動き出す闇と、希望
「一人だった使徒さんは、二つに別れたから、その世界に入れたっていうことですか?」
「そう。……見てごらん。」
レイは背中の翼をラスカに見せた。美しい銀色に輝いている。しかしそれは、一つしかなかった。
「オレの翼、一つしかないだろう?それに、身体も透けているし。」
「はい。……つまり……」
ラスカは空を飛んでいるルイを見上げる。レイも「そういうこと」と頷いた。
「ルイ、そろそろ降りてきてよ。」
『あ、れい!』
ルイは笑顔で二人の元に降り立った。レイとは違い全身が金色の粒子に包まれ、背中には同じように金色の翼が一つだけある。
その二人が手を繋ぎ身体を密着させると……一つになった。
「ラスカ。これが、今まで隠していた秘密です。」
すらりとした金髪碧眼の美しい使徒がラスカの前に立っていた。年齢も性別も分からない。もしかすると、使徒というのはそういう存在なのだろう。
「貴女がこれを知って、これからどうするのかは貴女次第です。今まで通りでもよし、貴女は一人でも生きていける力があるのでそうしても良いです。」
じっと見つめる使徒は、気圧される程の存在感があった。神々しい、とはこのことだろう。ラスカは使徒の目を見つめ返し、微笑んだ。
「私は、一人でも生きていけるかもしれません。でも、私がここに来た理由が、きっとあるはずです。」
使徒は黙ってラスカの言葉に耳を傾けている。
「私は、レイとルイが好きですよ。人じゃなかったとしても私は一緒にいたいです。」
「……ありがとう。ラスカ。」
最後に微笑んだ後、使徒の身体が二つに別れる。ルイがラスカに抱きつき、無邪気に笑った。
『らすか、ありがと!だいすき!』
「使徒を見ても物怖じしないとはね……。ひたすら拝まれたり、泣き叫ばれたり、失神されるのが当たり前だと思っていたんだけど。」
そういった反応が普通だとは、ラスカには考えられなかった。確かに、ちょっと足はすくんだが。
「私、宗教はよく分からないですから。何があっても、二人は私にとって、レイとルイです。」
「……そう。」
レイは静かに目を閉じた。ラスカは、力もそうだが、心も強い少女だ。彼女が周りに与える影響は、少なからずあるだろう。そして何よりも、レイはラスカに出会えて良かったと思っている。
ーーオレもこんなことを思うようになるなんてね。
裁きの力を持つレイは、癒しの力を持つルイに比べると冷たいし、厳しい。その性格は、力に影響されるのだ。だから、レイが温かい、穏やかな感情を持つのは珍しかった。
ーー人として過ごした影響かな?それとも……
レイはルイと笑いあうラスカを見上げる。
その表情は、とても穏やかだった。
☆★☆★
屋敷に戻った三人を待っていたのは、朝食を作り終えていたディークリフトと、一人の女性だった。以前ラスカの前に現れた、ディークリフトの親を名乗る人物だ。
「な、なんで……っ?!」
「久しぶりですの、レイちゃんっ!」
うろたえるレイに、女性はこれでもかと円熟した胸を押し当てるように抱きつく。ディークリフトが哀れみの視線を、ルイが羨ましそうな視線をそれぞれ送っていた。
「ルイちゃんも、いらっしゃいですの。」
『だいすきするー!』
きゃっきゃっと嬉しそうに女性にしがみつくルイ。その隙に腕から抜け出したレイが、ディークリフトを見る。
「どうなってるの?なんで急に主が……」
「皆に会いたかったからですの。」
ディークリフトが口を開かないうちに、女性が答える。
「ルイちゃんも、無事見つかったようですし。今回は大変でしたのね。」
『うん。くろいひとが、ばばーん、しゅううぅっ、って。』
ルイは一生懸命身ぶり手振りをまじえて話しているが、その場にいる者にはさっぱり分からない。
「レイ、説明しろ。」
レイとルイは、記憶の共有をすることができた。ルイの説明はあまり期待できないため、こういったことはレイの方が向いている。
「簡単に言うと、神官様が言っていた世界の危機の予兆らしきことがあったってとこかな。その影響かは分かんないけど、ルイは声がでなくなっているみたいだし。」
