勝負
集落には無事入れた。聖獣の魔法の守りは突破できたようだった。皆少なからず不安を抱えていたが、問題なかったようだ。
まずは長に挨拶をすることにし、人が増えてきたので馬から降りて進んでいく。
草原の民は遊牧民のため、家も移動式の物だ。テントのようだが、ラスカが予想していたよりも大きくてしっかりしている。
ちらほらと見える人々は、来訪者を物珍しげに見ていた。
「……誰か、来るのは……久しぶり、だから……」
気にしないで、とサーシュは言う。
「ここです。」
コウアがそう言い、長に声をかけに先にテントの中へ入る。程なくして、中へと招き入れられた。
「空姫殿から話は聞いてある。よく来られた。」
長はやはり年長者であるものの、意外にもがっちりとした体格の男性だった。若い頃はとてもたくましかっただろう。
「聖獣様は今は落ち着いておられる。また以前のように暮らせるなら、それ以上の事はない。どうか、よろしく頼む。」
「ああ。」
ディークリフトはそう答えながらも、ちらりと後ろの方を見た。先程から、表の方でたくさんの人の気配がするのだ。
「ところで、長。あれが気になるんだが……。」
「申し訳ない。なにせ、空姫殿の同郷の者達がくると既に知れ渡っていてな。大騒ぎだったのだ。容姿も目立つしすぐに気がついたんだろう。」
長は困ったように言いながらも、その顔は笑っていた。
「うちの男達も敵わなかったんでしょ?強いのね!」
「あいつらから魔法は凄いって聞いたけどよ、俺なら、腕っぷしなら負けねぇし!」
「ここの男達は皆熊みたいな人ばっかりだからね。これがあんな華奢な人達に負ければ恥だよ。」
「負けるものか!あんな貧弱なのに!」
ガヤガヤと聞こえる声に、ディークリフトは僅かに眉をあげる。会話が筒抜けなので、今の発言には少々不満があったらしい。
彼はすっと立ち上がると、外へと出ていった。レイとルイとラスカもその後を追う。
「黙って聞いていれば……なかなか言ってくれるじゃないか。」
「あっ……!」
ディークリフトを貧弱と言った男が声をあげる。見覚えのない顔だ。どうやら、あの時は集落に残っていた男のようだ。
「客人に聞こえることくらい考えれるだろうに。礼儀を覚えなさい。」
長もテントから出て男を戒める口調で言った。
「長よ。教育なら俺が直接やってもいいが。」
「ふむ、それもおもしろい。」
長とディークリフトのそんな会話を聞き、サーシュが慌てて二人の間に割り込んだ。
「……だめ。……魔法、使うと……聖獣様が……。」
「おお、そうであったな。魔法を使うのは、聖獣様と対峙する時だ。」
「……リークリフト、落ち着いて……。闘志、魔力……上げる。……今、ギリギリ……。」
「……聖獣と会うまで何もできないんだな。まあ、いい……。」
表情は変えず、ディークリフトは深く息をつく。
「所詮、負け犬の遠吠えだからな。」
「なっ……?!」
男の表情がかわり、まずいと判断したレイが小声で注意する。
「ディーク、よけいなことをいわないでよ!」
「本当のことだろう。あ、戦っていないんだから、負け犬ですらないか。」
「なんだと!」
時すでに遅く、男が青筋を立ててディークリフトに詰め寄る。
「俺だって本当のことを言っただけだ!あんたは確かに強いようだが、それは魔法だけだ。」
「人を見かけで判断するのはよくないですよ!」
ラスカはそう言わずにはいられなかった。ディークリフトは魔術だけでなく体も鍛えている。剣もなかなかの腕なのだ。
「なら、俺と勝負しろ!」
「俺は闘志すら持ってはいけないようだから、無理だな。」
しらっと答えるディークリフトに、男は忌々しそうに舌打ちする。
そんな男の様子に、彼はすっと目を細めた。
「それなら、こいつと戦ってみればいい。」
ディークリフトはちらっとラスカに視線を送ってから男を見た。
「……は?馬鹿にしてるのか?」
「そういうつもりはないが、負けるのはお前だろうな。こいつの方が強い。」
ラスカは誉められているようで嬉しくなる。対して、男はふるふると体を震わせていた。どうやら、かなりご立腹の様子……。
「確か、ラスカ殿といったな。是非とも実力を見てみたいものだ。」
「……ラスカなら、いいよ……。」
長がワクワクとしながらそう言い、サーシュは仕方なく頷いた。
ーーー
草原の民は自然と共に生きているだけあり、強者が多い。長を決めるときも、知力や統率力はもちろん、腕力も優れた者を選ぶのだ。なにかと拳で決着を着けることの多いここでは、戦いは生活の一部になる程密接で、見物と言っても過言ではなかった。
「ディーク、わざとこうなるようにしたでしょ。」
