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少しだけ暖かい君の世界で
僕達は会話をしない。
それぞれ違う音楽を聴きながら、黙って家路につく。
彼女の名前も定かでない。かろうじて分かるのは同じ学年であることだけだ。
同じ位の時間に下駄箱の前で会って、お互い会釈して、そのまま一緒に帰る。
彼女が僕を待っていることもあれば、僕が彼女を待っていることもある。前者はごく稀な事だが。
僕達は決して付き合っている訳ではないし、友達ですらない。
こんな微妙な関係を説明するのは難しいので、この秘密の時間のことは誰も知らない。
僕がひっそりと彼女の紅い頬を盗み見ているのを、彼女は知っているだろうか。
僕がギターを弾いている事を、彼女は知っているだろうか。
少しずつ、暑くなってきた。
花のピンクや白が少なくなり、緑が濃く深くなる。
彼女は長い髪を結うようになった。
白い首元にどきどきしながら、夏が来てしまう前に彼女の事を誰かに紹介したいと思った。