出会い
初めての作品で、投稿も初めてです。
更新のペースはかなりゆっくりですので、予め御了承ください。
ファンタジー初挑戦にて、いきなりの長編(?)
ぼちぼち頑張っていこうと思います。
気に入ってくれると幸いです。 朝舞
景色がが真っ白に塗り潰され、気がついた時には美しい緑に覆われた場所が目に飛び込んできた。湖の見える森、風に波打つ草原。空はまだ濃紺の色を残していて、地平線がようやく白み始めた頃だった。
顔を、全身を叩きつけるような強い風に目を細めながらも、その少女はどこまでも広がる絶景をしっかりと見ていた。
ーーここは、天国?
少女はそう思った。
ぎゅっと、腕の中の大切な宝物を固く抱きしめる。
ーーこれが、きっとあの人の元に導いてくれる。
ボロボロの布にくるまれたそれを持つ腕に、力が入った。
少女は、眼下に広がる草原に、ポツリと家が建っている事に気がついた。家というよりも、屋敷だ。その扉が開き、誰かが出てくる。
どくんっ
少女の胸が大きく脈打つ。
おそらく、青年だ。何かを探しているのか、周囲を見回している。
どくんっどくんっどくんっ……っ
少女の鼓動が速くなる。
ーーえ……
青年の銀色の長い髪が風になびいているのが見えた。その次に、陶器のような白い滑らかな肌。その青年が、少女の方を向く。
どくんっどくんっどくんどくんどくん………
整った顔をしていた。目が、すっとした鼻が、形のよい唇が、だんだんはっきりと見えてくる。青年の灰色がかった瞳が少女を捉えた。二人の視線が交差する。
ーーだめ……っ
青年の目が、大きく見開かれた。
ーーぶつかる!!!
ーーー
一人の青年がその屋敷から外へと出てくると、群青の早朝の空気を取り込むように、息を吸った。そしてどこまでも続く森と草原を眺めながら軽く背伸びをする。
彼の名は、ディークリフト。
この屋敷の若き主人にして、この世界に住む数少ない住人。
そして、この世界の創造者である。
そこへ、一筋の光が射し込んだ。朝を知らせる日の光とは違う輝き。ゆらり、と、草花が揺れたーー風はない。
揺れる草花の上に、徐々に光の粒が集まり始め、収縮し、虚空にぽっかりと穴を空けた。人一人が通れるほどの穴の向こう側から、熱砂と共に一人の小さな少年が現れる。
少年がくぐり抜けると、空間に空いた穴はふさぎ、また元の静けさが戻った。
そんな異常な光景に驚く者は誰もいない。どんなありえない事もこの世界ーー聖域と呼ばれる小さな世界では、常識となってしまうのだから。
少年は服についた砂埃をはらい、被っていたフードを外す。美しい金髪が夜明けの朝日に煌めいた。白い肌は土で薄汚れているものの、少年の可愛らしさが損なわれるほどではない。その顔はあどけないが、子供に似つかわしくない雰囲気を纏っていた。
「帰ったか、レイ。」
屋敷の庭で準備運動をしていたディークリフトは、少年に声をかけた。
レイが現れたのは聖域に唯一建つ屋敷の庭。
広い庭で毎朝運動をするのは、屋敷の主、ディークリフトの日課である。
「ただいま、ディーク。」
ここ数ヶ月、レイはある人探しの為にあちこちを歩き回っていた。薄汚れた服を見れば、それがどれだけ大変なものだったかが分かる。
どこか雰囲気が暗いのは、旅の疲れもあるだろうが…
「…だめだったのか」
「まあね。手掛かりなしだよ。」
旅の成果は得られなかった。
ディークリフトはそれ以上は何も聞かず、レイも屋敷へと入っていく。
「…ん?」
中へと足を踏み入れた瞬間、レイは何か……妙な違和感を感じた。嫌な予感、というべきか。
「……」
レイは考えていたことを振り払うように頭を振り、そのまま自分の部屋へ向かう。今は少しでも休みたかった。しかし、部屋に向かうほど、最初に感じた違和感……知らない何かの気配が濃くなっていく。そう感じながらも、自室の扉を開いた。
「……え」
部屋の前で、レイは自分の目を疑い、立ちすくむ。彼の能が、目の前の出来事を認識出来ずに機能停止する。
部屋のベッドの上では、少年をじっと見つめる、見知らぬ少女の姿があった。
「……ディーク!」
ぱたんっと扉を閉め、レイは悲鳴にもにた声をあげる。そのままマントを翻しながら庭へと飛び出すと、怪訝そうな表情の彼を見つけた。
「なんだ。」
「聖域に、なんで……っ、そもそも、まだ子供でしょ!いくらなんでも、連れ込むなんて犯罪だよ、犯罪!」
