこそ、亡き者からも。
べつに、大したことではない。
普通の人には視えない彼らを、ただ救いたいと思っただけだ。
生まれながら盲目の彼は、捨て子だった。
とある老夫婦が見つけてくれたからーー見捨てずに、普通より多くの手間と愛情をかけて育ててくれたから、生きてこれた。
両親が与えてくれたこと全てが、ヴァルクにとっての『世界』だった。
そしてアンジェリカは、その『世界』をより広く、美しく彩ってくれた。
『ヴァルクは、足音で誰なのか分かるの?すごいねー!ねぇ、私の足音はどんな音なの?』
『赤いもの?えっと、りんごは赤いよ。あとは……うーん……夕日!太陽はね、沈む前に赤くなるの。昼間?昼間は、明るすぎて見えないの。目が痛くなっちゃうから見ちゃダメなんだよ。』
そんな幼い頃の思い出を、しみじみと思い出す。
子供だったヴァルクは、いつしか『世界』を見たいと思うようになった。
魔法の存在を知った時、これなら何とかできるのではないかと考えてーー魔力を使って『視る』事ができるようになった。
『世界』を与えてくれた人達がいたから。
『世界』を広げてくれた人がいたから。
そして、今では『見る』事もできる。
「僕はなんて幸せ者なんだろうね。」
『?……シアワセ、シアワセ!』
妖精は不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうに飛び回っていた。
ーー僕の視る『世界』が、美しいものであってほしい。悲しい魂を視るのはつらい。それだけなんだ。
ヴァルクはもう一度、墓石に目を向けた。
小さく、簡素なそれが、両親のものと重なる。旅立ちの前に立ち寄った、大切な人達の眠る場所。
ーー父さん、母さん……いってきます☆
記憶の中の老夫婦に、もう一度告げる。最後の最後でついいつもの調子に戻ってしまったが、しんみりとした雰囲気はがらじゃない。
『ヴァルク、ヴァルク』
立ち止まったままの青年を、小さな妖精が呼ぶ。
「はいはい、今行くよー☆」
長くなるであろう旅路を想い、ヴァルクは一歩踏み出した。
「あーーー」
…………転んだ。




