愉快な仲間たち
「あれ?なんか、ひろいですね。」
歩きながら、ラスカはすぐにこの建物の違和感に気がついた。すぐ隣で、レイがこの場所について教えてくれる。
「外から見ると全く別の建物に見えるんだけど、実は表のギルドと繋がっているんだよ。ギルドの深部ってとこかな。」
「ここが……」
表のギルドと比べると、随分と普通の造りだ。建物の中も、一般の民家とそう変わらない。いや、それが狙いなのかもしれない。重要なものを外から分からないようにするのは、何も特別なことではないから。
廊下に並ぶ扉の一つを前に、ラスカは足を止める。他の部屋を探していたレイとディークリフトがそれに気がつき、彼女へと声をかけた。
「ラスカ?」
「何かあったか。」
「ここ、へんなにおいが、します。」
何故か分からないが、扉を開けるのが怖い。隙間から微かに漂ってくる匂いが、扉を開けるのを躊躇させる。そこへ兄さんもやって来ると、僅かに顔を曇らせた。
「そこは、医療室でございますが……」
そう言って扉を開けた瞬間、きつい薬草の匂いが廊下へと溢れ出してきた。いつも無表情なディークリフトも顔をしかめる程だ。
兄さんは、何故か散乱している部屋の中から、包帯の山の上でぐったりしている少年を発見する。褐色の肌に白い髪、そしてなぜか真っ白な猫耳(?)と尻尾が生えている。
「うぅー……助けてよぉ……重いよぉ……」
包帯の山だと思っていたのは、包帯でぐるぐる巻きにされている金髪の青年だった。その上に少年が乗っているのだ。兄さんが慌てた様子で二人の元へと駆け寄る。
「ああぁ、しっかりなさってください!」
「はっ……!その声は、兄ちゃんかぁい?僕はここだよぉ……」
「キット……キット、起きてください。すぐ、水を準備いたします!」
「ね、ねぇ、僕も下敷きになってるんだけどぉ……」
「ひどい匂いだ。早く出るぞ。」
ディークリフトは不機嫌そうに部屋を出ていき、レイとラスカは少年を部屋から救出する。兄さんもパタパタと廊下を走っていった。
……
………
……………
…………………。
「にいちゃーん……」
一人残された青年の声が、虚しく部屋に響いた。
ーーー
「ううぅ……ひどいじゃないかぁ、皆ぁ。」
未だに包帯から抜け出せず、ミイラと化している金髪の青年が情けない声を出す。
「怪我人の僕だけ置き去りにするなんてさぁ……」
目を潤ませながら訴える彼を、まあまあ、と兄さんはなだめていた。
「タレ目なら大丈夫だろ。人とは思えない生命力を持ってるんだからな。」
「それ、骨折してるよね?普通は動けないよね?やっぱり人じゃないとか……」
レイとディークリフトは怪しむような目でマスターを遠くから眺めている。青年はうぅっと大袈裟に胸を抑えた。
「酷いよぉ、そこの二人~。僕だって人だよぉ?ねぇ、兄ちゃん。」
「…………」
にっこりと爽やかな笑顔をむける兄さんに、マスターは「君もかぁい……?」と肩を落とす。
「いい歳してるんだから泣かないでよ。包帯取るの手伝ってあげるから。」
レイは呆れながらも青年に余分に巻かれている包帯を巻き取りはじめていた。その隣では、薬草の匂いで酔っぱらってしまっている少年を兄さんが介抱している。
「ふにゃあ……にーひゃん……?」
「キット!気がつきましたか。ほら、お水ですよ。」
こくこくと受け取った水を飲む少年を、ホッとした様子で見守っている姿は、まさに頼れるお兄さんだ。
「ふぁ……あにがとぉ、にーひゃん……」
まだろれつが回っていないが、少年は大きな欠伸をしながら眠そうに目を擦る。そしてふらふらっと立ち上がると、金髪青年の長い包帯に足をとられて盛大にすっ転んだ。
「うにゃああぁぁぁああっ?!」
「ちょっ……キットォォオオ?!!」
包帯を引っ張られた青年も巻き込まれる形となった。ただ、少年の方は今の衝撃ですっかり目がさめたのか、跳び跳ねるように起き上がる。
「うにゃあっ?!び、びっくりした!」
「今ので、打撲が増えた気がするよぉ。」
