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LASKA  作者: 朝舞
第二章 巫女からの依頼
22/55

前を向いて

出てきたのはディークリフトだった。その後ろにラスカの姿もある。


「ん……?魔力の気配はなかったはずだけど、なんでお前たちがいんの?」

「答える義務はない。」

「いいや。君達も一緒に殺っちゃうから。それに、証拠って何のこと?真実を知ったくらいで、証拠になんの?」

「……」


『俺が、幸せなまま殺すとでも思ってんの?

ケイシー。君が知りたがっていたこと、全部教えてあげるよ。……』


「何?!」


突然聞こえてきた自分の声に、ミハエルは目を皿のようにした。自分がさっき喋っていた話が、そのまま聞こえてくる。


「お前の話は全て記録した。立派な証拠だろ。」


ケイシーは、あれが何か知っている。ディークリフトが作ったという、音を記録する魔道具だ。

では、それを持っていた、彼女を捕らえているフードの男は……


「あー疲れた。」


バサッとフードが落ち、レイが姿を見せる。ケイシーを捕らえていたのは確かに大人の男性で、この少年ではなかった。変装するにもディークリフトならともかく、レイは背も低いし、声だって子供だ。彼には不可能なはず……。


「あ、本物の暗殺者はね、とっくに捕まえて拘束しているから安心してよ。でも、助かったよ。オレが奴に変身して教会に忍び込んでも、あんたに怪しまれないんだから。」


レイはどこからか細い剣を取り出すと、一歩、一歩とミハエルに歩み寄る。ミハエルも後退りを始めるが、少年はまだ十分に離れている位置で剣を振るった。


閃光と共に、剣から斬撃が放たれる。


それはミハエルの体を貫き、彼の中から異形の者が姿を現す。ディークリフトが、ちろりと唇を舐めて目を細めた。


「出たな。……お前は巫女もどきを安全な場所に連れていけ。ここへは戻らなくていい。」


ラスカは頷くと、素早くケイシーのもとへ行き茫然としている彼女の肩を支え、一緒に外へ歩き出す。ぼんやりと、ふらつきながら歩いていたケイシーだったが、魔物からかなり距離のが離れたところで突然立ち止まり、後ろを振り返った。


ディークリフトとレイの攻撃に咆哮する魔物の姿が遠くに見えた。


「ケイシーさん……」


ぐっと足に力を入れ動こうとしない彼女に、ラスカは仕方なく側につく。ケイシーは最後まで、その目で見て、確かめようとしているのだ。事件の真相と、それを引き起こした魔物(はんにん)の存在をーー。


「ミハエル様は、魔物に心を奪われたんだね。」


とり憑かれていたということだ。魔物が断末魔の叫びをあげ散っていくのを、二人はただ見守る。


タッタッタッ……


静寂に包まれる神殿の中に、小さな足音が響いた。ルイだ。ラスカとケイシーと同じようにどこかで一部始終を見守っていたらしい。魔物の残骸の方へ歩いていくと、祈るように手を組み歌い始める。


『すべてのものに ふかきじあいを

あるべきすがたと あるべきこころを』


鈴を震わせたような精霊の声は、聴く者を引き込み、澄みきった気持ちにさせる。これがルイの力。魔物を浄化させる唯一の能力だ。


漆黒の魔物の体は無数の金色の光となっていき、徐々に空へ向かって昇っていく。


そんななか、一つの光がディークリフトの方へいき、体の中へと吸い込まれるようにして消えた。その瞬間、彼の体がうっすらと輝き、風はないのに髪の毛がフワリと浮いた。水中にいるのかのようにユラユラと揺らめきながら、強く、弱く、銀色の輝きを放つ。


「……ディークリフト……さん……?」


昇っていく光を見つめる彼の瞳を見て、ラスカは言葉を失う。いつもは灰色がかった青い瞳が、今は髪と同じく銀色になっていた。


金属のような、無機質にも見える色。本当に造形物になってしまったのではないかと思うほどだ。




しかしそれはほんの僅かな時間のことで、揺らめいていた髪も、瞳の色も、すぐに元に戻った。ケイシーはまだ昇り続ける光に夢中でそれに気がついていないようで、ラスカは自分が幻を見たのではないかとも思ってしまう。


