幽霊屋敷へ
薄闇の中を進む馬車が一台。中には、ディークリフトとレイとラスカ、それと例の幽霊屋敷に肝試しに行くという、数人の若者が乗り合わせていた。ソフィーとも偶然、そこで再会していた。
「ここも……」
外の景色を眺めていたレイは、眉間に皺を寄せていた。
「あの、これは、一体……?」
ソフィーもまた、その異様な雰囲気に言葉を失う。『生命力が失われた』そんな表現が合うほどの、灰色の光景。
「暴走っていう現象だよ。人の感情が、心の許容範囲を越えちゃって、外に溢れて……それが周囲に伝染して、性質を変えさせてしまったり、形を持って人形になってしまったりするんだ。滅多にないんだけどね。ルイも、別件だけど調査しているよ。」
今回、ルイは別行動している。異常現象を調べるのだとラスカは聞いていた。
「それで、ラスカは何ともないの?」
「え?」
突然レイに話を振られ、ラスカは思わず聞き返す。
「だから、ラスカも暴走に遭ったんでしょ?ルイと墓参りに行ったときに。」
ラスカはアンジェリカの墓地での出来事を思いだし、ようやく今までの話と繋がった。
「そういえば……」
地面は黒くひび割れ、花は皆真っ白に色を失い、空は淀み、黒い雲から凍った雨が針のように降り注ぐ。
そして、デュークが……
「暴走って、人体にも影響があるんですか?」
「だから心配しているんじゃん。」
レイは呆れたようにため息をついた。
「生命があるものでもないものでも、ほとんどが影響を受ける。中心付近にいながら何ともないラスカの方が特殊なんだよ?」
じっと見つめる碧い双眼は、真剣さをおびていて、ラスカは息をのむ。しかし、レイの視線はすぐに和らいだ。
「きっと、運が良かったんだね。」
「えぇ~……」
「とりあえず、着くまで怪談でもしようか。ラスカ、恐い話が聞きたいって言ってたでしょ?……お兄さん達も、肝試しの前に、どう?」
☆★☆★
それから目的地に向けてさらに進み、景色に陰りが増すにつれて馬車の中でも異変が起きていた。
「これは、予想以上にまずいね。」
他人事のような口調で言いながらも、レイは剣を振る。男の身体から出てきた暗いモヤのようなものは、形を成す前に掻き消されていく。
何故か乱闘が起きていた。
「み、皆さん、どうして……?」
涙目のソフィーに、レイは手を休めることなく答える。
「『恐怖』に伝染してる。そんなに怖かったんだね。」
言葉では同情しているようだが、どこか満足げなレイに、ラスカは苦笑するしかない。
「あれはやりすぎですよ。」
「だって、怪談って怖がらせないと意味ないじゃん?」
特に気にする様子もなく、少年は肩をすくめてみせる。
「それに、この地全域で暴走の影響があるみたい。オレ達も伝染しないように気をつけないとね。」
伝染。人が持っている感情が、暴走によって無理矢理引き出された状態。憎しみが暴走すれば憎しみが伝染するし、恐怖が暴走すれば恐怖が伝染する。
そこでふと、レイの言葉に引っ掛かりを感じた。
「さっき、暴走の影響を受けない方が特殊とか言ってませんでした?伝染を防ぐ方法があるんですか?」
わめく男の首筋を打ち強制的に静かにさせて、ラスカはそう聞き返した。
「うん?何となく閃いたんだけどね、ラスカが伝染しなかったのは、図太……強い心を持ってたからだよ、きっと。そう考えると、気合いで何とかなりそうじゃない?」
「……ちょっと失礼なことを言われた気がします。」
「言い切らなければセーフだよ。対抗策も分かったから良かったじゃん。」
「対抗策というよりは、結局は根性論じゃ……?」
普通に会話をしながら戦う二人に、ソフィーは目を丸くする。その目の縁はうっすらと涙で濡れているが、ラスカ達以外の乗客で唯一暴走の影響を受けていない。
態度はおどおどとしているが、芯はしっかりしているのかもしれない。
「馬車では、ここまでが限界だ。」
御者台から、ディークリフトがそう伝える。馬はとうに正気を失ってしまったため、彼が作り出した氷の馬に代わっていた。
「全滅……いや、一人は無事か。」
馬車の中で若者達が気絶している光景を見ても、ディークリフトは特に驚いた様子はなかった。二人に庇われていたソフィーが無事だったことのほうが意外だったようだ。
「行くぞ。」
短くそう促され外に出ると、不気味な静けさがそこを支配していた。空の分厚い雲が、空気まで重くしているようだ。墓で遭った暴走の時と雰囲気が似ている、とラスカは感じた。
生き物の気配がないのは季節が冬のせいなのか、しかし、何かに見られているような感覚がある。
「ここ、悲しみも暴走してるね。けっこうな人が命を落としてる。悲しみで浮かばれなかった魂が、仲間を求めて同じような悲しみを引き寄せて、死へ誘う。それが繰り返されているんだ。」
納得したように、レイはラスカを見上げた。
「だから、怪談をする必要があったんだね。」
「どうしてそこに繋がるんですか?」
墓地で会ったデュークから、助言として『アンジェリカの別荘に行くなら怪談をして行け』と聞いていたが、いまだに意味が分からない。
「恐怖を植え付けるためだよ。」
レイは、目の前の高台へと続く道を見据えた。
「悲しみに伝染すると死に繋がりやすいけれど、恐怖だと死のうとしたってできなくなる。」
悲しみで死を選ぶことはあっても、恐怖で死を選ぶことはない。死は、恐怖の対象でもあるから。
「暴走を起こした感情は複数あったんだよ。だから、『恐怖』を植え付けておけば、いざ伝染しても逃げ帰る……結果的に、生きて帰ることができるんだ。
じゃあ、行こうか。その恐怖の舘に。」
レイは笑みを浮かべていたが、目は冷たい光を湛えていた。ラスカは、彼がこのような狩人の表情をする時を知っている。
ーーー人形が、いるんだ……
きゅっと、身体を締め付けられるような感覚があった。人形を相手にする時のこの緊張感は、魔物相手の時とはまた違った特別なかんじがする。
無意識に研ぎ澄まされる感覚に、踏まれて砕ける枯れ葉の音が妙に響いた。
この先に、目的の別荘がある。




