思わぬ事態に
「ここが俺の畑だ。」
畑というには作物の少ない土地に、四人は案内された。ケイシーとゴートはすでに見ている現状なのだが、表情が固くなっている。初めて見るラスカとキットは驚きを通り越して衝撃を受けている。
「にゃんだこれ……絶対変だよにゃ?」
キットは畑に足を踏み入れると、しゃがみこんで土を観察し始めた。土を掘り起こしたり、匂いを嗅いだりしている。そしていきなり、少量の土を口に含んだ。
「あいつは何してんだ、ケイシー?」
「知るか。」
「何か分かりましたかー?」
ラスカはキットに声をかける。少年は口の中の土をぺっと吐き出すと、立ち上がる。
「味がしにゃい。」
「当たり前だろ。おいしいわけない。」
口元を拭いながらそう言うキットに、男が突っ込みをいれる。彼は男の言葉に首をふった。
「そうじゃにゃい、土の栄養がにゃいんだ。」
「そんなもの、分かるのか?」
「匂いと味で分かるんだにゃ。」
ケイシーに、キットは胸を張って見せる。耳がぴこぴこと得意そうに動いていた。獣人は五感が鋭いそうだが、こんなことまで分かるとはラスカも知らなかった。
「今度は肥料を見せてくれるかにゃ?」
「なら、倉庫に行くか。」
倉庫には、仕入れた肥料が保管されている。ラスカはゴートから受け取った書類を片手に、それらを見ていた。
キットは先程と同じ要領であいた袋の内側に付いている肥料を調べている。
「うーん?」
いくつかの袋を調べたところで、キットは首をかしげ何かを考えていた。
「何か分かりましたか?」
「にゃんと言うか……。これが高級にゃのかにゃ?うーん……でも、混ざって……」
キットはまだ中身の入っている袋と、空の袋を交互に見る。
「こうにゃったら、片っ端から調べる!ゴート、手伝ってくれよにゃ。」
「……」
頷き、動き出すゴートに、ケイシーは目を丸くする。片っ端から……山のように積み上げられたこれを、全部調べるのか。
「これ全部調べるって……本気なのか?」
「……」
ゴートはケイシーに、持っていたメモ書きを渡した。不審点をまとめたもので、彼では調べられなかったもの。役割分担、ということだろう。
「分かった。行こう、ラスカ。」
ここからは、別行動となる。
☆★☆★
ラスカはケイシーに連れられて、彼女の実家……領主の屋敷に来ていた。すっかり忘れていたのだが、ケイシーはお嬢様だった。
「お帰りなさいませ。ケイシー様。」
使用人達がにこやかに二人を迎え入れる。称号者だと言えばすぐに入れたが、ケイシーはラスカの事を「友人だよ。」と彼らに言った。混乱を避けるためだ。使用人達はそれだけの言葉でもにこやかに通してくれたのでラスカはほっとする。
応接間では、一人の男性がそわそわして待っていた。
「ただいま、父さん。」
ケイシーの声に男性はがばっと顔をあげた。血色の悪くなっている顔は、死人のようだった。彼はケイシーを見ると、声を震わせながら立ち上がる。
「……ケイシー、なのか?」
「そうだよ。」
男性は力なく、再び椅子に座り込んでしまった。ラスカがケイシーを見ると、彼女も眉をひそめ見つめ返した。
「一体、どうしたんだよ。」
「賊に襲われたと……」
男性は消え入りそうな声で呟いたが、はっとして口を閉ざした。
ーー娘を心配していたのかな
ラスカはそう納得し微笑んだ。賊に襲われたと聞いて、心配していたのだろう。今も、恐怖を再び思い出させないようにあえて口を閉ざしたのかもしれない。
「変なの。」
父親の呟きが聞こえなかったのか、ケイシーがそう言う。一瞬、男性はホッとしたような表情を浮かべた。
ケイシーは早速父親から話を聞こうとしたのだが、どこかまだ上の空だったため断念した。そこで、しばらくこの屋敷にとどまって調査をすることになった。
「立派なお屋敷ですね。」
ラスカは建物の装飾を眺めながら隣を歩く少女に言った。ラスカもディークリフトの屋敷に住んでいるのだが、こことは違い派手な装飾はない。どちらかというと質と使いやすさを選んでいるかんじだ。
「一応領主だからね。ラスカはここを使ってよ。」
連れられた部屋は、来客用にしては可愛らしかった。ベッドに天涯までついている。
「姉の部屋だったんだ。今は使われていないから平気だよ。私の部屋は隣だし、調度いいだろう?」
「お姉さんがいるんですね。」
「うん、三姉妹だ。この部屋を使ってた姉さんは結婚してる。もう一人の姉さんにもそのうち会うと思うよ。二人共私より美人だし、上品なんだ。」
