集落へ
「世界の危機の、鍵……」
ディークリフトがその話にくいつき、振り返る。ちょうどその時、服の裾を掴んでいる者と視線が合った。
「……え……?」
暗かった瞳は明るい色に戻っていた。
「……えっと……ごめん……」
自分の手がディークリフトの服を掴んでいるのに気がつき、空姫は慌てて手を引っ込める。そして、おずおずと怪訝な表情の彼を見上げた。
「……あ、あの……?」
「……今の話。どういう事だ。」
「煌が、言った……こと?……うーん……」
空姫は首を傾げて唸る。なんのことだか分からない様子だ。
「空姫は、やっぱり二重人格なのか?」
レイがどこか感心したような声音で尋ねる。空姫は曖昧に頷いた。
「……ボク、サーシュ……。……さっきのは……」
「煌、と言っていたな。それはともかく、さっきの話だ。世界の危機とやらに関係すること……魔物が出ているとかか。」
ディークリフトの問いに、サーシュは集落の方を見ながら何かを思案する。何か言いたげだが、言うべきか否か迷っているようだ。
『だいじょうぶ。ちから、なる。』
ルイが言い、レイとラスカも頷いた。
「ありがとう……実は、とても……困ってる。魔物じゃない、けど……。」
魔物ではないと聞いて、ディークリフトが半分ほど興味を失ってしまっている。
サーシュは離れていた場所で様子を伺っている草原の民の男達を呼び寄せ、彼らも話に参加させた。皆が座ったのを確認して、サーシュは詳しく話を始めた。
「集落には……聖獣様、いる。皆を、守る……存在。」
一般的な魔物と呼ばれるものが悪しき存在なら、聖獣はそれとは対照的に清き存在と言える。精霊とか、妖精とかと同じような存在だ。
草原の民達には、彼らを守る聖獣がいて、大切にされてきたそうだ。
それが、ある日突然攻撃的になったという。
それまでは、この草原を通る者もいた。旅人であったり、冒険者であったり様々だったが、彼らが集落に足を踏み入れても余程の事がない限り牙をむくことはなかった。
「聖獣様は集落を魔力で覆っています。ちょうど、防護壁のように。おそらく、そこによそ者の魔力が触れることで集落に浸入したかどうか分かるんでしょう。聖獣様がお怒りになると怒りの矛先にいるよそ者も危ないが、俺達の方にも被害が及んでしまいます。」
コウアは苦々しい表情でそう説明をした。魔力は戦闘時や魔法を発動した時に多量に体外に放出されてしまうが、実は何もしなくても漏れ出ていたりする。魔力が強いほど、漏れ出る量も多くなる。
四人がコウアと対峙した時集落との距離は離れていたが、ディークリフト達の魔力が強く聖獣の魔法壁に届く可能性があったため、サーシュに飛ばされたのだ。
「でも、どうするんですか?何とかしようと近づこうにも、これじゃあ集落に入れませんよ?」
「うん……。今の、ままじゃ……ラスカしか、入れない。」
「私は入れるんですか?」
サーシュは遠慮がちに頷く。
「ラスカ……魔力、少ない。聖獣様は……危険視、しない。」
「そういえば、お前の魔力量は三歳児レベルだったな。」
「うっ……」
ディークリフトの言葉に落ち込むラスカを、レイがなんとかフォローしようとする。
「で、でも、ラスカは強いから、な?」
『うん、つよい、つよい。』
ルイまで天使の微笑みで頭をナデナデし始めた。
「とりあえず、魔力を抑えれば俺達でも入れるんだな。」
「……リークリフトは……今の、2割……。」
「2割か……。」
ラスカには分からないが、それはかなりの技術を要するらしく、彼は難しい表情をしている。
「リークリフトは……魔力、多いから……。」
「仕方ないな。一週間時間をくれ。それまでには何とかする。……それより、ちょっといいか。」
「……何……?」
ちょこんと首を傾げるサーシュに、ディークリフトは人差し指をたてる。
「お前、俺の名前を言えてない。」
「……リークリフト……?」
「デ ィ ー ク リ フ ト だ。」
「……デ ィ ー ク リ フ ト?」
「そうだ。」
「……うん……リークリフト。」
「……もういい。それで。」