それでも、金色の光の行き先を眺めながら、ラスカの目の奥にはあの光景がしっかりと刻まれて離れなかった。




ーーー




後日、ミハエルと領主にはそれぞれ地位の剥奪と罰金等の処罰が与えられることになった。ディークリフトが作った魔道具での記録が立派な証拠となった。


元凶は魔物の仕業であるということをディークリフトが証言し、さらに彼が神官から称号をもらった証をみせたことで、二人はほんの少し処罰が軽減された。


領主は、ミハエルに憑いていた魔物の力の影響を受けていたようだが、魔物自体を討伐、浄化したことにより元に戻っていた。夜になると自分が自分でなくなる恐怖から開放され、泣き崩れていたそうだ。


ミハエルも開放はされたものの、当時の記憶を思い出すようで苦しんでいると聞いた。後で分かったことなのだが、彼が憑かれていたのはケイシーが巫女見習いとして教会に来た頃……実に五年以上経っていたのだから、驚きだ。




荒れ果てた畑は、キットが新しい栽培の方法を教えて必要なものを準備してくれていた。春に野菜、秋に穀物を育てて収穫するというのは今までと同じだが、量は減らし、栽培をしない夏の間に土地の栄養をそんなに必要としないクローバーを育てるように助言していた。


「今までは、畑から栄養を取りすぎたんだにゃ。肥料には牛の堆肥がいいからにゃ、農業だけじゃにゃくて酪農も一緒にするのが一番だにゃ。にーちゃんに探してもらったら、ちょうど広い土地を探している酪農家さん達がいたみたいで、話をつけてもらったにゃ。」


夏場に育てたクローバーは牛が食べ、その糞が畑の肥料となるということだ。酪農家は牛の夏場のエサ代がうくし、農家はクローバーを育てるのに手間はかからない上に土地が肥える。まさに一石二鳥。

話を聞いた酪農家達も喜んでいたようで、近々ここに引っ越すことになっている。


それまでは、ミハエルや領主が蓄えていた不当なお金を村の整備などに使うことになった。




☆★☆★




後処理を済ませた後、ラスカ達はようやく帰ることになった。見送りには多くの村人達が来ていて、ケイシーの姿も見える。

ラスカは馬車に乗り込む前に彼女に別れの挨拶をした。ケイシーのことを心配していたのだが、本人は気丈に笑っていた。


「確かにショックだったし、悔しいよ。魔物も許せないけど……でも、これから、私はもっと強くなる。」


笑ってはいるが、目のまわりがまだ腫れていた。あの後、夜通し泣きはらしたのだろう。それでも、彼女は父と自分の教会の代表者の犯したことを公表する事を決めた。そして自ら世間に発表したのだ。

ラスカが初めて会った時、自分の気持ちや感情に素直すぎるほどだった少女は、すでに成長を始めていた。


「ケイシーさんは、もう強くなっていますよ。」

「……以前なら、ショックを受けたまま、泣いてわめいていただけだっただろうな。でも、この数日何度も怖い思いをして、その度に無力さを知った。その度に守られた。だから……その……いつまでも守られてばかりじゃなくて、皆を守る、立派な……巫女になりたいって……思って。」


