神殿
その日、ラスカはドラクレイオスの提案で、彼女がどこの民族かを調べることになった。
「ドラク師匠、お久しぶりです。」
「待っておりましたぞ、ラスカ殿。随分と会話が上達しましたな。」
「ありがとうございます!」
誉められて嬉しそうな愛弟子を、ドラクレイオスはにこにこと見る。
「では、行きますかな。我輩のギルドには研究者もいましてな。今から紹介する彼はギルドカードの発明者でもあるんですぞ。」
「それは、すごいですね!」
ラスカはうきうきとドラクレイオスについていく。
ここのギルドカードは、最新式だ。一昔前までは所持者の情報が記されていただけのものだったが、その研究者が発明したものは、体内に取り込むことができるのだ。
自分の情報が見たいと考えるだけで身体から文字が現れる。名前、性別、冒険者としてのランク等々がその中にある。
従来のものと比べると紛失する心配もないし、偽装されるリスクが少ない。
「我輩にもよく分からんが、『血』というのが重要らしいんですな。これから行うのも、血を使った検査なんですぞ。ちょっと待っていてくだされ。」
ドラクレイオスはギルドの奥へと姿をけすと、しばらくして一人の男を連れてきた。
背が高く、ひょろひょろとした感じの、いかにも研究者という出で立ちだが、ラスカはそのもさもさ頭から覗いている獣耳に釘付けである。
「ザルクだヨ。よろしくだヨ。」
「は、はい。お願いします。」
「そんなに獣人が珍しいですかな?」
「獣人?」
ラスカはザルクのぴこぴこと動く耳に目を奪われながらも、ドラクレイオスの言葉に首を傾げる。
そういえば、特殊パーティーのメンバーであるキットも猫耳と尻尾が生えている。ラスカは、作り物かとも思っていたのだが、そういう種族がいるらしい。
「一般的に、人間と獣人は関係がいいとは言えないですからな。人間の住む国では獣人は正体を隠している者がほとんどなんですぞ。」
「そうだヨ。隠しているだけで、この国にもちらほら見かけるヨ。」
帽子や服で簡単に隠せるのだから、ラスカが知っている街の人達の中にも、もしかしたらいるのかもしれない。
「ま、そんなことよりパパっと検査をするヨ。とりあえず、血を頂戴ヨ。」
ザルクはさらっと、会話だけを聞けば物騒なことを言う。ラスカはザルクに言われるまま、血を数滴容器の中に垂らした。
「うんうん。それでいいヨ。検査は数日かかるから、それまで待っててヨ。」
「はい。ありがとうございます。」
「費用はそのおじさんが払ってくれたから、お礼を言っておくといいヨ。」
「え……?!」
ヒラヒラと手を降りどこかへ行ってしまったザルクを尻目に、ラスカはドラクレイオスを見上げる。彼はほっほっほっ、と顎をなでながら頷いた。
「いや、勢いでザルクに検査を頼んでしまいましてな。費用のことは忘れておったんですぞ。ラスカ殿にはそのことも言ってなかったもんで、我輩が払っておきましたぞ。」
勢いで行動して大事なことを忘れるあたりドラクレイオスらしいではあるが、ラスカはそれどころではない。
「わたし、払いますよ!」
「我輩とラスカ殿の仲ですからな。このくらいなんでもないですぞ。」
「ドラク師匠……」
この男性は、本当にいい人だ。
その時、一人のギルド職員がドラクレイオスのもとに駆け寄ってきた。
「ギルドマスター、大変です!」
「何事ですかな?」
ドラクレイオスは落ち着いた様子で職員を見る。
「手紙が届いたんですが、私には、どうしていいのか……」
「ギルドは郵便局ではないですぞ?依頼ですかな?」
彼は職員の持っていた封筒を受けとる。真っ白で差出人の名前も書かれていない。ドラクレイオスは封筒を裏返し、そこにあった封蝋の印を見て目を見開いた。
「これは……神殿からですぞ。『月夜の魔導士一行』へ……」
ーーー
「神殿からの手紙?!」
「面倒なことになったな。」
ディークリフトとレイの反応はあまり良くはなかった。特に、ディークリフトはかなり嫌そうである。
「何かあるんですか?」
「まあな。」
歯切れの悪いディークリフトにかわり、レイがラスカに耳打ちする。
「実はね、結構前から神官様がオレ達に接触しようとしていたんだ。ディークリフトは魔物討伐以外は興味がないから、今までずっと逃げてきたんだけど。」
「なんで、神官さんはディークリフトさんとレイに?」
「心当たりは、一応あるんだ。」
なんでも、世界の危機がくるという予言があって、それに立ち向かう勇者を探し集めているんだとか。正直、ラスカはディークリフトが世界の為に戦うところは想像できない。
「その件に関しては、レイに任せる。俺は面倒なことは嫌だ。」
「……相変わらずだね。神殿からの手紙なのに。」
彼を勇者にするのはかなり難しいだろう。
ーーー
「あれから、どれだけ待ったでしょうか……」
窓辺に佇み、その人物は物憂げにため息をついた。よく手入れのされた長い金髪が夜風になびき、月明かりにキラキラと輝いた。
「どうしてあの方はいらっしゃらないのでしょう。」
真っ白な衣は、深夜の灯りで青みがかった薄墨色に染まり、白い肌も海の底にいるような錯覚を起こさせる。夜は、この人物をより幻想的にみせる。
「あとどれだけ待つのでしょうか……」
一人呟くその人物に、深い眠りに静まり返った世界からは答えは返ってこない。
「……何してんすか、神官。」
……たった一人を除いて。
