依頼主ヴァルク
いち早くそれに気がついたのは、ラスカだった。彼女に注意を促され慎重に進むと、鼓膜に触れる異音を皆が感じ始めた。
聞こえる。
おそらく、声が。
「どうする?裏手の方から行ってみる?」
レイがそう提案するが、ディークリフトは首を横に振った。
「いや、それには雑木林を抜けなければならない。万が一の事を考えると、動きやすい方がいいだろう。」
「そうですね。たぶん……大丈夫そうですし。」
ラスカが警戒よりも戸惑いの表情を浮かべていた理由は、ほどなくして理解することになる。
『……☆』
「「「「……」」」」
『……☆……!』
「……馬鹿馬鹿しいほど能天気な声が聞こえるんだが。」
「オレもディークと同じ事考えてた。」
時おり笑い声までも聞こえるのだ。明らかに場違いのように感じる。気が抜けそうになるなか、なんとか警戒心を保ち、進む。
「うんうん、なるほどー☆」
舘の門の前には、一人の青年しかいなかった。明るい調子で話している彼の目の前には、誰もいない。
青年の姿が目視できる距離になり、レイが一瞬、戸惑ったように肩を揺らした。
「……うん?」
「「「「……」」」」
四人に気がついた彼と、一行の間に、奇妙な沈黙が訪れる。
「……えーっと、こんにちは☆……じゃ……あ、わわっ、わ?!」
唐突に逃げ出そうとした青年は、踏み出した足を何かにつっかけ、派手に転んだ。
べちーんっ
「……☆」
「あ、だ、大丈夫ですか?」
うつ伏せに倒れたままの青年にソフィーが慌てて駆け寄る。彼女の護衛を担っているラスカもそれに続いた。項垂れながら上半身を起こした彼は、何故か感極まった様子でソフィーを見上げた……ように見えた。
のほほんとした細い目は、開いているのかさえよく分からず、変化を読みとるのは難しいのだ。常に微笑んでいるようにも見える。
「なんと……君はまるで天使のようだね☆」
言った後で、はっと息をのむ。
「あ、でも、魔族にとっては天使は忌み嫌われるものだっけ?でも、今のはいい意味なんだよ☆褒めたんだよ☆」
「えっと、はい、ありがとうございます……?」
謎の弁護をする青年に、ソフィーは困惑しそっと距離をとる。もちろん、ラスカは自然な動きで彼女の前に移動した。それを確認し、レイが青年に問いかける。
「お兄さんは、ここで何をしているの?」
静かな声だった。初対面の人にはめったに見せない、警戒の色が感じられる。青年の存在を確認した瞬間から、ぴりぴりとした緊張感がこの少年にはあった。
「あ、あれー?僕、悪いことはしていないんだけどな☆ほんとだよ、魔神様ー☆」
レイがぴくりと片眉を上げる。
「魔神?」
「……あわわわ☆いや、妖精よりも力が強いみたいだから、神獣か魔神様でしょ☆見た目的には魔神様かな、と思って☆」
「な、なんか、この人、その……急に変な事を言いますね。」
ソフィーが小声でそんな事を言う。彼女にはそのように見えただろうが、ラスカは内心ひやりとしていた。
ーーレイの正体がバレてる?
使徒だとは気がついてないようだが、少なくとも人外であることは知られている。
「そうだ。」
唐突に口を開いたディークリフトが、あろうことか青年の言葉を肯定した。レイの頭に、ぽんぽんっと軽く手を置いて見せる。
「こいつは俺の従魔。だが、この事は他言無用。今は人に扮しているから、そのように接してくれ。」
ディークリフトは、そんな事を言ってのける。正体が知られそうになった場合の口裏を合わせていたのか、レイもされるがままで何も言わない。
「あ、そうなんだ☆」と青年はあっさり頷き、ようやく立ち上がる。
「じゃあ、そっちの連れの方は、魔法生物?それとも機械人形かな?初めてみるよ☆」
今度は、ラスカのことのようだ。
「機械人形……?」
思わず聞き返すと、青年は目を輝かせた……と、思う。
のほほんとした微笑みは変わらないが、感情表現が豊かなので、そう感じるのだろう。
「あ、しゃべれるんだね!良くできてる☆」
「いえ、普通の人です。」
「君もそういう設定?おーけー、分かった☆」
「……」
勝手に違う方向に理解されてしまったが、話がややこしくなりそうなのでラスカは黙っておくことにした。
ーーー
ヴァルクと名乗った青年は、一人でここを訪れたと言う。門の前まで来たはいいが、彼等に捕まり話を聞いていたらしい。
「彼等っていうのは、もちろんあれだよ☆もうこの世にいない人☆僕っていろいろみえるからねー☆」
どうやらこの青年は不思議な能力を持っているようだ。
「肝試しに来たならやめた方がいい。精神を乗っ取られる。」
「なにそれ怖いんだけど?!」
脅しのようだが、ディークリフトの言葉はあながち間違いでもない。暴走の起きているこの場所では、恐怖を持っている状態では『恐怖』が伝染しやすい。自分の意志に関わらず感情が引き出される伝染は、精神を乗っ取られるのと似たような感覚だろう。
「でも大丈夫だよ☆肝試しじゃなくて、アンちゃんを助けに来たんだ☆」
「……え?」
ヴァルクの言葉にすぐに反応したのはラスカだった。
「もしかして、アンジェリカさんのことですか?」
「そうだよ☆誰か手伝ってくれないか王都のギルドに依頼も出したんだけどね☆なかなか連絡が来ないから一人で来ちゃった☆」
まさかの依頼主だった。
ラスカは依頼書を取り出してヴァルクに見せ、一通り説明する。
「……ということで、アンジェリカさんはもう亡くなっているんです。」
青年は相変わらず微笑んだまま、一つ頷いた。
「知ってたよ☆でも、その話は真実とは違うと思うんだ☆」
「真実と違う?」
首を傾げるラスカに、ソフィーがおずおずと口を開いた。
「あ、あの、私は、別荘で亡くなったと、聞いたんですけど……」
「あっ、奇遇だね☆僕もそう思うんだ☆」
我が意を得たり、といった様子でヴァルクは続ける。
「アンちゃんは、あれだよ、幽霊……レイスって言うんだっけ?あれになっちゃってるって噂なんだよね☆で、レイスは、自分が死んだ場所か遺体がある場所にしか出ないんだよ☆ほろほろ遠くまで行く力は無いんだよね☆」
つまり。
アンジェリカが獄中で亡くなりあの墓地に埋葬されたのが本当なら、この舘で幽霊として目撃されることはあまり考えられず……、この舘の幽霊が本当にアンジェリカなら、彼女はここで亡くなったか、遺体がここにあるということになる。
ラスカが聞いた事柄は、矛盾しているということだ。