見物人の中に混じり、レイは呆れたように隣の青年を見上げて言った。ディークリフトの事をある程度知っている人なら、そう気付く。
「じぶんがたたかえないからってラスカにかわりをしてもらうなんて。」
ラスカは魔力が少ない。闘志で魔力量が増えても全く問題ない程に少ない。故に、男からの勝負の申し入れにこたえられるのは彼女しかいない。
「ここの男達はあんな奴が多い。一度、力を示した方がいいだろう。」
コウアという男と最初に会った時……彼は行動が先に出るタイプのうえにディークリフト達に敵対心を持っていた。それが今では実力者として認め、態度も随分と改まっている。
草原の民は強者を好む。だから、今実力を認めてもらえれば後々楽なのだ。
「それに、あの男は少々教育してやらないと気がすまない。」
「……やっぱりね。」
『でぃーく、れい、はじまるよー。』
ルイに言われ、二人は人でできた円の中心にいるラスカと男に目を向ける。
「大きければいいってもんじゃないぜ、嬢ちゃん?」
男は、ラスカが大剣を構えるのを見て、そう忠告する。両者が使用する武器は競技用のもので、相手を傷つけないという効果の魔法が付与されている。武器の種類も様々で、好きな物を選べるというのでラスカは剣を選んだ。
「これですか?いつも使っているものよりも小さいくらいですよ。」
「へぇ~?」
ラスカの言葉を真に受けていない男は、おどけた調子で返答しながら、自分も剣を手に取った。
「……準備は、いい……?」
サーシュは、両者が怪我をしてもいつでも回復できるように魔法を発動させられる状態で待機している。その隣で、合図を出すことになっている長が手を高くあげた。
「それでは、勝負……始めっ!」
長の手が下ろされたのと同時に、ラスカの目が変わった。ややつり上がった目は鋭さを増し、その変化に男は一瞬怯む。
「うむ、この気。確かに強者のものだ。」
どこか嬉しそうな長の声に弾かれたように、男はラスカに急接近した。
「ぐっ……?!」
降り下ろした剣が弾き返され、男はさっと距離をとる。男がいた場所で、刃が空を切った。
「簡単には当たらないですね。」
残念そうに、ラスカはそう男に言う。その間にも剣を素早く持ちかえ、追撃の構えをとっていた。
「……っと!…」
ラスカの剣は男の盾に阻まれ、間をあけることなく迫る刃を回避する。と、同時に相手の剣を持つ側に移動。
盾では防ぎにくい場所から自らの剣を下から振り上げる。
それを上から押さえようとした男の剣は下からの勢いに全く抗うことができず……
キイイィィィィン………ッッ!!!
刹那、弾き飛ばされてしまった。
「…………はっ!……勝負ありー!」
長が我にかえってそう告げる。ラスカは地面に倒れた男に駆け寄った。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「なんとか、な……。」
競技用武器は相手を傷つけることはないが、攻撃の衝撃までは吸収されない。
「お前、強ぇーな。馬鹿にして悪かった。」
立ち上がった男はどこか清々しい表情でそう詫び、深く頭を下げた。長が満足そうに頷きながら拍手をする。それを皮切りに、次々と拍手や歓声が沸き起こった。
ーーー
その後、サーシュと長、聖獣の元へ一緒に行く男達数名とこれからの作戦会議が行われた。
「よいか、聖獣様はこの集落を魔法壁で覆っている。聖獣様の周囲にはより強い魔法壁……魔力核というのがあってな……」
作戦会議、といっても誰もが初めてのことなので『とりあえず全力で作戦』で決定した。
ただ、四人とサーシュには役割があり、その説明を長から受けて、その後はなぜか宴会になった。
「こんなときに宴会か。」
ディークリフトは怪訝な表情をしている。それを聞いた陽気そうな男が、大袈裟に首を振って否定する。
「まさか!明日は聖獣様の元へ行くってぇのに、宴会どころじゃねぇよ。」
「え?違うんですか?」
沢山の人や料理を見て、ラスカも宴会だと思っていた。
「宴会ってのはめでたい時にするもんだろう?それは明日、聖獣様の問題を解決してからやる。今夜のは、あんた達の歓迎会さ!」
見ると、どんどん人が集まってきてあちこちで談笑している。テントの中だけでは収まりきれず、外にまで溢れていた。
「……ラスカ。」
そう呼び止めたのは、サーシュだった。昼間と違いフードを外しているので、さらさらの長い髪が目を引く。
「……明日、よろしく……」
「はい。任せてください。」
明日のラスカの役割は、サーシュを守ることだ。サーシュはラスカの目を見ると、はにかみながら頷いた。
あけましておめでとうございます!
のんびり更新していきます。




