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LASKA  作者: 朝舞
第三章 手がかりを求めて
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聖獣のもとへ

翌日、いよいよ聖獣のいる丘へと出発することになった。


「ようやく、か。」


背中に人々の声援を受けながら、ディークリフトはほぅと息をつく。


「やっと魔力を開放できる。」


魔力の多い彼は、ずっと押さえ続けるのはできないようで、時々聖域に戻っては発散していたのだ。


聖獣の元へ向かいながら、改めてそれぞれの役割を確認する。


「空姫様、大丈夫ですか?」


コウアが、固い表情のサーシュに声をかけた。それに対し頷くと、サーシュは前方に見える丘を見据える。


「……全員、配置に……。……そろそろ、だよ。」


指示を受けた男達は草影に隠れるようにして待機する。

サーシュと四人は彼らと離れ、身を屈めながら丘の上へと進んだ。頂上付近に、半透明の膜があった。これが、聖獣の魔力核だ。


ゆっくりと、長い詠唱をし、サーシュはさらに歩を進める。レイとルイがそれに続き、ディークリフトとラスカはいつでも飛び出せる体勢で様子を伺った。


「……聖獣様。」


ざわざわとその声に応じるように草が揺れ、少し離れた岩影から何かが姿を現した。


『……サーシュ……カ……』


身体を引きずりながら、巨大な狼のような獣が姿を現した。聖獣はレイとルイの方に顔を向けると、はたと動きを止める。


『……天ノ御方……』


聖獣は二人が使徒だとすぐに気がついたようで、目を見開く。ただ、その焦点は合っていない。


『……我ガ肉体、貪ラレ、已二……』

『からだじゅう、くろいたましい、ながれてる。』


聖獣は途切れながら何かを訴えようとしている。ルイは聖獣をじっと見つめ、声をあげた。


『むね、いぶつ、みつけた!……れい!』

「いくよ、かいほう!」


ルイとレイが手を繋ぎ、二人を中心に爆風が生まれる。そのタイミングで、ディークリフトとラスカも飛び出した。


「うわあっ……!すごい力!」


魔法壁の中は重圧がかかったように重苦しい。巻き起こる風に体勢を整えるラスカの隣で、ディークリフトが長いローブを取り去った。


そのとたん、さらに激しく風が吹き荒れる。


『嗚呼、呼、呼呼……?!』

「……っ!」

「サーシュさん!」


よろけるサーシュを支え、ラスカは剣を構える。サーシュを守ることが、今回の作戦のラスカの役割だ。


「……其の力、二つに別ち具現せよ。」

『否ッ!!!』


事前に詠唱していた魔法を完成させたサーシュが発動させるのと、聖獣が咆哮するのとは、ほぼ同時に起こった。聖獣からは、先程はなかった敵意が伝わってくる。


五人を、蠢く植物が波のように襲いかかる。それはもはや植物ではなかった。蔓は鞭のようにしなって地を削ぎ取り、刺が次々と飛んできては穴をあけた。巨大な花からは怪しげな花粉が降りかかる。

意思を持った、一種の生き物だった。




☆★☆★




様子を見守っていたコウアは、離れた位置で待機している男たちに警戒の合図を送った。男たちは魔法を発動し、集落との間に巨大な壁を生み出す。彼らは、万一の時に聖獣から集落を守ることになっていた。


「ぅぐ……っ?!」


聖獣の魔力核から溢れた魔力に押し倒されそうになり、なんとか踏みとどまる。コウアは魔力核の外、戦いの様子が見えるギリギリの位置にいるが、思わず冷や汗が出た。


ーー一体、中はどうなっているというのだ?!


荒れ狂う魔力の暴風の中、気味の悪い植物達が、凍らされ、斬り倒され、凪ぎ払われていく。自分なら、戦うどころか中に入ることさえできないだろう。


「コウア、そっちは大丈夫かー!」


男達の声が、背後から届いた。戦いの状況が見えないので、不安なのだ。


ーー俺達の敵う相手ではない、だが……


コウアは顔を上げ、吼えた。


「空姫様達を信じろ!俺達は、集落を守るのだ!」




☆★☆★




「ねぇ、聖獣、何も起こってないよ?!」


魔力を解放したことで元の姿に戻ったレイが、サーシュに確認する。聖獣は唸り声をあげながら口を開いた。


『決シテサセヌ。オ前ニハ、邪魔ナド……!』


前足を振り上げ、降り下ろす。しかし、斬撃はあらぬ方向に放たれた。


『クッ……コイツモ、未ダ抗ウカ!』


聖獣は自分の前足に噛みつこうとし、途中で止めたり、今度は後ずさろうとして、それを嫌がるように地を蹴ったりと、もがくような行動を取り始めた。ルイが泣きそうな顔で呟いた。