ディークリフトは諦めた様子だが、サーシュは彼の言葉を前向きな意味でとらえたらしく、嬉しそうに頬を緩める。サーシュはのんびりしていて表情の変化もあまり見受けられないので、この時初めて笑顔を見た。
「……じゃあ……一週間後。……また、ね。」
四人に向かってそう言い残すと、詠唱と同時にその体が浮き上がった。
「……皆。ボク……帰る。」
「あ、空姫様!ちょっと待ってくださいっ!」
慌てて馬に乗る男達を尻目に、サーシュは集落の方へと飛んでいく。そのあとを、少し遅れて男達も追いかけていった。
ふと、男達の中の一人……確か、最初に出会ったコウアといった男が、四人の前で立ち止まる。
「先程は申し訳ありませんでした。」
「ああ。」
ディークリフトが片手をあげて応えるのを見て、コウアは馬を走らせて皆の後を追いかけていく。
「……疲れた。」
その場に残った者の声を代弁するように、ディークリフトが呟いた。
ーーー
それから一週間後。
草原を男達が馬を走らせていた。周囲を守られるようにして走っている馬には、空姫……サーシュとコウアが乗っている。
「…………?」
約束の場所へと近づくにつれ、誰もがその奇妙な物に眉をひそませた。サーシュは馬から降りると、見る者に違和感しか感じさせないそれに近づく。
「……氷?」
掌で触れた所から、ひんやりとその冷たさが伝わってくる。厚みがあり、透明なそれは、やはり氷のようだ。
今の季節は、世界的にみると冬の始め頃だといえるが、この草原はほぼ一年中緑に覆われている。だから余計に奇妙に見える。なぜ柔らかな陽気の漂うこの場所に氷があるのか……そしてそれが、なぜこんなにも巨大なのか。中が空洞になっている形はまるで、巨大な箱。人が数人立って入れる程だった。
「……コウア……入って、みる……?」
「……ええっ?!無理ですよ!」
突拍子のないその言葉に、コウアは慌てて首を振る。
「寒いのは苦手です。それに、四面ともがっちりと囲まれてますから入れないですよ!」
ゾッとしたように身震いする彼をよそに、サーシュは氷の箱の周囲を歩きながら見回る。
すると、何やら中の景色が歪み始めた。
「……?」
中の様子が見えにくくなり、何気なく反対側に回り込んでみると、いつのまにか例の四人の姿があった。予想外の事に立ち尽くしていると、銀髪の青年がが氷の壁を動かして中から出てくる。
「一週間ぶりだな、空姫。」
「……えっと……?」
「なんだ、俺が誰か忘れたのか。」
忘れるはずがない。サーシュは首を横に振り、彼を見上げた。
「……リークリフト。」
「……うん……、まあいい、それで。」
「一体なんだ、これは?!何が起こった?」
肩をすくめる青年に、コウアが興奮気味にたずねた。ディークリフトは面倒くさそうに目を細める。
「……転移の魔法だ。この氷は目印……兼、防御用だ。俺達は馬など持っていないし、普通に移動したら一週間で戻ってこれないだろう。」
「……これ……リークリフトが……?」
「ああ。」
何でもないように答えているが、サーシュはディークリフトをまじまじと見ずにはいられなかった。
ーーやっぱり、すごい……
「……あれ……レイとルイは……」
サーシュは二人の姿を見てのんびりと微笑んだ。
「……えーっと……かわいく、なった……?」
今の二人は5才くらいの姿になってしまっている。どう見ても幼児だ。
「まりょくをへらしたらね……」
『ちっちゃくなったー』
「ありえない……若返るなんて……っ!」
コウアがパニックに陥りそうになっているが、ディークリフトは相手にすることなくサーシュに切り出した。
「それより、魔力を抑えられているか調べてほしい。」
「……あ……うん……。」
サーシュはディークリフトと、レイとルイの魔力の流れを魔法で調べ始めた。
「……これなら、大丈夫……。」
「なら、いい。」
そういって彼は安堵の息を漏らした。実を言うと、ここまでくるのに苦労したのだ。
「……普通なら……ここまで、できない……」
「まあ、普通にやれば、な。」
どんな方法を使ったのか知らないが、条件は達成できている。
四人はそれぞれ馬に乗せてもらい、集落を目指した。