「落ち着け、レイ。それに、お前も子供だろう。」
「落ち着いてられるかっ!説明してよ?!」
強引に青年を引きずりながら、レイは再び部屋まで向かっていく。ディークリフトはなんのことだか分からない、とでも言うように首を傾げた。
「レイが留守の間に連れ込んだといえば……ああ、シャルロッテの事か。街を歩いていたら偶然見つけて、その可憐な美しさに、つい、な。」
「ディークリフト……」
普段はディークと呼んでいるレイが、本名でそう呼ぶ。それだけで彼が怒っていることが分かった。心なしか、声も震えている。
ディークリフトは一応頭を下げることにした。
「……すまなかった。勝手に部屋にでも入っていたのか。」
彼が素直に謝るとは珍しいが、レイは無言で扉を開ける。
ベッドには、やはり謎の少女がいる。
「シャルロッテ。ここはレイの部屋だ、来なさい。」
ディークリフトの声に、窓辺にいた一匹の子猫が二人のもとに近寄って来る。足元にすりよる子猫を彼は普段よりも柔らかい眼差しで見つめ、抱き上げた。子猫と戯れる美青年。実に絵になる光景だ。
「おー、いい子だ。」
『街を歩いていたら偶然見つけて』
『その可憐な美しさに』
「……ディーク……」
ディークリフトの言っていたのは少女のことではなく、子猫のことだったようだ。
「ほら、愛くるしいだろう。」
「いや、この状況で重要なのはそっちじゃないでしょ。」
「違うのか。」
「……。」
そう思っているのは貴方だけでしょうね。
レイも流石に疲れてきて、ただ少女を指差し訴える。
ああ、とようやく気がついたようにディークリフトは少女を見た。
「拾った。」
「拾った…?猫では飽きたらず、人を…?」
レイは頭を抱えながらディークリフトを見る。次第にその目が、だんだん冷たい光を放ち始めた。
普通の人なら耐えられず、恐怖さえ感じてしまうものなのだが、この青年は普通ではない。
「誤解だ。正確に言うと、庭に落ちてきた。
俺はそれを拾っただけだ。」
「落ちてきた?どこから?」
「知るか。」
人が落ちてくるような場所は聖域にはない。
そもそも、この世界には特定の者しか入れない。ディークリフトが創ったこの場所は、外の世界と分離されている。
少女は、ベッドに腰をおろして二人の話す様子を伺っていた。レイよりも年上だろう、14、5歳くらいか。意思の強そうな大きな目。腕には、レイの背丈ほどの大きくて長い荷物がしっかりと抱えられていた。
「言葉が通じないんだ。だから頼む、レイ。」
「……そういうことなら仕方ないね。」
レイはため息をつくと、少女の方へと歩みよっていった。
(初めまして。オレは、レイ。)
レイが少女に対して行ったのは、いわゆる念話だ。少女は驚愕の表情で少年の目を見た。
(よろしく。)
レイは少女に手を差し出す。
彼女はすこし躊躇したあと、その手を握り、しっかりと握手した。少女のものとは思えない硬い掌の感触に、レイは少し驚く。
(君が倒れていたところを、ここの主が助けたみたいなんだよ。)
言葉を慎重に選びながら、レイは少女に説明する。いきなり、あなたは空から落ちてきたのです、とは言わない。話が進まなくなる。
(そこにいる人が屋敷の主、ディークリフト。オレはディークって呼んでる。)
(あの人が…?)
少女は主人の姿を意外そうな顔で眺めた。
ディークリフトは子猫の肉きゅうをふにふにと触っているところだった。長い白銀の髪はいつも通り無造作に束ねられ、屋敷の主の厳格なイメージを崩壊させている。
だが、彼がだらしなく見えないのは、それ以上に美青年だからだ。黙っていれば精巧な彫刻か人形のようだ。女性なら誰でも虜になってしまう。
しかし、少女は尊敬の目で彼を見ただけだった。まだ若いのに屋敷の主人なのか、と感心している程度の反応だ。
見た目だけで判断しない所は好感が持てる。
(君はどうして、どうやってここに来たのか知りたいんだ。)
(それが、分からないんです。)
困ったように答える少女に、レイはそれほど驚かなかった。稀に、外の世界から迷い混んでくる者はいる。落ちてきた者はいなかったが。
そうだとしたら、この少女がとても不憫に思えた。訳もわからず、知らない場所で落下する……きっと、怖かっただろう。
(大変だったね……、オレが家まで送ってあげるよ。アレスティア王国かな?)
(……)
(……君、名前は?)