ケイシーは口元に手をあててみせ、可笑しそうに笑った。彼女も可愛い方に入るのだが、二人には劣ると言う。上品さはお世辞にもない。そのせいか、彼女はお嬢様だという雰囲気を周りに感じさせないのだ。
よくできた姉を持ち嫉妬するはずだが、ケイシーは自分は姉達とは違うと割りきっている節がある。それに加え、姉達を誇りに思っているのが伝わる。
「よし、じゃあ早速調べてみようか。」
「はい。」
ーーー
ディークリフトはラスカ達と途中で別れ、町を散策していた。あの賊を引き渡した場所だ。これといって興味を引くものはないがすぐにはそこを出ず、一晩は泊まった。
そして次の日。彼のもとに、一人の男が慌ただしくやって来た。
「ディークリフト様ですね。例の男達の事ですが……」
「……殺し屋だったか。」
その言葉に、男は目を皿のようにして驚いている。それが充分すぎる答えだった。
「なぜ、それを……?」
男の質問には答えず、ディークリフトは舌打ちする。
なぜこんなに苛立っているのか、彼自身も分からなかった。
「……馬を借りれるか。」
「は、はい。」
役人の男はびくっとして駆け出していく。ディークリフトもその後を追いながら、意識はラスカ達がいるであろう領地の方へと向けていた。
ーー間に合ってくれよ。
ーーー
その夜、ベッドに身体を沈めて眠っていたラスカは、ふと目を覚ました。僅かに、空気から敵意が漂ってくる気がした。彼女は、そういった感情に敏感な面がある。
ラスカは腕の中で、肌身離さず持っている大剣を抱き締める。
窓をそっとあけ、闇に紛れながら外から誰かがすべり込んできた。ラスカは布団の中でじっとそれを見る。危険が迫っているのは分かる。しかし自分でも驚くほど彼女は冷静で、呼吸も静かな、穏やかなものだった。
暗がりの中でその誰かは立ち上がり、ラスカに向かって歩いてくる。
月明かりに、その手に持った剣が煌めいた。
被っていた布団が強く引かれるのとほぼ同時に、それが降り下ろされる。
「……っ」
相手が息をのむのが、ラスカに伝わった。眠っていたと思っていた彼女が布団をしっかりと握っていたから驚いたのだろう。
ラスカはその布団ごと勢いよく跳ね起きる。布団の上からはフカフカの枕を、相手の剣を包むように押さえ込む。
動きを封じた後は、相手の腹部に思いっきり剣をさやごと叩き込んだ。ついでに一発拳をお見舞いする。
ーーケイシーさんのところに行かなくちゃ。
倒れた相手には目もくれず、そのまま慎重に部屋を出た。
☆★☆★
ケイシーは目当ての物を探すため、一人で父親の書斎に忍び込んでいた。
堂々とそれを見せてくれるように頼むことはできるが、父がそう簡単に応じてくれるとは思えない。あの肥料の取引は不審な点があるようだし、父がそれに気がついていれば隠そうとするだろう。何でも抱え込もうとするタイプなのだ。それに、余計な心配はかけたくない。
本当は、父が出掛ける隙を見つけて探したかったのだが、しばらくは屋敷にこもり書類を片付ける予定だと聞いたので、こんな事をする羽目になってしまった。
夜に隠れてこそこそするのは気分のいいものではないが、仕方ないだろう。
ーーあった。
ケイシーは目当ての物を床下から見つけると、それを鞄に突っ込み、立ち上がった。
ふと、彼女の目に机の引き出しが開いているのが見えた。鍵つきのもので、几帳面な父が鍵を開けっ放しにするなんてことは今までなかった。
その机の上に、出しっぱなしの分厚い本がある事に気がつく。恐らく、日記だろう。幼い頃、父が一日の終わりに日記をつけていると聞いた覚えがある。
ーー引き出しにしまい忘れたのか。
本を手に取った時、布が擦れあう音が聞こえた。
誰かが、いる。
彼女は本を持ったまま、そっと身を屈めた。姿は見えなかったが、何者かが書斎に入ってきたのを感じた。
(父さん?)
ケイシーはそろそろとその人物と距離をとるように移動しながら考える。鼓動が速くなってきて、息をしているかも分からない。
チラッと家具の影から見えたのは、全身をマントで隠した誰かの姿だった。
ーー……誰……?
……コトン……
爪先がどこかにあたり、マントの人物ががケイシーの方を向く。体がすくんで動けない。顔も見えないその相手はどんどん近づいてきて、その手を伸ばしてきた。
「……や、だ…。」
掠れた声がようやく出るが、何もできない。彼女は身を固くして目をぎゅっと閉じた。




