ある事実
「それじゃあ、聖獣様は……っ!」
帰ってきた者達からの報告に、集落の人々は涙した。聖獣の死。その存在を守り、崇めてきた彼らにとって、それは底知れない悲しみだった。
(「……っ……せいじゅ、……っう……さまぁ……っ……!」
)
ラスカの脳裏に、あの時のサーシュの叫びが甦る。
あの時、サーシュの傍らに倒れた聖獣は、口を開き……………
何も言うことなく、満足そうに目を閉じた。
その姿が光となって崩れながら消えていき、残された者の泣き声と共に、風に運ばれていった。
皆、悲しい。だが、誰よりも辛いのはサーシュだろう。
方法がなかった。
こうしなければ、草原の民は皆生きてはいられなかった。
それでも……
相反する想いに沈黙する彼らに、ルイが一歩前に進み出る。
『ちがう。せいじゅう、すくわれた。』
「……分かってる、けど……でも……」
『がんばった。さーしゅ、ほんとうに、がんばった。』
座り込んだサーシュの肩を抱くようにして、ルイが優しい声で慰めていた。何度も何度も、血と土で汚れた頭を撫でながら。項垂れるサーシュにルイはにっこりと微笑み、その汚れた頬を拭ってあげる。
『それに……また、あえる。』
「……えっ……」
サーシュから離れると、ルイは両手を広げてくるりと回る。
『ここに、いる。せいじゅうの、たましい。……また、うまれる。』
「魂が残っているんだね。……こんなことがあるなんて。」
すべてのモノには、魂がある。魂は自らの器が壊れると解き放たれ、世界に還る。やがて新な魂同士で集まり、別のモノとして生まれる。
だが、聖獣の魂は解き放たれてもその場に留まり続けているのだ。
「復活なさる……、というのか?」
「それは、ちょっと違う。」
すがるような長の声に答えたのは、レイだった。
「聖獣の魂は喰われてしまって、残っているのは半分ほどなんだ。ルイの言葉を正確にいえば、聖獣の想いを受け継いだ、よく似た存在が新たに生まれるということだよ。」
顔を上げた人々ににっこりと微笑み、ルイは大空を仰いで歌い始める。それは、喜びの歌。未来に希望を抱いた歌。
その声に応呼するように、周囲を無数の煌めきが包み込んだ。
ああ、これがーー
誰もが、すぐに理解した。
これが、聖獣の魂なのだ、と。
ーーー
夜。
予告通りに、集落では宴会が開かれていた。脅威の問題解決と、聖獣を救えた事を祝って。
ディークリフト一行の元にも草原の民が集まり、話に花を咲かせている。
ここで、ある事実を知ることになった。
「……えっ?二人は、男だったの?」
ほとんどの人がディークリフトとレイのことを女性だと思っていたという事実。
「レイは分かるが、なぜ俺まで……」
「ディーク、それ傷つく……」
草原の民の男性像は、でかい・ゴツい、だ。女性でも体格のいい人の方が多い。よって、整った顔立ちの彼らは女性にしか見えないらしい。
沈みこんでいる二人を不憫に思いながらも、ラスカはその場から離れてサーシュに声をかけた。
「……ラスカ?……どうか、した……?」
おっとりと振り返る様は以前と変わらない。ラスカは隣に腰を下ろす。
「えっと……心配だったので。」
その背中は細く、儚げで、今にも消えてしまいそうな気がしたから。そこで、ラスカはあることを思い出す。
「そういえば!大丈夫なんですか?あの時、一度消えちゃったじゃないですか。」
「……あ、あれは…………?、??」
ペタペタと身体を触るラスカを、サーシュは手で制する。
「……あれは、幻……」
話によると、最初に魔法で『二つに別ち具現』させたのは、サーシュ自身の魔力だったらしい。聖獣に変化がなかったのはこの為だ。
ラスカが守っていたのは、いわばサーシュの分身。本物のサーシュは彼らの上空に転移し、そこから二度めの魔法を発動させたという訳だ。
サーシュの魔法には発動までに時間がかかる。聖獣の魔力核の中だと魔法を発動させようとするのを察知されてしまうため、その外から仕掛ける必要があった。