最後はうつむき、照れながらそう言う彼女に、ラスカは頷いてその手を握った。


「応援しています、ケイシーさん。」

「ありがとう。」


ケイシーははにかみながら手を握り返し、ラスカの目を見る。


「ねえ、ラスカ……」


もごもごと恥ずかしそうに言うケイシーに、ラスカはそっと耳を傾ける。


「何ですか?」

「ラスカ達は称号者だから忙しいとは思うけど……私達の英雄なんだ。だから、またいつか来てくれないか?」


上目遣いで反応を伺っている少女に、ラスカは思わず抱きしめた。


「もちろんです。友達ですから。」


ケイシーは驚いたようで体を強ばらせていたが、ほんの少し力を抜き微笑んだ。


「二人だけずるいにゃ!ケイシーちゃん、わしゃあ等も友達だよにゃ?」


馬車の中からキットが顔を出し、猫耳をピコピコと動かしながら二人を見ていた。ケイシーはふっと笑い、頷く。


「もちろん、ゴートも友達だ。」

「わ、わしゃあは?」


フニャッと耳を垂れるキットに、二人は吹き出し、笑いあう。自分の名前が聞こえたからか、ゴートも馬車の中からちらりと外を見て、何事かと瞬きをしている。


「冗談だ、キット。君も友達……かな?」

「ううぅー……ケイシーちゃん、意地悪だにゃー」


おちょくられていた事に気がつき、キットはむぅっと拗ねた。でも尻尾が嬉しそうに揺れているから、彼もこのやり取りを楽しんでいるのだろう。


「でも……ゴート。君は、私の父が事件に関係しているかもしれないと予測していたんだろう?だから最初、調査をするのを勧めなかったんだね。」

「……」


ゴートは少女を見たまま言葉を失った。……もともと無口なのだが。

領主が関わっている可能性を指摘したのは兄さんだ。自分も調べるという彼女の意志が揺るがないのを見て、何かあったらゴートが支えになるよう、出発前に二人で無言の会話を交わした。


「私を見くびるな。」


不敵に笑って見せるケイシーは、彼らが思っていた以上に強かった。


「……」


ゴートは少女をじっと見て頷くと、馬車の奥の方へと消えていく。


「じゃあ……頑張ってください。」

「うん。勇者様もね?」


いたずらっ子のように笑うケイシーに、ラスカも微笑み返すと、馬車に乗り込んだ。




ーーー




「……おい」


聖域に戻ったラスカを、ディークリフトが呼び止める。彼を含め、レイとルイは先に聖域に戻っていたので、馬車では一緒ではなかった。


「何ですか?」


ディークリフトから話しかけられるのは珍しいので、ラスカは不思議そうに青年を見上げる。張りつめた空気が漂っている気がした。


「お前、あれを見ていただろう。」

「あれ……って何ですか?」


首を傾げる彼女に、ディークリフトはふっと息をはく。


「気のせいか……。あの距離で、あの暗闇の中見えるはずないな。」

「あ、魔物の浄化ですか?すごく綺麗でした!でも、なんでディークリフトさんも光ってたんですか?髪の毛もユラユラしてたし、目も銀色に見えた気がしました。」

「……っお前、やはり見てたか。」


一瞬、彼は辛そうに顔を歪ませた気がした。少しの沈黙の後、ディークリフトは目をそらしぼそりと言う。


「……俺は魔物を喰う。」


いつだったか、ラスカは同じような事を聞いた。魔物を喰う。もちろん直接的な意味ではないが、それを目の当たりにしてもどういうことなのかはよく分からなかった。


「うーん……喰うと言うにしては、とても綺麗でしたけど……。」

「…………は?」


ラスカは、ディークリフトが呆けるのを初めて見た。


「だって、すごく神秘的でしたよ?なんて言うか……神殿にあった使徒様の像みたいで、いえ、キラキラしていたのでそれ以上でした!今度は近くで見たいです。」

「……」


青年はこめかみを抑え、目を閉じる。


「……お前、俺の瞳を見たと言ったな。あの暗がりでなぜ見えた。」

「光ってたからです。」

「距離がかなり離れていただろう。」

「私、目がいいですから。」

「目がいいというレベルではないだろう……。」


ディークリフトは首を横に振り、背を向けた。


「お前は、俺が今まで会ってきた奴らと全く違う反応を見せる。だから余計に理解に苦しむ。」


ラスカは少しむっとする。確かに、彼女はこの国の……世界の常識に無知すぎるとは自覚しているが……。


「……だが俺は、お前の言葉に……」


立ち去っていくディークリフトの小さな声は、最後まで聞こえなかった。

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