冒険者に
「今いるのは、この国の王都だよ。向こうに見えるのが神殿。」
ギルドを目指して、ラスカはディークリフト達と街を訪れている。歩きながら、レイは大きな白い建物を指し示した。石造りのお城のような建物だ。周りを高い壁で囲まれ、厳重に警備されているのが分かる。
「クライス教の神殿だよ。」
「へぇ……あれが……」
クライス教は最も信仰されている宗教だ、ということは本で学んでいるが、あまりピンとこない。
「そういえば、ラスカは宗教の概念もよく分からなかったね。無教徒だったのかも。この国の神殿は本殿で、他国からは聖地として崇められているんだって。」
ちなみに、この国の名前はアレスティア王国。別名、光の国。聖地と呼ばれる場所があるだけ、納得でもある。
巨大な神殿から四方に伸びるように大通りがあり、中心地は立派な建物が並んでいる。王宮や富裕層の屋敷、町人の街やギルドの本部がこの王都にある。
王都を出ると街道や森があり、大小様々な領地……農村、街や商業地区、観光地などが点在しているらしい。
ディークリフトとレイと歩いていると、ラスカは周囲から視線を感じた。
「レイ……」
ラスカは少年のマントを引っ張る。レイはラスカの顔を見ると、肩をすくめてみせた。
「目立つのは仕方ないよ、ディークと一緒だとね。」
三人が視線を集めている理由は、ディークリフトにあった。彼は美形だから、どうしても目立つのだ。
「もうちょっと自重してくれたらいいんだけど。」
レイのようにフードを目深に被ったりすればいいと思うのだが、当の本人は全く気にしている様子がないので、それも無理だろう。
それでも、ラスカは浮かない表情のままだ。
「わたしのかみ、へんですか?」
「髪?」
自分の髪の毛の色が他の人と違うのが気になるようだ。彼女も少なくない視線を集めているため、気がかりらしい。
「きれいな色だよ。それに、ラスカも可愛いから見てるんだよ、きっと。」
おだてている訳ではない。ディークリフト程ではないがラスカもかわいい方だし、何よりも豊かな表情が魅力だとレイは思う。
「……」
「……へ?あわわわわっっ?!」
無反応なのを不信に思いレイがラスカの顔を見上げると、目を潤ませて感極まった様子の彼女と目があった。そして突然なでなでされる。
「レイ、やさしいです。」
レイは無表情なディークリフトと暮らしているせいか、見た目の割には大人びていていつも素っ気ない。ディークリフトと違い多少は感情を面に出すものの、ラスカはレイのことが心配なのだ。だから、彼がたまに見せる優しさがとても嬉しい。
「分かった、から!離してよ!」
「……あ、ごめんなさい。」
ラスカから解放されると、レイは少しムッとして少女を見る。
「レイ、もっと、こどもらしいと、かわいいですよ?」
「オレは子供じゃない!」
そうは言ってもせいぜい10歳くらいだろう。全く説得力がない。なので……
「ふふっ」
「あーー絶対バカにしてるでしょ?!」
「してないです。かわいいって、おもっただけです。」
まるで姉弟を見るような微笑ましい視線が向けられていたことを、二人は知らない。
ーーー
「ここが……?」
ラスカはその建物を前に、言葉を失っていた。
目の前に建つそれは、広く、大きく、立派といえる。だが、それよりも気になるのは……
「また装飾が増えているな。」
「そうだね。」
ディークリフトとレイが呆れた声を漏らす。
まず奇妙なのが、建物の屋根、壁、柱、窓等の材質が、明らかに統一されていない。
建物の中に至っては、あちこちにそれぞれ異色の存在感を放つ装飾品が飾られていた。よく見ると、床に敷き詰められているタイルの色も様々だ。
まるで世界中の材質を一つにしたような感じだ。
そしてそれと同じように、様々な民族の人がいる。
「このギルドは、おそらく世界初の"全ての人の為のギルド"なんだよ。」
もともとギルドは冒険者の為のものだったが、このギルドは誰でも登録し、依頼を受けることができる。年齢、性別、人種を問わず、だ。
「ラスカ、登録はこっちだよ。」
「はい。」
ラスカはレイとあるカウンターへと向かう。レイがラスカのかわりに二万Gを払うと、受付の女性から簡単な説明を受け、一枚の紙を受け取った。真っ白で驚くほど軽い紙に、金色の文字が並んでいる。
