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LASKA  作者: 朝舞
第一章 はじまり
10/55

兄さんは苦労人

「さて、ギルドに行くか。」


先程よりはいくらかスッキリした声で、ディークリフトが言う。


「ディーク、必要以上の魔力で魔物に八つ当たりしないでよ?魔法使い達が魔力酔いしてぶっ倒れてたし。」

「む……」


黙ってしまうディークリフトにレイは溜め息をつく。彼はレイの言葉は正しいとは思っても、素直に認めない時がある。その点ではレイのほうが大人である。


ーーでも、ディークはめんどくさい所もあるけど単純なんだよね……


そこで、レイは別の手をつかった。


「……兄さんの仕事が増えるんだよ?」

「そうか。今後は気を付ける……ように努力しよう。」

「……急に態度が変わったね。」


やはり単純だ。レイはさっきとは別の意味で溜め息をついた。


「ディークリフトさんには、おにいさんが、いたんですか?そんけいしているんですね。」


今まで黙って二人の会話を聞いていたラスカが話に入ってきた。ディークリフトが『兄さん』と聞いて態度を一変させた事から、そう思ったのだろう。


「あ、兄さんはディークの兄ってことではないよ。」

「ちがうんですか?しんせきか、きんじょのひとですか?」

「俺達の仕事先で働いている人だ。まあ、すごい人だ。」


まさかディークリフトから答えが返ってくるとは思わなかったので、ラスカはびっくりした。彼も認める実力者がいるとは……


「ディークリフトさんにも、そうおもうひとがいたんですね。」

「お前……俺を何だと思っている。」

「……えへへ?」


ラスカは笑って誤魔化した。しかしギルドの正面入口を二人が通りすぎたのを見て、急いで声をかける。


「あの?ギルド、すぎてますよ?」

「ああ。」

「うん、こっちでいいんだよ。」


二人はギルドの周りをぐるりと辿るように歩き続け、ちょうど裏の方にあたる住宅地へと入っていく。住宅の間の細い路地を抜けると、ポツンと目の前に扉が見えた。


表通りに面していない、奥の方に並んだ家の一つ。ギルドと背中合わせになるように建っているようだ。


「あ」


ふとディークリフトが立ち止まり、レイが彼を見上げる。


「どうしたの、ディーク?」

「茶菓子を忘れた。今日は急な仕事で来たんだ。もともと来る予定ではなかったし、茶菓子は準備されていないはずだ。」

「まあ、そうだろうね。」

「急いで調達してくるぞ、レイ。」

「は?オレも?」


すでに来た道を戻り初めているディークリフトを、レイは慌てて追いかける。


「あ、ラスカは待ってて!すぐ戻るよ!」

「え、ちょっとーーって、もういっちゃった……」


ラスカは一人、ポツンとその場に残される。


「そんなぁ……」


空を仰いだ時、ラスカは昨日見たばかりの黒い人物の姿を見つけた。ラスカが目の前まで来て立ちすくんでいる、建物の屋根の上にいる!


「あ……こんにちは。」

「……」


顔を覆う布の下から、黒い瞳がラスカを見つめた。


「……警戒しないのですか?」


まるで顔見知りのように挨拶をするラスカに、その人物が小首を傾げる。ゆったりとした動きは顔を隠していると不気味にしか思えないが、今のラスカにはやはり優雅に感じた。


ラスカも、最初に遭遇した時は警戒しなかったわけではない。あの後その場にいた女性から話を聞き、ディークリフト達にこの事を報告して彼らの知り合いだと知ったからこそ、こうして普通に話しかけているのだ。


「ディークリフトさんと、レイは、あなたのことをしっているようでした。」

「…………」


僅かに、黒い人物が目を見張った。注意して見ても簡単には分からない程の変化ではあったが、ラスカはそれを見逃さなかった。


「あなたは、いったい」

「なるほど、貴女でしたか。白マント様。」

「……え?」

「ディークリフト様とレイ様にもひけをとらない、素晴らしい戦いぶりでございました。」


神殿の前で起こった騒動で、ラスカの存在もその場にいた者達に知れ渡っていた。白いマントを着けていたことから、白マント、閃光の剣士といった二つ名が付けられたのだが、その正体は誰も知らないはずだった。


