新たな想い
「魂は具現化することがあるからね。」
レイの言葉に、ラスカは以前に聞いた話を思い出した。
負の感情に染められた、黒い魂は人形に。清らかな白い魂もまた、形を成す。
『ようせいに、なったみたい』
掌に収まるほどの小さな女の子。それが元気よく飛び回っているのを、ヴァルクは嬉しそうにみている。
「懐かしいな☆アンちゃんは、いつも明るくて前向きで、僕の憧れだったんだよね☆またこうして会えるなんてね☆」
「大切な人だったんですね。」
それはヴァルクの言動からすでに分かっていることだったが、ラスカは改めて感じた。
「初恋の人だからね☆僕の人生の中で、唯一の☆」
「…………ヴァルクさんってさ、思いが真っ直ぐだとは思ってたけど……」
レイが居心地が悪そうに頬を掻く。
「……そこまでストレートだと聞いてる方が恥ずかしい。」
「え?」
見ると、妖精も両手で頬を抑えている。照れているようだ。
「そんな反応されると……僕もつられちゃうよ☆」
火照ったのか、頬が少し赤くなっていた。小さな妖精はそんな青年の目の前に来ると、そっと上目で見る。
『ソバ、イル、イイ?イイ?』
鈴の転がるような声はルイとよく似ていたが、言葉はかたことだった。
「もちろん☆僕もアンちゃんと一緒にいたいな☆」
『セイリツ、セイリツ』
女の子はくるくると嬉しそうに回る。その小さな額に、ぽうっと魔方陣のような紋様が浮かび上がった。
「主従の契約が結ばれたみたいだよ。」
「…………え?!」
本人も気がつかないうちに、そんな取引が完了していたらしい。
驚いた様子で妖精を見つめたあと、彼女の頭を指先で撫でながら、気恥ずかしげにはにかむ。
「えっと、ありがとう、アンちゃん☆僕で良かったの?」
こくりと頷き、妖精はすりすりとヴァルクに頬ずりした。
従魔契約。
知識として、ラスカも聞いたことはある。
「妖精……ということは、魔法とか使うんですか?」
『デキル、デキル』
得意気に胸をはり、彼女はくるりと回ると高らかに詠唱をしてみせた。
『テラス、ヒカリ、ウツス』
……
一見、なんの変化も無かった。ラスカはディークリフトの反応を見てみるが、魔法を得意とする彼も首をひねっている。
「?!」
ただ一人、ビクッと身体を跳ねさせた青年に、ラスカは思わずどきりとした。
「ヴァルクさん?」
声をかけると、彼は目を瞬かせ、ゆっくりと開く。常に細い目はやがて見開かれ、目の前に立つラスカに焦点が合った。その様子にホッとすると同時に、初めてはっきりと見えた彼の琥珀色の瞳に、目を奪われてしまう。
「大丈夫ですか?」
ラスカは青年を気遣いながらも、一歩引いて神秘の瞳から距離をとる。
「……これ、は……えっと…………見えてる?」
一呼吸の間を置いて、ようやくそんな言葉を絞り出した。
どこか夢うつつなヴァルクの顔を、妖精が覗きこむ。彼は恐る恐る彼女を掌に乗せ、震える声で問いかける。
「……アン、ちゃん?君が……」
こくこくと頷く女の子は、笑顔で青年の頬に抱きついてキスをした。彼の頬を、温かな雫が零れ落ちる。
「……っ、ありがとう……!」
泣きながら幸せそうに笑う青年に、妖精はその涙を拭うように、もう一度キスを贈ったのだった。
☆★☆
「ちょっと、休憩……☆」
『おつかれさまー』
へなへなと座り込む青年に、ルイが労いの言葉をかける。一行は、暴走の終息を目指して奔走し続けていた。
暴走は、負の感情を散らし、浄化を行えば収まる。
ヴァルクが契約した妖精は光の属性で、ルイと同じように浄化の力を持っていたので、一緒に作業を行っていた。
通常、浄化の練習は、弱い霊の徐霊から少しずつ難易度を上げるのが基本だという。環境が危険な為、実力が伴わないと身を滅ぼしかねないからだ。ヴァルクの場合、ルイと一緒ならその心配はないだろうと、いきなり実践をさせられていた。
「少し休もうか。ここら辺はほとんど落ち着いたみたいだしね。」
そう言い、レイもヴァルクの隣に座る。いつもディークリフトに付き従っている彼がこういった行動をとる時、大抵何かしらの意図がある。
「ーー暴走の原因は、アンジェリカさんの死が関係していたみたい。」
少し落ち着いた頃合いを見計らって、案の定、レイはそう切り出した。
「暴走が起こる前……ここには、自殺の名所、あるいは事故の多発地があったみたいなんだ。たぶん、最初は一つの死だったんだけど、浮かばれなかった魂がこの地に留まって、たくさんの人が引き寄せられてしまったんだと思う。それで、良くない感情が満ちている状態だった。」
ただ、それだけでは暴走は起こらない。それぞれの感情が集まり、嵐となるきっかけが必ずある。
「そのきっかけが、アンジェリカさんの死なんだよ。一際強い感情ーー意志が、遺志となって嵐を巻き起こした。」
ーーー
彼女は体調を崩しあの別荘で療養していたが、突然兵士たちがその身を拘束しに来た。領主と『もう一人の』アンジェリカが罪に問われ、姿を眩ましていた時期のことだ。彼女は兵士達の様子から、未来はほとんど残されていない……最期は近いのだろう、と直感した。
足の不自由な彼女は逃げるのに足手まといになるし、いずれは捕まる。だから館に一人立て籠り、使用人達を逃がした。限られた時間で、アンジェリカは『守る』ことを選んだ。
舘全体に作用する防御の魔方陣を自らの血で発動させ、兵士が放った火で館が消失することを防いだ。それは同時に、少しだけ先にあった最期を引き寄せることとなった。大量の失血によるものか、煙に巻かれたからか、どちらにせよ死は間近に迫っていた。
その時、アンジェリカは何を感じていたか。
使用人達を、舘を、守りたいと思っていた。
兵士たちが運んできた死に、恐怖を抱いていた。
覚えのない罪と、その状況を覆せない現実にーー言葉で表現しようのない、深い深い悲しみがあった。
ーーそれは、私じゃないわ。
ーーアンジェリカは、私よ。彼女は私じゃないわ。
ーー私は、ここにいるのよ。誰か、気づいて。
ーー誰か、私をーーーー
ーーーーたすけて
ーーー
「……っはぁ……」
気付かないうちに喉の奥で詰まっていた息を、ラスカは一度に吐き出した。ようやく見えたアンジェリカの最期に、苦しみを感じずにはいられない。まるで、喉が絞められるようなーー。それだけではなく、キリキリと爪を立てて絞めつけられるように『痛い』のだ。
もう一度浅く呼吸をする彼女の顔を、あの妖精がそっと見上げる。それに気がついたラスカと目が合うと、妖精はにこっと笑いかけた。
ーーアンジェリカさんの魂が、浄化されてこの小さな妖精となったと言うのなら……
ふわりと身を翻し、ヴァルクの周りを楽しそうに飛び回る彼女をを見て、ラスカは、彼女の魂は本当に救われたのだと思った。