通常ならば、集落を覆うほどの魔法壁の中であれば、聖獣の魔力の濃い魔力核の、外にいたとしても気づかれてしまう。そこで、魔力核をディークリフト達の魔力で満たし、聖獣の感覚を狂わせることで、外での魔法に気づかれなかったということだ。
また、分身が持続できるのは次の魔法を発動させるまでの間。しかし、その間に少しでも衝撃を受けると消滅してしまうため、ラスカが守る必要があった。
「……黙っていて、ごめん……」
「いえ、いいんです。」
敵を欺くにはまず味方から、という言葉もある。まあ、結果は成功なので良かったはずだ。
「……ねぇ、ラスカ達は……もう、行っちゃう……の?」
「え?……そうですね。」
もともと、ここへは空の民、ラスカイアについてのことを調べる予定で来た。結局、その手がかりは得られず、代わりに世界の危機についての『鍵』を求めてここまでやってきたのだ。
「『鍵』は手に入れたらしいので、帰ることになるでしょうね。」
「そう……」
サーシュはそう呟き、笑いあう人々を遠目に眺める。そこへ、長がやってきた。
「ラスカ殿。もし、よければ……空姫殿も一緒に連れていってはくれないだろうか。」
唐突な言葉に、ラスカは驚く。
「空姫殿は、草原の民ではないのだ。幼い頃に突然現れてだな、魔法を扱えるようになったら独り立ちするはずであった。
だが、ちょうど聖獣様に異変が起こった時期と重なって、先送りしておって」
「……長」
サーシュが服を引っ張り、長は口を閉じた。
「申し訳ない。おせっかいであったな。」
長は苦笑を浮かべ、すぐに他の集団の元へと行ってしまった。再び二人になったところで、サーシュは小さく息をつく。
「……ボクは……聖獣様が、生まれるまで……ここにいる。」
聖獣が消えたことで、魔法壁は崩壊した。集落を守るため、サーシュはもうしばらくここに留まるようだった。
「でも……本当は、一緒に、行きたい……。旅は……とても、楽しそう、だから……。……それに……」
言葉を切るサーシュの視線の先には、ディークリフトの姿があった。ラスカはそれに気がつき、彼の事を見ているであろうサーシュの横顔を、再び見ることができなかった。鼓動が、隣まで聞こえているのではないかと思うほど、大きくなっていく。
「……ねぇ、ラスカ。」
「なんですか?」
視線を合わせないまま、答える。
「……リークリフトのこと、好き……?」
「ふぇっ?!……そ、そんなこと、急に……言われても。」
思わずサーシュを見ると、くすくすと笑っていた。
「あぅ……」
「……でも、いいなぁ……好きな人と、いられるって……」
穏やかな表情で星空を眺めるサーシュに、ラスカはどうしても尋ねたかったことを聞いてみた。
「サーシュさんは……いるんですか?好きな人……。」
言ったあとで、後悔した。かあっと身体が耳まで熱くなるのを感じる。
「……ん?うーん……」
言葉を濁しながらも、サーシュはほんのりと頬を染めて頷いた。
「強くて……かっこいいよ。……でも……届かない。」
「……やっぱり、ディークリフトさん、ですか?」
「…………?」
何度も目をしばたかせて、サーシュはラスカの顔を不思議そうに見る。
「……えっと……リークリフトは、憧れ。でも……好きなのは、別の人……。……ボク……男、だし。」
「……………………え。」
瞬間、時間が止まった。
男?サーシュは、おとこのひと?
でも、皆『空 姫』って呼んでいたし。確かに顔は中性的だけど、長い髪で可愛いし。細いし。
「もしかして…………女の子だと……思ってた………?」
落ち込むそんな姿までなんだか守りたくなるっていうか、母性が働くというか……。
それが男の子だなんて!!!
ちかり、とサーシュの瞳の色が変わった。
「な……っ?!サーシュ!これしきのことで引っ込むでない!妾にこの状況をどうしろと」
出てきたもうひとつの人格、煌はラスカと目が合うと、嘆息した。