「こちらにお名前と、血印をお願いします。」
受付の女性は紙の一番下の方を指差し、銀のペンを渡した。ラスカは緊張した面持ちで名前を書くと、銀の針で右手の親指を差し、血が出てきたところを紙に押しあてる。
「はい。確かに承りました。」
金色の文字がふわりと紙から浮き、ラスカの中に吸い込まれていく。それを見届け、レイが受付嬢を見上げる。
「冒険者の適性検査も受けたいんだけれど、いいですか?」
他人に対し、少年はきちんと敬語を使う。
「冒険者の、ですか?」
「あ、オレじゃなくて、こっち。」
「彼女が……?」
ラスカは二人の視線に首を傾げた。
「一応、登録は終わったんだけど、今のラスカにはおつかいとかの一般の依頼しか受けられないんだよ。オレとディークみたいに魔物討伐とかの依頼を受けるには、冒険者の適性検査に合格する必要があるってわけ。」
「なるほど……」
納得するラスカに対して、女性は驚きを隠せない様子でレイを見ている。今のレイの言葉から、この小さな少年も冒険者だと理解したからだ。
それと同時に、大切なことを思い出す。
ーーそうよ。ここは、"全ての人の為のギルド"。
私だって……そうじゃない。
長いスカートの下に隠れた、蹄のついた馬のような脚を思いだし、ふっと口元を緩める。
年齢も、性別も、人種も、関係ない。
「……分かりました。会場はこちらです。」
ーー
レイと別れ、ラスカが通された場所には、すでに何人かの人が待機していた。ラスカを除いて、全員男性だ。
ラスカが来た途端に、多くの視線が集まる。
嘲笑、侮蔑、哀れみ、驚き……
だが、ラスカはこれからのことで頭がいっぱいで周囲のことはそれほど気にならない。
そこに、一人の男が立ちふさがるようにラスカの前に現れ、彼女を見下ろす。
「お前のようなやつが来るとこじゃねえんだよ。とっとと失せろ、ガキ。」
「……?」
ラスカは不思議そうに男を見上げた後、ふっと後ろを振り返る。誰もいないのを確認。
「えっと、なにか、ようですか?」
ラスカは単純に言葉の意味が分からなかっただけだ。言葉を覚えて間もないので、無理もない。
「消えろといっているんだ。」
「……どうやって、ですか?わたし、まほお、つかえないですよ?」
出ていけと言えばラスカにも伝わっただろうが、彼女は言葉の意味をそのまま受け止めてしまっている。仕方がないだろう、彼女の語彙力はまだ幼い子供に等しい。
「うぐぐぐぐ……」
「……っぷ……はははははっ……!もういいじゃないか、その子はこの国の言葉を深く理解していないんだよ。きっと異国の子じゃないか?」
「はーっ、笑い死にしそう。」
「お嬢ちゃん、サイコー」
怒りのボルテージを上げる男に、笑い転げる他の男達。
ラスカもつられて笑っていると、突然男が腕を掴んできた。
「調子にのんな、ガキィィ……ッ?!」
腕を捻りあげられそうになったので、ラスカはとっさにその動きにあわせて身体を回転させる。
「なっ?!」
男が怒りで顔を真っ赤にさせて、顔をめがけて拳を降りおろしてくる。さすがに周りの男達もまずいと思ったのか声をあげるが、もう遅い。
シュンッ
言われるまでもなく、ラスカはすでに男の目の前から脱出している。
「……え?」
……ガッシャーンッッ!!!
男の拳は空を切り、勢いを止められずに体勢を崩し転倒。そこにあった珍しい調度品や置物を倒してしまう。
「何事ですか?!」
ギルドの職員が駆け付け、この光景に唖然としている。
「ギルド内での威圧、争い、暴力行為は禁止ですよ?」
「あ、あの、ごめんなさい。こわすつもり、なかった、です。」
慌てて謝るラスカに、その場にいた全員が目を見開く。
「それに、わたし、なぐられてません。ぼうりょく、してません。」
「そ、そうですか……?」
殴られそうにはなったが回避した。だから暴力は受けていない。男はというと、気を失っていた。ラスカより背は高く、偉そうな態度だったが、中肉中背の普通の男だった。
「……よいしょっと。」
そのままにするのも可愛そうだったので、とりあえず男を長椅子まで担いでいき、寝かせる。他の人の手を借りなかった理由は、たかがこれくらい一人で出来るからだ。ただ、なぜ皆が奇異の目で自分を見ていたのか、ラスカには分からなかった。
彼女が適性検査に合格したのは、言うまでもない。