ある使徒の話
ラスカの一日は、夜が明ける前から始まる。
毎朝運動をしているディークリフトについていく形で屋敷の周りを走り、体力をつける。彼女は人並み外れた体力を持っているので、途中からは一人で運動している。ディークリフトはその間魔法の練習に励んでいて、ラスカはそれをこっそり見ていたりする。
ただ、その日はある変化があった。
いつもは姿を見せないレイが走ってきて、ディークリフトと何かを話している。しばらくすると、二人がラスカを呼び手招きした。
「どうしたんですか?」
「話がある。もちろん、お前にも関係する事だ。」
ディークリフトは何から話そうか思案した後、ぽんっとレイの肩に手を置いた。
「結局、オレが説明するんだね……。」
「朝食は俺が作っておくから心配するな。」
「ディーク、もうちょっと屋敷の主らしくしてほしいな?」
彼は面倒なことはレイに任せる節がある。ディークリフトらしいではあるが。
屋敷に戻っていった青年に肩をすくめ、結局レイがラスカに向きなおる。
「えっと、ラスカが来る前の話なんだけど、オレはルイって子を探して旅をしていたんだ。」
ルイ。ラスカが初めて聞く名前だ。
「ルイは、オレの双子の妹で、ある日を境に行方不明になっていたんだけど。」
「……レイの双子の妹?初耳です。」
「まあ、言ってなかったからね。ラスカが来てから何かと忙しかったし。で、そのルイが昨日の夜に見つかったんだよ。」
そう話すレイの頬が、少し緩んでいる。行方不明だった妹が見つかったのだから、嬉しいに違いない。ラスカも思わず笑顔になる。
「見つかったなら、良かったですね!屋敷に一人増えるって事でしょう?」
男の子であるレイもとても可愛らしいのだ。女の子であるルイもきっと可愛い子だろうとラスカは思う。
「それと、神殿から称号を賜らないかって手紙がきていたのを覚えているよね。それを授かる式典がそのうちあるから、心の準備をしておいて。」
「え……勇者になるんですか?」
「うん。さっきディークに確認したら、承諾したよ。今日神殿にそのことを伝えるから、式典は早くても一週間後かな。」
あれだけ嫌がっていたディークリフトが承諾するとは、かなり意外だ。
「あ、ラスカも称号を賜るんだよ?」
「私も?!」
「うん。ディークリフトだけじゃなくて、オレとルイと、ラスカも称号を授与されることになっている。でも、心配することはないよ。最初の式典以外は参加しなくてもいいし、オレ達は神官という後ろ楯がつくことになるから、今までよりも行動がしやすくなる。それに、これからも魔物討伐に集中していいんだって。」
あのディークリフトが承諾した理由も納得できる。顔を隠してこそこそと活動する必要が無くなるうえに、称号者は何かと優遇されることも多い。
「大丈夫、きっと上手くいくよ。」
ーーー
朝食を済ませた後、レイは神殿へ出掛けていった。ラスカは今日は聖域で勉強と剣の練習をして過ごすことにした。
ただ、レイが話していたルイという子は屋敷にはいなかった。
ルイの部屋らしき場所をそっと見に行ってみたのだが、ベッドはもぬけの殻だったのだ。そのすぐ隣は彼女のアトリエになっていたようで、さまざまな画材やスケッチが机の上に広がっていた。
「すごい、上手。」
ラスカはふと、大きな布の掛けられた絵を見つける。布を捲ってみると、どうやら肖像画のようだった。堅苦しい感じではなく、とても柔らかい印象を受ける。
ディークリフトとレイと、あと一人のレイにそっくりな少女がルイだろう。
ラスカの部屋の真下にあるルイのアトリエからも庭が見えて、その奥には森が広がっている。
「……?」
森の中心あたりだろうか、何かが光っている。翼を広げ、空を楽しげに飛んでいる。
「……?!」
ラスカはその場所に向かって走り出した。
ーーー
聖域の森は、とても美しい。木々は大きく、苔むした地面は歩く度に心地よく沈む。あちこちからぽっぽっと不思議な小さな光が生まれて、揺らめいていた。
これは精霊だと、ラスカはレイから教わっていた。美しい場所には、精霊が生まれやすいそうだ。
ラスカは森の中にある湖に辿り着く。この近くに、森で一番大きな樹があるはずだ。レイは、確か聖樹と呼んでいた。
「あっ……」
聖樹の大きく広がった枝の上に、一人の少女が座っている。とてもこの少女が登りきれるとは思えない高さだ。少女も驚いた表情でラスカを見つめていたが、ちょこんと首を傾げて微笑んだ。
『だぁれ?』
鈴の震えるような声だった。ラスカは息をするのも忘れ、ただその少女を見つめていた。
「貴女が、ルイですか?」
『うん。るーは、るー。』
そう言って、ルイはふわっと枝から離れた。その背中にある美しい金色の翼に、ラスカは心を奪われ眺める。大空高く舞うルイをぼんやりと……。だから、そこへ近づいて来た少年にすぐに気がつかなかった。
「見られちゃったか。」
「あ……レイ。」
レイは困ったように頬をかき、ルイを見上げて苦笑する。そして意を決したような表情でラスカを見据えた。彼女もごくり、と喉を鳴らす。
「いつかは、言わなくちゃいけない日が来るかもって、思っていた。このまま隠しておこうとも思っていたんだけど……バレちゃったんだから仕方ないね。」
レイの身体がうっすらと透けていく。同時に銀色の粒子に包まれ、背中からバサッ……と翼が現れた。
「……っ!」
「オレね、人じゃないんだよ。使徒って知ってる?」
使徒……。レイからもらった本の中に、登場していたはずだ。ラスカは必死に記憶からそれを引っ張り出す。
「確か……神様の、使いですか?」
「うん。まあ、そんな感じ。ある使徒の話をしてあげるよ。」
そう言って、レイは語り始めた。
ーーー
天界。人間達には、そう呼ばれている世界があった。神と呼ばれている大いなる意思のもと、使徒達はその世界で暮らしている。
使徒達にはそれぞれ階級があり、役割があった。階級は力の強さで決まり、役割は生まれながらに持つ能力で決まっていた。
その天界に、ある日一人の使徒が誕生した。力はそれほど強くなかったので階級は低いものの、その使徒には二つの能力があった。普通、能力は一人に一つだったので、その使徒は特殊な存在だった。
二つの能力を持ったためか、天界で役割をまっとうするには力の強さが中途半端だった。他の使徒と比べれば、何をしても半人前なのだ。
大いなる意思はそれを見て、その使徒に特別にある役割を与えた。それは、とある世界に行き、ある青年の手助けをする事。その途中で出会う人々に裁きと、癒しを与える事。天界では不完全なその使徒の力も、その世界ではかなり強いためぴったりな役割だといえた。
そこで、使徒はその世界に行くのだが、予想外な出来事が起こった。完全な者が住む天界とは違い、その世界は不完全なものばかりだったのだ。その能力はともかく、外見は完全であった使徒はその世界では受け入れられず、そのままの姿では在る事ができなかった。
使徒が世界に入ろうとした瞬間にその身体が能力と共に二つに割れ、『不完全』になったところで、彼らはその世界に入ることができた。




