道中にて
出発の日。
ラスカは待ち合わせの場所に向かう途中で、偶然ソフィーを見かけた。
「ソフィーさんは、奥ゆかしいねぇ。」
「あ、あの……」
おろおろしている彼女の手をとりにこにことしている青年は、見覚えのある顔だった。
「ソフィーさんと……マスター?」
「あ、ラスカさんだぁ。どうしたんだぁい?デートのお誘いかなぁ?」
「いえ、とある依頼でソフィーさんとご一緒することになって……今から王都を発つところなんです。」
「あ、うん、そっかぁ……それは、残念だなぁ。」
そう肩を落としながらも、もう一度ソフィーの手を握る。
「?……?」
「ふふっ、真っ赤になって……やっぱり可愛いねぇ。でも、一緒にお茶するのは暫く無理みたいだからぁ」
「は、はい……」
「その依頼が終わってからにしようねぇ?」
「はい……え?」
「うんうん。約束だよぉ。じゃあ、行ってらっしゃぁい。」
しっかりと言質を取ったマスターは、満足そうに去っていく。ようやく解放されたラスカとソフィーは、駅馬車に遅れないように慌てて移動をしたのだった。
「……約束だよ、ソフィーさん。」
いつになく真剣なマスターの呟きは、増えてきた人の声に飲まれてかき消された。
ーーー
『らすかー、こっちー!』
先に屋敷を出ていたルイが馬車の側で手を振っていた。その隣には、レイとディークリフトもいる。
「もうすぐ出発するみたいだよ。ほら、乗って乗って。」
レイに促され、彼を除く四人が馬車に乗り込む。
「あれ?レイが留守番ですか?」
基本的に、屋敷には誰かが必ず残るようにしている。この依頼の話を出した時ディークリフトは興味を示していなかったので、彼が残るのだとラスカは思っていたが……
ディークリフトに目を向けると、ふいっと視線を逸らされた。その隣でルイがクスクスと笑っている。
「?」
「まあ、そういうことだから。いってらっしゃい。」
そう見送るレイも、珍しく子供らしい笑顔を浮かべていた。
馬車には、ラスカ達以外にも10人程乗車していた。中には、冒険者らしき人もいる。この馬車のルートは乗降地点が少なく、比較的長い時間を共に過ごすということもあり、他の乗客とも次第に打ち解けた。
「ほう、そんな辺境まで。」
そう驚いているのは、農村へ帰るところだと言う老人。
「珍しいな。あそこまで行く人はそういないから。御者も、ルート覚えているか分からんぞ?」
乗客がいないのでわざわざ最終地点まで行かない事が多いのだと、冒険者の男性が四人に教えてくれた。ラスカ達が向かっているのは、馬車を何度か乗り継いだ最終地点。
そんな馬車に子供はもちろん、若い人が乗っているのも珍しい事らしく、ルイだけでなく残りの3人も大層可愛がられている。
「うんうん。若いっていいねー、いるだけで華があるわ。あ、これ食べる?」
『ありがとー!』
ドライフルーツを分けてもらったルイがはしゃいでいるのを見て、おばちゃんが目尻を下げてとろけそうな笑顔になっていた。
和やかな雰囲気で、馬車は順調に進んでいく。
☆★☆★
昼の休憩で、停止した馬車から降りて食事をすることにした。中に留まる者も何人かいたが、長時間の移動だと多少寒くてもラスカは外に出たくなってしまう。
何もない草原地に腰をおろし、パンと干し肉を取り出す。
「あの、ルイちゃんは、これ食べれますか?」
心配そうにソフィーが見つめるのは、『かたいー』と苦戦しているルイ。それでも、初めて体験する味を楽しんでいるようで、水に浸しながらちびちびと食べていた。
『♪♪』
「あ、ちゃんと適応していますね。」
そう、ルイは意外にも逞しい。日和亭の調理担当のフックが、新メニューを試作するときに時々作る物体Xだって普通に食べる。その際、ちゃんと改善点も教えてくれるのでとてもお店に貢献していた。
「これも食べるといい。」
そうディークリフトが取り出したのは、その日和亭のサラダ。
「……え?野菜を持って来たんですか?それもサラダ……」
「途中寄る地で何か食べられるとしても、それ以外はパンと干し肉だけなんて飽きるだろう。」
「それが普通ですよ。このルートはほとんど人里がないので、日保ちする物でないと。」
「それなら問題ない。それに、他にも色々持って来た。」
そう見せられた紙には、サンドイッチ、スープ、煮込み料理、炒め物等がずらーっと書かれている。
ラスカとソフィーは唖然としていた。
「これ、全部……?!あ、あの、どうなっているんですか?」
「私もよく分からないんですけど、まあ、ディークリフトさんですし。」
そういえば、彼は色々と規格外な魔道士だった、とラスカは思いだし、なんとなく納得してしまう。おそらく、鞄に秘密があるのだろう。リストを見た限り、明らかに見た目の容量より多く入っていた。
「それにしても、たくさんありますね。」
「他の乗客に分ける分もあるからな。」
さらっとディークリフトの言った言葉に、ラスカは驚かずにはいられなかった。
「俺達の分だけのつもりだったが、それでは余計な面倒事の火種になりかねないと言われた。」
「あ、なるほど……」
自分達だけが他より豪華な食事だと、確かに良くは思われないだろう。レイからその指摘を受けたディークリフトは、ここまで準備をする羽目になったようだ。彼にとって面倒事は最も回避するべきものなのだ。
ちなみに、パンと干し肉だけの食事を我慢するという選択肢は最初から存在しない。
ディークリフトが取り出していく料理の数々を、ラスカとソフィーとルイの3人で同乗者達に配ってまわる。皆驚いていたが予定よりも豪華な物になった食事に喜んでいた。
「なぁ、その鞄、もしかして魔道具?!」
「あぁ。」
「どこで手にはいるんだ?こんなすごいもの!」
「さぁな。」
「どれだけの容量が入るんだ?料理の保存ができるってことは時間の経過は」
「……はぁ……食事くらいゆっくりさせてくれ。」
冒険者の男につかまってしまったディークリフトが、ため息をついた。適当に返事をしても離れる様子がない。
「これは魔道具。たまたま持ってた。容量・時間の経過については詳しく知らない。今回試しに使ってみたのは、それを調べる為だ。」
「試しに、って……今まで使ったことないのかよ!もったいない!」
「そんな機会ない。」
冒険者の仕事をしている時も、荷物は持っていなかったからだ。いつでも聖域に帰れるし……
「冒険者でなくても夢のようなアイテムだろ……まさか、」
はた、と言葉を切り、男ははっとして声を上げた。
「まさか、引きこもりか?!」
「なぜそうなる。」
☆★☆★
「あ、だからディークリフトさんが同行することになったんですね。」
男同士の語らいに無理やりつれていかれたディークリフトを遠目に見ながら、ラスカは納得したように頷いた。
『?』
「ほら、あの鞄は魔道具なんですよね?魔道士のディークリフトさんでないと扱えないから、わざわざ来てくれたんでしょう?」
レイとルイの力は一見魔法のようにも見えるが、それとは違うものだと、ラスカは以前に聞いた事があった。
「でも、ディークリフトさんが来てくれて良かったです。意外と楽しんでいるみたいですし。」
『ふふっ、ほんとー』
ーーえ、えっと、楽しんでいる???
ソフィーにはディークリフトはほぼ無表情で、口調も単調にしか思えなかったが、口には出さなかった。