ここはいつも、こんなに騒がしいのだろうか……。
「ふぅ、どれだけ包帯巻かれてたんだよ……。あー、とりあえず、注目してくれる?」
包帯を外し終えたレイが、ぱんぱんと手を叩いて皆の注目を集める。
「どうしたんだぁい、レイ?……はっ!そこの可憐なお嬢さんは……」
「ねーちゃん、誰?」
「はいはい、まずは話を聞きましょうね?」
兄さんがお騒がせ二人組を静まらせる。レイはめんどくさくなってしまったのか、手っ取り早くラスカを前に押し出した。
「兄さんには先に紹介しておいたんだけど、オレ達と同じようにここの協力者になった、ラスカだよ。」
「よろしくおねがいします。」
ペコリとお辞儀をするラスカを、二人は不思議そうに見ている。
「協力者ってことは、ディークリフトやレイと同じかぁい?彼女とはどういう関係なのさぁ?」
「前に話しただろ。俺の庭に落ちてきた奴がいて、記憶の手がかりを求めるためにここの情報網を使いたいと。」
「あ、あと、ドラクレイオスさんがマスターに紹介した女戦士ってのも、ラスカの事だよ。」
「え?そうだったのかぁい?僕はてっきり、筋肉質なでっかい人を想像していたよぉ。でも、よかったぁ。こんなに愛らしい人で。」
マスターと呼ばれた青年は、握手をしようと片手を出した。
「ラスカさんっていうんだねぇ。確か、どこかの古い言葉で『空の民』って意味だよねぇ。うんうん、それに相応しくとても……」
「わしゃ、キットにゃ。よろしく、ラスカねーちゃん!」
「あぁっ!ずるいよぉ、キット。僕より先に自己紹介するなんてぇ!」
「うにゃ?だって、マスターは話がにゃがいし。」
追いかけっこを始める二人はほっといて、レイはラスカを見上げた。
「そういえば、ここの説明をちゃんとしてなかったよね。兄さん、いい?」
「はい。」
兄さんの同意を得て、レイはこほんと咳払いをする。まるで教師のようだが、この少年がすると可愛くなってしまう。
「さっき、ここはギルドの深部ということは言ったんだけど、もちろん出入り出来る人は限られているんだ。」
話によると、ここに出入り出来るのはたった十人程のようだ。
まず、ギルドマスターであるドラクレイオス。彼はもちろんここの事を知っている。
次に、マスター。ドラクレイオスと共に、このギルドを立ち上げた人らしい。
「ドラクレイオスが表のギルドを管理して、マスターがここを管理していると考えていいよ。頼りにならないけど。」
そして、そのマスターによって集められた特別パーティーのメンバー達。
「一般の冒険者達には任せられないような、もしくは、達成できなかった依頼を引き受けるのが、特別パーティーなんだ。」
「ディークリフトさんと、レイもそのパーティーに、はいっているんですか?」
「ちょっと違うかな。オレ達は、マスター達と協力関係にあるだけなんだ。特別パーティーのメンバー達の手伝いをする代わりに、魔物の情報を貰っている訳だよ。」
「俺達の目的は魔物討伐だからな。少しでも多くの情報が必要だった。」
ディークリフトの話に、兄さんも相槌を打つ。
「ラスカ様も、ここの情報網をお使いしたいと伺っております。お二人と同じような条件ですね。」
青年はラスカの前まで来ると、両手を胸の前で合わせ、すっとお辞儀をした。
「これから宜しくお願いいたします、ラスカ様。」
「はい、こちらこそ、よろしくおねがいします、……えっと……おにいさん……でいいんですか?」
「私共のパーティーのメンバーは、皆あだ名で呼んでいるのです。『マスター』と『キット』もそういう理由でございまして。」
どうやら、メンバー達は名前を名乗らない……もしくは、名乗れないようだ。兄さんといいキットといい、異民族の色が濃いことから、いろいろと事情がありそうだ。
「じゃあ、今日はラスカさんの歓迎パーティーだぁ!」
「ご馳走!ご馳走だにゃ!」
「分かりましたから、二人は一応安静にしていてください。」
まあ……楽しくはなりそうだ。