『たたかってる。せいじゅうのしろいたましい、くろいたましい。』


その間に、サーシュは再び小さな声で詠唱を始める。


『……サーシュ……』


掠れた声にサーシュは息を飲む。

敵意の消えた聖獣が、じっと見つめているのが分かった。


『……我ヲ、殺セ……』

「…っ……其の力、二つに別ち」


一瞬、詠唱が止まったが、すぐに再開して魔法を発動させようとする。しかし、それよりも早く聖獣が殺意を込めた剛腕を降り下ろしていた。


衝撃波に、ラスカは詠唱中のサーシュを腕に抱えたまま跳躍する。その腕の中で、サーシュは幻のように消滅した。


「え……?」


……具現せよ。


掻き消されたはずの詠唱が終わり、聖獣の身体から黒い何かが出てくる。


『嗚呼呼呼呼ツツッ……!!!』


「何が起きてるんだ。」

「分からないです。サーシュさんは、一体……?!」


怪訝な表情のディークリフトに、ラスカも首を横に振る。


『あ……!』


ルイが頭上を指差し声をあげる。そこには、なぜか落ちてくるサーシュの姿が。


慌てるラスカの目の前で、その落下速度を落としながら……最後はゆっくりと地面に降り立つ。


「サーシュさん、大丈夫ですか?」

「……うん」

「良かった……。」


ラスカは思わず止めていた息をはきだした。本当に焦った。口から心臓が出るかと思う程に。


すぐに聖獣へと目を向けると、黒い塊が触手のようなもので繋がっている姿がうつる。


「……そんな……分断した、はず……。」

『此、断テルハ……刃ノミ。』


聖獣は静かに首を巡らせ、サーシュを視界に捉えた。


『……断テ。我ニハ、アタワズ。』


震えるサーシュを守ろうとラスカが前に出ようとすると、聖獣は鼻に皺を寄せて牙を剥き出しにした。目が血走り、触手の先の黒い塊が激しく動く。


『……近寄ル、ベカラズ……』


肩で息をしながら、聖獣はそう絞り出す。見えない力で抑えられているように、黒い塊の動きは弱くなった。


『天ノ御方トイエドモ、我ハ敵意持タントス。平穏ナル心二アラズンバ、理性保テズ。我、汝ラヲ……傷ツケルヲ……欲セズ。』

「オレ達は何もできない、ということだね。」


レイが歯がゆそうに剣を握りしめた。


「奴はまだ力を出しきってない。聖獣がなんとか抑えているんだ。でも、こちらが刺激すると、奴が反応して抑えきれなくなるだろうね。」

『あれ、たましい、たべてる。』


怯えた目でルイは黒い塊を指差した。


「聖獣の魂を食べる……ということは、奴を抑えきれなくなるのも時間の問題か。」


黒い塊が身体の中に戻ろうとし、聖獣は唸り声をあげる。


「……聖獣様……っ!」

『……成セル……ノハ、汝ノミ。』

『じかん、ない。もどっちゃう!』


触手が少しずつ聖獣の中に戻っていくのを見て、ルイが悲痛な声をあげる。


『…………サーシュ……』

「…………」


うつむいたまま、サーシュは聖獣の元へと重い足取りで近づいて行く。携帯用の小刀を取り出すと、鞘を抜き、その刃を蠢く触手に向けた。


「…………っ!」


触手だと、思っていた。





中を流れているモノを見て、サーシュはそれが何かを理解した。蠢くような動きは、脈拍……鼓動。確かにそこに在る生命の音。


触手ではなく、聖獣の太い血管だったのだ。これを断てば、確実に聖獣はその生を終える。


「……い、や……っ!」


死んでしまう。殺したくない。


サーシュの手から、小刀が滑り落ちた。




☆★☆★




(愚か者。)


頭の奥から響く声に、サーシュは息を飲む。


ーー煌……!


今まで音沙汰もなかった煌の声。溢れ出る涙を拭おうともせずに、サーシュは唇を噛んだ。


ーー……どうしよう……助け、られない……でも、殺したく……ない……

(そうして、お主は聖獣を殺しておる。)


予想外の言葉に、ビクリと震える。


(こうしている間にも、聖獣の魂は喰われ続けておる。お主は、そうして彼の魂を、意思を、見殺しにするつもりか。)

ーー……そんなこと……っ

(なら、やるのだ。)




☆★☆★




うずくまったサーシュに駆け寄ろうとしたラスカは、ディークリフトとレイに引き留められてしまった。


「ダメだよ、ラスカ!聖獣は部外者に対して凶暴になっているんだから。」

「暴れられたら、あいつが真っ先に巻き込まれるぞ。」

「そうですけど……」


時間がない。聖獣の魂と黒い魂、互角だった力は傾きかけていた。


「……聖獣様……」


ゆっくりと立ち上がると、サーシュは聖獣の身体を抱きしめ、顔をうずめる。


「……大好き、です。……だ、から……っ……」


顔を上げたサーシュは、涙で頬を濡らしながら懸命に微笑んだ。


「……死なせ……ない……殺させ、ない……っ!」


殺すのではなく、救うために。

サーシュは、持っていた小刀を降り下ろした。




鮮血が、飛んだ。





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