「あーーーっ!せっかくそれっぽい雰囲気をつくってたのに。もぅっ、星詠みは空気はよめないの?」
ここまでの神秘的な空気が音をたてて崩れ、素に戻った神官が愚痴をこぼす。線の細い身体は一見すると儚げで、非現実の存在のような美しさがあるのだが、その性格は神官に相応しいとは言い難い。
そんな神官を顔色一つ変えずにジト目で見ているのは、黒衣に身を纏った短い黒髪の男性。神官と共に神殿でお勤めをしている星詠みだ。特徴的な黒い目尻が、異国の匂いを感じさせる。
「そもそも、まだ三日しか経ってませんよ。んな事より、早く来てください。」
「何かあったんだね?そうでないなら『手紙の返事を待つ物憂げな神官ごっこ』にまぜてあげるから。」
「…………」
言葉を無視して足早に歩いていく星詠みの後を追いかけながら、神官は小さく「星詠みのいけず。」と呟く。しかし、星詠みがどこに向かっているのか気がつき、その表情が真剣なものになる。
「例の祭壇だね。」
「……腐っても神官すね。」
「失礼な。」
むっとしながらも、神官は少し焦っていた。
数週間程前から、神殿にある祭壇に正体不明の光が現れたのだ。ただ、一点の曇りもない清らかな輝きだった為、神官と星詠みが交代しながら見守っていたのだが……。
「……あっ!」
手の届かない最上部にあった光が、ゆっくりと落下してきている。二人は慌てて駆け寄ったが、その手が届かないうちに突然光が激しく輝きを放った。同時に、強い力の波が二人を襲う。
「何すか、一体……」
「星詠み、結界がっ!」
鳥肌のたつ程の力が収まったあと、目を開けた二人は言葉を失った。神殿を覆っていた半球状の透明な壁が、みるみるうちに崩れていく。神官が神殿を守るためにつくった結界があっというまに崩れるのは、あり得ない事だった。それは、かなり強大な力が働いた事を意味している。
二人が呆然としていると、静まり返ったその場で僅かに何かの音がした。祭壇の方からだ。
「「……」」
顔を見合わせ、そっと祭壇に近づいていく。祭壇の影、二人からは死角になっている場所に、何かがちらりと見えた。
「「…………」」
二人は意を決して、それを挟むように回り込む。星詠みはそれを見て息をのみ、神官はポカーンと呆けた。
「これ……子供?」
小さな少女がすやすやと眠っている。長い金髪の少女だ。彼女は神官の声に身じろぎをすると、眠そうに目を擦った。
可愛らしく欠伸をしながら、少女はゆっくりと目を開けた。美しい碧眼が二人の姿をとらえる。少女は不思議そうに星詠みを見上げて首を傾げた。
『星詠み?』
小さな唇が、確かにそう動いた。しかし、僅かに息が漏れるだけで、声は聴こえない。少女は嬉しそうに、両手を彼に伸ばす。
「知り合いかい、星詠み?」
神官の問いに星詠みはこくりと頷く。彼は少女の手をそっと触ると、慎重に抱き起こしてあげた。それでも、星詠みは信じられないものを見るように身体を強ばらせている。
「なぜ……?貴女は、あの時消えたんじゃ……??」
「復活したんだよ。」
突然、別の声が神殿に響いた。静かで落ち着いた、しかし、まだ子供の声。
二人がびくっとして振り返ると、どこから入ったのか、一人の少年が彼らの後ろに立っていた。少女と同じ金髪に碧眼、そして全く同じ顔立ち。
少女がパッと顔を輝かせ、その少年に飛びついた。少年も穏やかな表情で「おかえり。」と彼女の頭を撫でていたが、ふと悲しそうに目を細めた。
「ルイ、声……出なくなったの?」
少女が何かを言おうとするたびに、その口からは乾いた息が漏れるだけだった。少年はすぐにそれに気がつき、星詠みは辛そうに拳を強く握りしめる。
「それに、まだ充分に回復していないみたいだね。ここは環境が似ているけど、聖域に比べると力が弱いから。」
そこでようやく、少年は神官と星詠みを見上げた。
「ありがとう。」
予想外なその言葉に、二人は困惑する。少年は静かに笑みを浮かべ、彼らに頭を下げた。
「貴方達が見守り、祈っててくれたから、ルイはいつもと違う場所でも復活できたんだ。感謝するよ。」
それと……と少年は白い封筒を取り出してみせる。それを見て、神官がはっと目を見張った。
「月夜の魔導士はね、魔物討伐以外は興味がないんだ。だから、勇者になる気もない。」
「そうですか。」
「でも、この手紙によると、オレ達はそういう運命にあるんでしょう?勇者になっても今までと同じように活動を続けていいのなら、オレから彼に話しておくけど。」
落胆していた神官は、少年の言葉に慌てて頷く。
「それは、もちろんです!貴方達が動きやすいように、この提案をしたのですから。他の称号者のように式典等に参加しなくても構いません。貴方達の今までの行動が、世界を救うことに繋がっているのですから。」
「うん、ありがとう。」
神官の言葉に、少年は満足そうに頷いた。
「じゃあ、話は終わったから……帰ろうか、ルイ。」
少年と少女が手を繋ぎ並んで立つと、彼らの身体が光を放った。神官と星詠みは、彼らの行く手に美しい世界を垣間見る。
「ルイ様……!」
「貴方達は、一体……?!」
立ち尽くす二人に、まだ幼い少年は不思議な笑みを見せた。
「……もう、分かっているでしょう?」
『またねー』と口を動かし、少女も笑顔で手を振った。
彼らが姿を消す寸前、神官と星詠みは、その小さな背中に金と銀の翼を見た。
登場人物の設定ミスがありました!すいません
神官さんは、女性です!




