二人のアンジェリカ
「それなら、その幽霊の正体を見極めればいいわけだな。」
「そうだね☆」
ヴァルクはごく普通に屋敷へ近づき、扉を叩く。
「お邪魔しまーす☆」
「……なんというか、ノリが軽いよね。」
「あの調子じゃ伝染の心配はなさそうだな。」
レイとディークリフトは呆れを通り越して感心している。とはいえ、人形を相手にするときや暴走の起きている場所では、雰囲気にのまれないことが大切だ。それを考えると、ヴァルクの存在はありがたかった。
外でさえ薄暗いのに、更に暗い室内を、彼は軽い足取りで進んで行く。
「ヴァルクさん、光が届いていないでしょ?危ないよ。」
ランプを持つレイが声をかけるが、ひらひらと手を振ってみせる。
「大丈夫、ちゃんとみえてるから☆とりあえず、アンちゃんの部屋に行ってみる?」
「ああ。」
壊れた家具が散乱している部屋を進みながら尋ねるヴァルクに、ディークリフトが短く答える。ふと、前を行く青年の薄い背に向かって言った。
「ここに来たことがあるのか。」
「うん☆子供の時に遊びに来たよ☆アンちゃんとは幼なじみだからね☆」
「……平気なのか。」
「え?」
ディークリフトの言葉に振り返ったヴァルクは、ぽかんとした表情を浮かべていた。
「うーん、意外と散らかってるね?」
少しの間思いをめぐらせ、そんなことを言った。
散らかっている。
それだけではないはずだ。
何者かが踏み荒らした形跡があちこちに見てとれる。素朴ながらもきちんと整えられていたであろう調度品は、みな壊され、傷んでおり、以前の面影は残っていない。
ただ廃れていっただけでなく、痛々しい傷跡があるのだ。
もちろん、ディークリフトが何を言いたかったのかは理解しているようで、ヴァルクは困ったように肩をすくめる。
「まあ、もちろん思うところはあるよ☆でも、起こってしまったことだからね☆僕はちょっとでも早くアンちゃんを救いたいだけだよ☆」
ラスカは、彼の柔らかな微笑みの奥に、強い意思を感じた気がした。
「私も……姉がここで亡くなっているのなら、その、きちんと供養をしないといけません。」
「ソフィーさん、お姉さんがいたんだね☆ここの使用人だったの?」
「え?……あ、えっと、ヴァルクさんには、話してませんでしたっけ?」
話が噛み合わず一瞬戸惑ったソフィーだったが、すぐに何か思い当たったようだった。
「私は、その、アンジェリカさんの妹なんです。その……嫁いでいった、姉の遺品を、えっと、探してきてほしいと母に頼まれて……」
「うん??」
通路を阻んでいた棚をどけていたヴァルクは、手を止めてソフィーを見た。
「それ、人違いだよ☆アンちゃんに妹はいないし、母親も亡くなっているよ☆それに、アンちゃんは伯爵の一人娘なんだ☆だから、嫁いで来たんじゃなくて婿をもらったんだよ☆」
「……え?」
その話はラスカも地元の人達から聞いていた。今まで気がつかなかったが、ソフィーの話と食い違っている部分がある。
「じ、じゃあ、私が聞いたのは……」
「あ!」
困惑するソフィーの側をさっと通り抜け、ヴァルクは客間の入口に走りより、
「見つけーーった?!」
扉に届く目前で転んだ。
☆★☆★
「……怪我はありませんか?」
「ヴァルクさんって、なんかどんくさいよね。」
「心配してくれてありがとう、ラスカさん☆あと、レイレイ冷たい☆」
それぞれに律儀に言葉を返し、青年は立ち上がる。
その数歩先、客間の扉の影から熊のぬいぐるみがじっと見つめていることにラスカは気がついた。
「……」
ぬいぐるみが、二本足で立って見つめているのだ。
ーー自立式?
珍しいものもあるものだ、となんとなく感心していると、ヴァルクがそれをひょいっと手に取った。
「さっきから視線を感じるなーと思ってたんだよね☆やっと捕まえたよ☆」
「なんだそれは。」
ガクガクと頭を動かしているぬいぐるみを、ディークリフトは怪訝そうに見る。
「これ?たぶん……☆」
『…………タ、ェテ……』
「うわっ……あ、おっと、と☆」
驚いた拍子で、思わず取り落とす。ぬいぐるみはもがきながら立ち上がり、バランスのとれない状態で歩きだす。
『……タス、ケテ』
「意外と自己主張が強いんだね☆はいはい、助けに来たから心配しなくていいよ☆」
何事もなかったように再び拾い上げると、ヴァルクはクスクスと笑い皆を見た。
「急にしゃべるからびっくりしたね☆」
「え、いや、確かにびっくりしたけどっ、それ、ヤバイやつじゃ?!」
「でね、これ、たぶんアンちゃんの意志なんだよね☆意志のかけら☆この子に案内してもらおうと思うんだ☆」
「なるほど。」
奇妙なぬいぐるみの存在に特に何も感じていない彼らに、レイはもうどうでもいいやと何かが吹っ切れてしまった。
ヴァルクはぬいぐるみと目線を合わせるようにして、優しい口調で問いかける。
「幽霊はどこにいるのかな?」
ぬいぐるみは、先程通り道を確保しようとしていた通路を手で示す。
「あ、やっぱりアンちゃんの部屋だね☆」
☆★☆★
カツ、カツ、カツ、ギギ、ギ…………
ぬいぐるみの奇声と、皆の足音だけが静まり返った館に響く。舘の中は想像以上に荒れていて、歩きにくい。
……ッ
「ん?」
「どうした。」
足を止めたラスカに、ディークリフトも立ち止まる。
……タ……ッ、…タッ……タッ、タッタッ
背後から、舘の中を走ってくる足音が響き渡った。他の者も異変に気がつき、じっと押し黙る。近づいてくるにつれて、ラスカはそれが聞き覚えのあるものだと気がつく。
『みんなー』
頬を紅潮させて現れたのは、見慣れた顔だった。元気な声にその場の雰囲気が少し明るくなる。ひっそりとした静けさに、いつのまにか暗く沈んでしまっていたようだ。
「おおっ☆双生の魔じ……ん、ごほん、従者なんだね☆」
ヴァルクがキラキラと顔を輝かせた。
「それに、レイレイよりなついてくれそう☆ねぇねぇ、頭をなでなでさせて?ちょっとでいいから☆」
『だぁれ?』
「ヴァルクさんっていう変な人だから、近づいちゃダメだよ。」
「え?!レイレイひどい!」
「それで、何かあったのか、ルイ。」
あからさまに落ち込む青年には見向きもせず、ディークリフトが尋ねた。ルイはアンジェリカの墓地で暴走の調査と浄化をしていたはずだ。
『あのね、びっくりすることきいたから、いそいでとんできたの!』
馬車で半日という移動距離を考えると、文字通り『飛んで』来たのだろう。
『あんじぇりかさんはね、ふたりいたの。』
ルイは魂を視ることができる。それに刻まれた記憶も断片的にだが読み取れたらしい。
部屋を目指しながら話を聞いてみたものの、少女の話は飛躍したり、表現が抽象的だったりで分かりにくかった。
「えーっと、つまり……」
内容を噛み砕いて消化できたらしく、レイがルイの話をまとめる。
「アンジェリカさんは、ある日刷り変わっていたっていうこと?」
話によると、墓地にいたのは別人の魂だったという。ということは、本物のアンジェリカは……




