伯爵との面会
目的地に到着すると、まずは領主の館を目指すことになった。というのも、アンジェリカはそこに嫁いでいたらしい。
「あ、あの、ここの人達には、私がアンジェリカさんの妹だということを、えっと……隠しててほしいんです。」
道中、ソフィーは三人にそうお願いした。
「なぜですか?」
「以前も、話したとは思うんですけど。その、私とアンジェリカさんは異父兄弟なんです。それで、アンジェリカさんは貴族で、私は平民。えっと、母はアンジェリカさんのお父様と、その、婚姻関係にあるので……」
つまり、貴族の妻が平民の男性と関係をもち子供ができたのか。
もしくは、妻を失った貴族が、子持ちの平民の女性と再婚したか。
どちらにしても、ソフィーの存在は一家の汚点に見えてしまうだろう。
「えっと、彼女が亡き今となって、そんな妹が訪れても、その、余計な噂しか生まれませんから。」
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そこで、一つの事実が明らかになっていた。
「で、お前は何をするつもりだ。アンジェリカという女性は亡くなっているんだろう。」
ディークリフトは既に帰りたそうな表情だ。
『アンちゃんをたすけて』
そう書かれた依頼書を頼りにここまで来たが、対象者と思われる人はもういない。ソフィーも、母親に頼まれて遺品が無いかを探しに来たのだそうだ。
「この依頼主の人は、アンジェリカさんが亡くなっているということを知らないと思います。せめて、その前後の出来事を調べて、報告するべきだと思います。」
『うん、るーも!』
「……そういうものか。」
どこか釈然としない様子のディークリフトだが、なんだかんだでついてきていた。
屋敷へ辿り着くと、まずは使用人に冒険者証と依頼書を見せて経緯を説明する。
ソフィーは事前に連絡をしていたようで、問題なく事が進んだ。ただ、別件であるということで彼女とはここで別れ、三人は時間を改めて領主と面会する事になった。
「仕方ないだろうな。こっちは急に来たのだから。」
「面会の約束ができただけでも十分です。依頼書の内容があれですし。」
『おなかすいたー』
「ちょっと待て……これでいいだろう。ほら、お前も。」
『ありがとー』
「ありがとうございます。」
ディークリフトが取り出した串焼きを食べながら、村を散策してまわる。小さな辺境の地だ。出会った村人達はすぐに三人が余所者だと気がき奇異の目で見ていたが、ルイがすぐに声をかけて行ってはいつのまにか打ち解けていた。
「ルイ。行動力を無駄に発揮するな。」
『んー?』
「こっちにも流れ弾がだな……」
自らも絡まれ始めたディークリフトがルイに言うが、にこにこと返されて言葉を詰まらせていた。
「いいじゃないですか、楽しいですし。」
「面倒くさい。」
ディークリフトは、人と必要最小限しか関わろうとしない。そもそも、特種な魔物・人形の討伐か魔法等の実験の時くらいしか外に出ようとしない。それ以外は研究室に籠っている引きこもり気質なところがあるのだ。
「魔物討伐が生きがいだからな。それに関係のないことには興味ない。」
「えーっと、そこまでストイックだと、なんというか……」
『じゅーしょー?』
ほのぼのと辛辣な言葉を口にするルイに、ラスカは乾いた笑いをこぼす。
「ストレートすぎます、ルイ。」
「重症……。ルイ、俺は至って健康だが。」
「意味が若干違……いえ、何でもないです。」
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とりとめのない会話をしながらゆるゆると時間を潰し、真昼の陽射しが和らいできた頃に再び屋敷を訪れた。
「遠路遙々と、よくこのような辺境まで来られた。」
領民よりは良いとはいえ、一領地の主である伯爵にしては質素な服に身を包んだ男性が三人を出迎える。それでも、厳格な雰囲気は彼が統率者であることを表していた。
「さて、あなた方は冒険者として、依頼でここを訪れたとのこと。その内容を、もう一度ご説明願いたい。」
ラスカはもう一度依頼書を見せながら伯爵にことの顛末を話す。アンジェリカの名前が出た時にやや険しい表情になっていたが、最後まで黙って聞いていた。
「それで、せめてお話だけでもと思い……っ?!」
拳を握りしめ、肩を震わせている伯爵に、ラスカは動揺する。ルイもキョトンとしており、ディークリフトはドアを指さし二人に呟いた。
「……逃げるか。」
「何か怒らせるような事を言ったなら、謝ります!ごめんなさい!!」
『おじさん、なんで、ないてるー?』
ルイが彼の元へ歩み寄り、心配そうに顔をのぞきこんでいた。堪えていたのか、目が赤くなっている。溜まっていた涙が頬をつたった。
「……うっ、ぐ……っ」
一度流れてしまっては、止められない。ぼろぼろと泣きながら、彼は両手を組んで額につける。
「ああ、アンジェリカちゃん!やはり皆案じていたのに!地位を貰ったって、領主になったって、おじちゃん、やっぱりアンジェリカちゃんがいないのはい・や・だーっ!」
「……」
「うむ、逃げるぞ。ルイ、怪しい人には近づくな。」
『はーい』
「え、待って、逃げないで?!それに、全然怪しくないし!ちゃんと領主だし!!」
既に部屋の外へ向かっているディークリフトに、伯爵は慌てて先回りし行く手を阻んだ。
ドアを背にこほんと咳払いをすると、きりりとした顔になる。
「……少々取り乱した。とんだ醜態を……忘れてもらいたい。」
「……」
ディークリフトが無言の圧力をかけるが彼は動きそうにない。先に折れたのはディークリフトで、ため息をつきつつ不機嫌そうに席に戻った。
「ふ……さて、アンジェリカの事が聞きたいのだね?何でも話そうじゃないか。うん、そうだな……まずは彼女と初めて会った時の事だ……っ!」
先程のおかしなテンションに戻り始めた伯爵を、ルイがおそるおそる見上げる。
『おじさん、やっぱり、あやしいひと?』
「至って普通の、姪が可愛くてたまらないだけの叔父だ。分かったかい、お嬢ちゃん?」
『ん、わかったー。おじさん、あやしいひと、ちがくて……』
ぽんっと手を打ち、ルイは納得したように頷きながら無邪気に笑った。
『へんたいー?』
ピシーンッと空気に亀裂が入り、一瞬時が止まったように感じた。
……
……………
…………………
「……この依頼書の文面から察するに、これは救助要請。恐らくはあの事件の事だろう。」
まともな状態に戻った伯爵が淡々と話す。変態発言がよほどショックだったのか、恐いくらいに冷静になっていた。これはこれで重症かもしれない。
「アンジェリカと当時の領主は、多額の横領と統率者としての責任の放棄、その他諸々の罪で捕らわれ、命を断たれた。」