それを知っているどころか、この人物は月夜の魔導士と百剣士がディークリフトとレイだということも知っている。


つまり……


突如、黒い人物は屋根からラスカのもとに飛び降りた。重力を感じさせない動きで降り立つと同時に、顔を覆う布を取り払う。年は、ディークリフトと同じくらいに見えた。前髪は斜めに切り揃えられ左目が隠されていて、瞳と同じ色の癖のない黒髪は、全体的に丸っこく整えられている。


顔立ちは整っている部類だろう、が、ふわっとした印象の髪型のせいもあってか性別の判断がし難い。雰囲気と口調、ふとした動作の上品さは女性らしさを感じさせるが……


ーーやっぱりおとこのひと、だよね。


その人物が羽織った男物であろう上着を見て、ラスカはそう思う。丈が長く、袖の幅が広いところは魔術師がよく着用しているローブにも似ていたが、見たことのない服だ。


その青年を見て、ラスカの記憶の片隅にあったある人物が重なった。


「あ……さっき、しんでんのまえにいた……」

「さようでございます。」


負傷者の手当てをしていた異国風のあの青年だ。魔物の出現をディークリフトに知らせた腕輪の中に現れた人物も彼のようだ。


「申し遅れました。私、『兄』と呼ばれている者でございます。」




ーーー




ラスカが居間に通されたころ、ディークリフトとレイも戻ってきた。


「茶菓子を買ってきたんだが。」

「あ、兄さん。魔物討伐の報告の件だけど。」


それぞれ全く違う事を言っているが、青年はにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。お茶の準備はしばらくお待ちください。報告書は、私からギルドに提出いたします。」

「ああ。」

「ありがとう、兄さん。」


二人がこの青年を認め、頼っているのがよくわかる。お茶をいれて青年が戻ってくると、三人は茶菓子と共にその味を堪能した。


「ところで、兄さん。なんでラスカの事を尾行していたの?」

「び、びこう?!」


一息ついた時、レイが突拍子もなくそう青年に尋ねる。お茶を吹き出しそうになるラスカの隣で、青年は頷いた。


「マスターが、『素晴らしい実力者を見つけた』とドラクレイオス様から聞いたようだったのです。その方をぜひパーティーの一員に、と考えたようで、それに相応しい人物かどうか調べておりました。」

「あ、あの?びこうって……、いつから……ですか?」

「五日程前から。お二人のおっしゃっていた方だと知らず、失礼なことをいたしました。」


けっこう長い期間ラスカは観られていたようだ。ディークリフトは呆れたように息をはいた。


「マスターは何を考えているんだ。そんなことしなくても、こちらから紹介したのだが。」

「でも、ディークからラスカのことは聞いていたんだよね?なんで同一人物って分からなかったの?」

「記憶喪失中の強い剣士、としか伺っておりませんでしたので……。屈強な戦士がかなりの損傷を受け、その後遺症で記憶を無くしてしまわれたのかと思っておりました。」


……………。


「えっ……ディーク、名前も性別も教えてなかったの?」

「……そのようだな。兄さんに余計な仕事を増やしてしまったようだ。」


ディークリフトは変に冷めてしまったお茶を一口飲む。

レイは兄さんに労いの眼差しを向けながら、気まずそうに口を開いた。


「まあ、とりあえず……ラスカはオレ達と同じように協力者ってことでいいんじゃないかな?……ところで、兄さん。マスターとキットは?買い物にでも出掛けているの?」


ーーキットって、ねこのこと……?


猫の代名詞と言えるほど有名な名前だ。もともとは、ある童話に出てきた猫の名前だったと思う。

ラスカはディークリフトが可愛がっている子猫、シャルロッテのことを思い浮かべる。ここでも猫を飼っているのだろうか。


「そう言えば、見当たりませんね。私は、外出するとはは伺っておりませんが……」


兄さんの表情が僅かに曇っている。心配しているのだ。

レイも頬をひきつらせていた。


「あの二人……何かと問題を起こすから。」

「……探して参ります。」


兄さんは身を翻し、部屋を後にする。レイがそれに続き、ラスカも二人の後を追う。


「兄さん、手伝うよ。」

「わたしも、さがします。」

「無駄な仕事を増やされると、困る。」


自分も兄さんの仕事を増やしている一員なのだが、ディークリフトも捜索に参加する。


「感謝いたします。本当に、お手数をお掛けします……」


はぁ、と息を漏らす兄さんは、どうやら苦労人のようだ。





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