「え……?さっきから元気に喋っていますよ?」
ラスカは女性にくっついたままのルイを見る。少女はきょとんとラスカを見上げ、ぽんっと手を打った。
『るーは、こえ、でない。このこたち、てつだってる。』
ルイが、何かをそっと包み込むように手を合わせて広げてみせると、小さな淡い光がいくつか現れた。フワフワとルイの周りを漂っている。
「これは?」
『せいれい。まだ、こども。』
「ルイちゃんは、精霊の声を借りて話しているんですの。人間というのは厄介ですの。おそらく、世界の危機の予兆とかいうものと対峙した時、何らかのショックを受けて、声が出なくなっているんですの。」
女性の話によると、ルイは心的外傷を負い、声を失っているそうだ。
「まあ、何かの拍子で戻ったりしますの。それに、ラスカちゃんが記憶喪失になっているのもたぶんそれですの。」
「私も、ですか?」
ラスカはこの聖域に来た日から記憶を失っている。彼女がどこから、何のために来たのかを知るためにも、記憶の手がかりを探しているのだ。
「ラスカちゃんの場合は心的外傷以外にも、いろいろと考えられますの。聖域に来た時に何か強い衝撃とかを受けて、外傷を直接受けたのかもしれないですの。慌てず気長に待っていれば、そのうち思い出すかもですのよ?」
女性はラスカの元に近寄ると、そっと抱擁して優しく頭を撫でた。戸惑いながらも笑顔を見せるラスカに、女性はその耳元で囁く。
「それに、思い出したくなければ、思い出さなくてもいいんですの。気張らなくても、ちゃんとうまくいきますの。」
「はい。」
さすがはディークリフトの母親だ、とラスカは感じた。その姿は若々しく美しく、とても親には見えないのだが、時折言葉に重みというか……説得力がある。
「ん……ちょっと待て。あんたなら、こいつが聖域に来た理由が分かるんじゃないのか。聖域の結界は異常はなかったし、俺以外でここに誰かを連れてくるのができるのはあんたしかいない。」
今まで黙っていたディークリフトが思いついたように口を挟む。ちなみに、「あんた」は女性で、「こいつ」はラスカの事だ。
女性はわざとらしく肩をすくめてみせる。
「ラスカちゃんが聖域に来たことに、私は関係しているかもしれないし、関係ないかもしれませんの。」
「どういうことだ。」
「そういうことですの。今の私にはそれしか言えないんですの。あ、一つ言うなら……」
女性は真剣な眼差しでディークリフトを見つめる。
「ディーク、私のことは『お母様』と呼びなさいですの。」
「……。」
「あぁ、これが反抗期なんですのね。ま、それはともかく、私はもう帰りますの。ラスカちゃん、ディークをよろしく頼みますの。」
「え?」
女性はラスカに女神の微笑みを向けた後、ディークリフトの方を見てため息をついてみせる。もちろん、演技だ。大袈裟だからディークリフトも気がついているらしく、面倒くさそうに女性を見ていた。
そして一瞬の閃光が部屋中を満たし、女性は姿を消した。
ーーー
その日の午後。
聖域の屋敷の二階にある一室。アトリエとして使われているその部屋で、ルイは一人でもくもくと絵を描いていた。
「ルイ?入るよ。」
『あ、れいー。』
顔をあげて、ルイはにっこりと微笑む。お茶を持ってきていたレイは二人分のカップをテーブルに置くと、少女の手元の絵をのぞきこんだ。
大きな絵だ。ディークリフトを中心に、レイとルイが描かれていたのを彼も知っている。構成は肖像画にも見えるが、ルイの絵は堅苦しさがない。
その絵の中に紅茶色の髪の少女が描き足されているのに気がつき、レイは目を細めた。
「ラスカだね。」
『うん。』
穏やかな表情で絵を見つめるルイとは対称的に、レイの顔には曇りがある。
「ルイは、これから……どうなると思う?」
『それは、らすか?それとも、せかい?』
レイの質問はラスカの事なのか、世界の危機の事なのか分からなかった。おそらくどちらもだろう。ルイはレイの肩に寄りかかり、そっと目を閉じた。
『だいじょうぶ。しんじよー?』
目を開けて微笑むルイに、少年も頷いた。




